第三十四話 黒い影②
第三十四話 黒い影②
☆岩の迷宮
首を落とされたドールマスターが崩れ落ちるのを、ローガンは呆然と見ていた。二人はどう考えてもチート能力保持者だとしか思えない。
(まずい、奴等の方が力は上だ)
そしてルーンフェンサーはゴキンッゴキンッと折れ曲がった首を自らの手で元の位置に戻し、再び大剣をブルンと振るう。
サモナーであるローガンにとって、羽根を持った大蛇 リンドブルムは最後の切り札でもある。しかし、対抗出来るかどうかは分からない。ローガンは魔石を取り出し、残った三つあるモンスターの群れの内、今背後に控えさせているもっとも迷宮の出口に近い群れをぶつける決断をした。
目線で合図を受け取ったコンジュラーがその魔力を具現化し牽制をはかった。
「[マジックセイバー]!」
不思議な形状をした魔力の剣を八本具現化し、白狼に突き立てると、その刃が術式を展開し動きを止める!
「!!! 封印術を仕込んだか!」
オウガーが白狼を止められ、再び新たな霊獣を呼び覚まそうとするのを
「[マジックジャベリン]!」
三つ叉の槍を撃ち込み牽制すると
「[マジックファンネル]!」
自動追尾して魔弾を放つ魔鳥を三体放ちルーンフェンサーを足止めした。連続して放たれる魔弾を躱しながら隙を伺うが、連射速度が速く後手に回り、時間を稼がれてしまう。
そしてーーローガンはこの迷宮に施された術式に介入し、新たなモンスターを召喚する事に成功した。
三つの魔法陣が展開し、ガザム達に打倒されたモンスターを贄として召喚されたのはーー
「……巨人族か⁉︎ しかも 氷の冷気を纏っているな! フロストジャイアント(霜の巨人)を呼び寄せたか!」
本来の術式ならオーガかキメラ程度だが、ローガンは自らの魔力にさらに上積みして限界に近い大物を召喚したのだ。
三体のフロストジャイアントは氷の棍棒を振るいながらオウガーとルーンフェンサーに《ズシンッズシンッ》とその巨体を示威するかの様に歩み寄って行く。
そしてさらに従えているゴブリン、ハーピィ、グレイウルフを魔石で操り、ここで勝負を賭けるべく襲い掛かからせた。
時間を掛け過ぎてガザムと挟まれる事態だけは避けねばならない。ローガンは手持ちの全ての駒を出して二人のチート保持者と対峙する決意を固める。
「さすがに勝負所は心得ているという事か」
「何を呑気な!」
マジックファンネルに追撃されているルーンフェンサーは、巧みに躱しながら反撃の隙を伺っている。
しかし、ローガンがそこに介入した。魔力を高めたフロストジャイアントが氷結のブレスを吐き出す!
「!!! 避けろ! 氷つくぞ!」
「ちぃっ! こんな狭い場所で!」
フロストジャイアントの一体が放った白いガスはこの部屋にいたゴブリンやハーピィをも巻き込み、氷の柱に変えて行く。そして犠牲になったモンスターをさらに贄として新たな召喚を行うのがローガンの狙いだった。
如何に不死に近いチート能力でも、凍りつかされればその動きを止められるとの読みもある。
だが、この二人の能力はさらに上を行く。
オウガーは押さえ込まれた白狼をそのままに、更に一匹の霊獣を呼び出した。それは黒い狼
(あれ程の霊獣を二体余裕で使役出来るのか!)
コンジュラーは[マジックセイバー]で白狼を押さえ込み、[マジックファンネル]でルーンフェンサーを相手取っているのが精一杯で現れた黒い狼を止める事が出来ないでいた。
サモナーであるローガンも霊獣を止める術は無い。仕方なくゴブリンやハーピィを襲い掛からせる事になるがーー巨大な霊力を備えた黒い狼を止める事は出来ず、無残にもその牙と爪で引き裂かれていった。
そして次の瞬間、オウガーはコンジュラーに式神を放つ。それは黒い蝙蝠の形状をしており、ローブの上に羽織っている外套がバラバラと変幻していったモノだった。数百の蝙蝠に形を変えた式神はコンジュラーに襲い掛かり、白狼を押さえ込んでいた魔力の刃に取り付き《バギンッ!》とその殆どを瞬く間に崩壊させていった。
「!!! ディスペル能力まで付与してあるのか!」
驚くコンジュラーにも蝙蝠が襲い掛かって行く。
「[マジックボルト]!」
必死で魔弾を放ち撃ち落として行くが、数百の式神を全て屠る事など出来る筈も無い。慌ててモンスターの群れに逃げ込むが
「逃がさん!」
蝙蝠を刃に変幻させオウガーが猛追を掛けると手数に押され、コンジュラーはズタズタのボロ布の様に斬り裂かれる。
「!!! あれだけの式神と霊獣を同時に使役出来るのか!」
ローガンは必死でリンドブルムとフロストジャイアントを操り反撃を試みるが
「リンドブルム! 猛毒の霧を吐け!」
(フロストジャイアントには毒は無効だ! 貴様ら二人を止める!)
「シャアアアアアアアッ!」
唸り声を上げ猛毒の霧を吐くリンドブルムによりその一人を捉える。
「ぐああああああっ!」
直撃を受けたルーンフェンサーがほぼ即死に近い猛毒により、ビクンッビクンッと痙攣しながら皮膚を赤黒く腐食させて、崩れ落ちて行く。
(今度こそダメージを受けた筈だ! 触れるだけで体組織を壊死させる猛毒を直撃したら用意に回復は出来まい!)
ローガンは三体のフロストジャイアントをオウガーに向け襲い掛かからせた。
氷の棍棒を《スズンッ!》と叩き込むのを躱しーー白狼と黒狼がフロストジャイアントに飛びかかって行く。
大きく息を吸い込んだ黒狼が爆炎のブレスを三体のフロストジャイアントに吐き出した。数千度の炎の奔流が氷の魔力を吹き飛ばす! 爆発が起こりさしものフロストジャイアントも膝をついたところに、白狼が飛びかかる。その牙を喉元に食い込ませ無残に引き裂いていった。
「な、なんだと! 霊獣にそこまての力が宿らせられるのか!」
オウガーはニヤリと笑い、再び黒い蝙蝠の式神を呼び戻し、残りのモンスターを斬り裂いていった。
ローガンはリンドブルムを呼び戻し、再び白狼と黒狼に挑ませようとするが、霊獣である二匹には猛毒の効果は期待出来ない。ならばとせめて先手をうち、どちらか一匹だけでも始末しようとした時ーー死んだ筈のルーンフェンサーが再びユラリと起き上がった。
驚愕するローガンは、その時ルーンフェンサーが持つ大剣についている宝玉が光りを増すのを捉えた。
「も、もしや、剣が生きているのか!」
そう、ルーンフェンサーの本体は剣にはめ込まれた宝玉だった。言わば肉体は魔力付与されたホムンクルスに近いモノで、どれほど肉体を損壊させられ様とも、宝玉の魔力さえ尽きなければ無尽蔵に回復出来るのだ。
ルーンフェンサーは紫色に変色した身体をユラユラと動かしながら大剣を構える。
「結構早く気が付いたじゃないか。なら、死んで貰わないとな!」
「!!! ちぃっ! この化け物が!」
しかしーーローガンが身構えるより早くルーンフェンサーの魔法剣が無詠唱で繰り出された。炎の魔力を宿した大剣がフロストジャイアントを斬り裂いて炎に包むと、そのままローガンを貫く!
「ぐおおおおおおっ!」
必死でレジストを試みるが、余りの火力に抗う事は出来なかった。
「き、貴様! 最初は…ワザと詠唱したん……だ…な……」
「ご名答!」
その直後、ルーンフェンサーの大剣から炎が噴き上がり瞬く間にローガンを消し炭に変えていく。
そしてーードサリと崩れ落ちた。
「……ふん、まあまあ健闘したな」
「ばか言うな! 不死の秘密を見破られて何を言うか!」
二人の前には主人を無くした召喚獣がそのままになっていた。本来なら召喚者が消えた時点で魔力還元が起こり、反召喚されてしまうのだが、この迷宮に施された術式が残った召喚獣を捉えている。
オウガーが落ちている魔石を拾い上げ、ルーンフェンサーに告げた。
「よし、これを利用させて貰おうじゃ無いか」
「おい! 規模が大き過ぎないか!」
「花火にはこの位必要なんだよ!」
そして二人は、本来の任務を果たすべく準備を始める。
そう、岩の迷宮は暗躍する者が入れ替わりながらも、まだその闇を吐き出さんとその猛威を振るい続けているのだ。
そして間も無く、岩の迷宮の最奥部から、ガザム達が命懸けの突破を仕掛けようとしていた。