第二十八話 遭遇
第二十八話 遭遇
☆岩の迷宮
岩の迷宮は一階層だけの単純な構造になっているが、広さは三つある迷宮の中でも最大規模である。そして大きな空間を通路で縦横に繋いだ蟻の巣によく似た形態だ。
ガザムはそこに八人のパーティを組んで乗り込んでいる。編成はフェンサーであるガザム、ウォーリアが二人、アーチャーが二人、スカウト、ヒーラー、ソーサラーが各一人づつの典型的な迷宮探索部隊である。
斥候役のスカウトを先頭に一列で隊列を組み上げ、ゆっくりと迷宮の奥を目指していた。
(……おかしい…打ち棄てられた迷宮にしては…)
その迷宮の中にはあまりに濃いい殺気を放っている。手練れの剣士であるガザムはいち早くそれに気が付いた。そして先頭に立つスカウトもその殺気を捉える。
「……ガザム隊長…こいつは少し様子がおかしいな」
「……どうやらそのようだな」
想定していない何かがこの岩の迷宮で起こっている。それが何かはまだ分からないがそれだけは間違い無い。しかしーーそれを確かめるのが任務なのだ。引き返す事は出来なかった。
ガザムは立ち止まると
「……どうやら様子がおかしい…が、それを調べるのが任務だ! このまま迷宮の奥を目指す! 全員最大限の注意を払え!」
そう部下に告げる。そしてスカウトが目線でそれを皆に伝え、全員が臨戦態勢を取りながら迷宮の最奥を目指した。
本来ならここで一旦引き返し、投入出来る最大の人員を揃えて力押しにする戦術もあるが、功を焦るガザムは敢えて危険な選択を選んでしまう。
♢♢♢
「ちっ! もう乗り込むなんて何考えてやがるんだ!」「八人だろ? 外にはいても四,五人だろ? 始末して逃げようぜ」「……ま、まて! 一人まずい奴が入り込んでる」
岩の迷宮の奥で謀を巡らせていた三人の一人がガザムの存在に気が付いた。問題行動の多いガザムだが、この国の中ではその剣の腕前は知れ渡っている。ジェラルドと共に数々の武勲を打ち立てて来たその男を、三人の中の一人はその異名と共に覚えていた。
「……稲妻のガザムだ…」
「!!! な、何であいつがこんなトコにいるんだよ!」
三人の中の一人はガザムをよく知っていた。何故なら、ガザムが左遷させられた原因を作ったのは他ならぬこの男だったのだから。
(ちっ! まさかこんなトコで鉢合わせするとは!)
「……稲妻のガザム…あいつならやばいんじゃ無いのか?」
戦場における異名持ちとはそれほど危険な存在だった。逃げ出したいが、三人とてその任務を全う出来なければどんな目に合わせられるか分から無い。
「ローガン、俺たちは一応は任務である術式と召喚、それと宝物の設置を終えたんだ。後は見つからずに帰還出来たら任務は達成だろ? 彼奴らがモンスターとぶつかっている間にずらかろうぜ!」
リーダーでもあり、ガザムを嵌めた張本人でもあり、術式を組み上げ召喚を施したローガンと呼ばれる黒いローブを着た男は、迷宮の暗闇の中からジッと八人の動向を注視している。
本来なら召喚を終えた時点で任務完了であり、そのまま離脱する所に突然大量のモンスターが召喚されて来た。術式の容量を遥かに超えている為に、術式そのものの崩壊や暴走の危険があったのを何とかしようとしていた矢先に稲妻のガザムは現れた。
「……因縁か?……」
ローガンは突破する覚悟を決めた。そして悪いがこの探索部隊には全滅して貰い、その後に表で監視に付いている残りの兵士には自らの証拠を握られぬ様に死んで貰う他無い。
どうあっても自分達の存在を蒼天騎士団に知られる訳にはいかなかった。それは絶対の命令なのだから
しかし、問題はこの迷宮の構造だ。余りにも単純な構造であるこの岩の迷宮は、広い空間と細い通路が繋がっているだけであり、躱せるような秘密の小部屋や複雑な通路は無い。
今の所はモンスターを一番奥に下げて接触し無い様にしているが、問題は何処で躱すかだった。
迂闊な所でぶつかって迷宮外に逃げられ、増援を待たれたら今度は自分達が閉じ込められ捕まってしまう。それだけは避けなければなら無い。そして絶対に見付かる訳にはいか無いのだ。
(接近しすぎるとスカウトに察知される可能性が高い。どうするか…)
ローガンは迷宮の地図を広げ、少し考え込んだ後二人に告げる。
「これは賭けになるが、モンスターを召喚された奴等毎に四カ所に配置し直そう。俺達はこの一番奥に隠れ、手前の三つの空間で奴等をモンスターに襲わせよう。そこからならいかにあのガザムとは言えどこのモンスターの群れからは逃れられまい」
二人の男はローガンの言う事に賛同して小さく頷くと移動を開始した。その判断は合理的であり何ら問題は無い様に思えるが、その決断の所為で自らも地獄の底に降り立つ事になる。
そして男の内の一人が懐から魔石を取り出し、簡易的にとは言え支配下に置いたモンスター達を移動させる。
が、しかしーー当然その全てのモンスターを把握出来ている訳では無い。これ程の大量のモンスターを動かした経験のある者など居ないのだ。そしてここは彼等にとっても未知の迷宮でもある。何が起こるかは分から無い。
♢
ガザムとスカウトは迷宮の異変を察知していたが、次に気が付いたのはアーチャーとソーサラーだった。
ローガンがモンスターに命令を下し一番奥に移動させた時、それを察知したのがアーチャーであるジムであり、この迷宮全体に施された何らかの術式に気が付いたのはソーサラーであるロイドだった。そしてその術式は奥に行けば行くほど顕在化していく。
今まで感じた事の無い程の蠢くモノの気配を察知したアーチャー二人は、周囲に警戒を払いながらガザムに具申する。
「ガザム隊長、このまま奥に進むのは危険過ぎます。どうやらココには複数のモンスターの集団が形成されている様です」
そしてソーサラーも感じ取った異変を伝えた。いずれもジェラルド子飼いの優秀な者達で有り、その信憑性は限り無く高い。
「私もそれに賛成です。どうやら隠蔽されている様ですが、この迷宮には何らかの術式が施されている可能性が有ります」
ただし、三人はその全容を掴めている訳では無い。冒険者ならばそれで引き返す事も出来るだろうが、彼等は任務を帯びた騎士団の一員なのだ。それだけで引き返す訳にはいか無い。そしてその事は今ここにいる八人全員が理解していた。
「……いや、せめて何か情報を得ておかなければ、どうせ手ぶらで帰ってもまた潜り込む事になる。しかし、危険を確認したら直ぐに撤収し増援を待つ。異変はこの岩の迷宮だけとは限ら無いからな」
そのガザムの決断に異論を挟む者はいなかった。それは半ば諦めにも似た心境でもあるが、ジェラルド子飼いの実力は伊達では無い。
「仕方ねえな、隊長の言う通りだ。最奥まで行かずに帰ったら何を言われるか分からねえ! 行こうぜ!」
ウォーリアでもあり最年長でもあるジェイクが皆を鼓舞する。そう、それしか出来る事は無いのだ。全員が抜刀し、弓を構え、ガザムに頷いてみせる。
「……よし…行こう!」
しかし、待ち受けるモンスターはその誰もが想像すら出来ない数だった。そして想定外の事態は罠に嵌めようとしている三人にも起こる。
♢
「……いないか」
二つ目の空間を調べるスカウトは、何もいない空間に微かに残る臭いに気が付いていた。何かがいるのは間違い無いのだが。
「……よし、奥に進む」
そしてガザムはまた一つ迷宮を進んでいく。一つの部屋は複数の通路で結ばれているが、この部屋は一つしか奥に進む通路は無い。当然進むしか無い。
「……周りを警戒しろよ! どうやら単にモンスターがいるだけでは無さそうだ」
一つ一つ分岐する通路を調べ上げながら奥へ奥へと進んで行った。
そして次の部屋に入って時、ロイドは異変を察知した。
「……待って下さい! 何か有ります」
三つ目の空間で魔力の残滓を見つけると、ジッとその場所をさぐるロイド。
「何があった?」
周囲を警戒しながら八人はロイドを囲む。その中で地面に手を当て何かを探っているロイドはスッと立ち上がりガザムに告げた。
「……何者かがここで魔法陣を開き、何らかの術式を展開した様です。しかも……つい最近、いや、数時間前かも」
「なに? この棄てられた迷宮でか?」
「はい、しかもかなり高度な術式です。その辺の冒険者が使いこなせるモノではありません」
ガザムは必死に考えを巡らせていた。その高度な術式がこの棄てられた迷宮に施された意味を。
しかし、その為の時間は残されてはいなかった。迷宮の暗闇の奥から呻き声が聞こえてくる。そして迫る足音は確実に包囲を狭めて来ている。
「……嵌められたのか?」
迷宮の闇の中で、そうガザムは呟いた。




