第二十一話 アンネローゼの決意
第二十一話 アンネローゼの決意
☆ジュール大森林開拓村
ブレアが[岩の迷宮]に侵入したのと時を同じくして、蒼天騎士団の先遣隊は三つの迷宮に対する対応を協議していた。既に[水晶の迷宮]と[沼の迷宮]には斥候に放った正規の舞台が辿り着き、探索を開始しようとしており、ちょうどこれから王都から同行している神殿の僧侶から詳しい説明が為される所だったが、その思惑には指揮官であるジェラルドも疑問をもっていた。それでも王よりの勅命が伝えられようとしている。
「それではサロメ殿、説明を頼む」
派遣されている僧侶サロメは勅旨を読み上げる。
「はい。星読みの伝える啓示によれば、このジュールの地に大きな力の波が起こると啓示がなされました。さらにこの地より希少金属であるローゼンクロイツ、アマゾナイト、エンジェライトの三つの魔法金属が見つかり、[水晶の迷宮]より次代のオルレアン法皇即位に必要な貴石である翡翠、瑪瑙、琥珀、瑠璃、玻璃が産出する目処が立ちました。よって我が王はこの地に予測される異変を調査し平定する事を決断されました。よって蒼天騎士団はその全力を持ってこの任務に当たる事を勅命としてここに宣言いたします」
「「「おおおっ!」」」
集まった騎士達が騒めく。この国において殆ど枯渇していた三つの魔法金属と五つの貴石が産出するとなれば、その価値は一国を丸ごと買えるほどになるのは間違いない。この貧しい祖国を救う事が出来るであろうと騎士団は色めき立つのだった。
しかし、この中でジェラルドとアンネローゼだけは違った。その情報の危うさに最初から気が付いていたのだ。
そもそも何十年も前にコアを打ち砕かれた迷宮からそんな財宝が取れる事がある訳がない。しかも希少金属の鉱床まで見つかるなどと。そしてその地に異変があるなどというのは世迷い事も甚だしいとしか言いようがない。
しかし筋は通っている。その為に部隊を送り込み調査するのもその国を治める者なら当然の権利だ。だがこのジュール大森林は非常に危険な国境と言うよりも干渉地帯であり、戦略上決して放置出来ない陸の回廊取れる呼ばれる場所である。そこに大軍を配置すればどうなるか
すでに開拓村も造られ、商業ギルドも乗り込み、冒険者ギルドもその食指を伸ばしている。
(怪しすぎるだろ。だれがそんな事を信じて、はいそうですか、頑張って下さいねなんて言うとでも思ってるのか?)
ジェラルドは苦々しい思いでサロメ僧侶を見ていた。しかし策略の出所はまだ分からない。父親を動かし情報を集めてはいるがまだ全容は掴めて来なかった。
そしてアンネローゼもまた惨憺たる気待ちで勅命を聞いていた。表立ってはこれから調査という事になっているが、既になんらかの手が打たれているのは間違いないだろうと予測している。
そして溜息を吐くアンネローゼにジェラルドが話し掛ける。
「アンネローゼ殿、如何なさいました? 体調でも優れないのですかな?」
「いや、特になにもございません」
ジェラルドとアンネローゼーーこの二人は立場は違えど、共にこの事態に対する認識は同じである。そう「余りにも短慮」そう認識していた。
『乙女の溜息とは悩ましい』
『ジェラルド、懲りろよ』
ドロスもまた違う意味で苦慮していた。目の前の才気の走る若者を莫逆の友より託され、如何に育てるかを思い悩んでいた。
「ジェラルド様、皆に下知を願います」
「……あ、ああ! その通りだ。これは王の勅命である。今やこのジュール大森林はこの国にとってもっとも重要な場所となっている。各担当の迷宮の調査をいそがせろ! 王都の本隊に手柄を持ち逃げされぬようにな!」
「「「おおおー!」」」
そう言ってそれぞれの部署に騎士団は別れ、このジュール大森林は多くの人員の坩堝と化して行った。
何時の間にか開拓村の拡張も進み、続々と後発の人員が送り込まれてきている。
会議の終了後、ジェラルドはドロスと共に外を見ながら密談を始めた。
「……やはり早すぎるな」「はい。既に建設関連の人員は到着し始めています」「まるで異変など無いかのように無防備に送り込まれてくるな」「そうです。普通ならば…」「まずは拠点確保の人員だろうに、やれやれ、底の浅い事だな」「しかしこれでこの策略の出所が推察できます」「……やはり」「……宰相より上…それは間違いないでしょう。そして…」「王も当然その事を」「そこから先は他言無用に」「はいはい、わかってますとも」
そしてジェラルドはこの策略が仕組まれている事を確信した。
「……あの美人監査官…どう思う」
「……あの態度は……父親の情報が漏れているのかも知れませんな。さすがにまだ腹芸までは習得していないようですな」
そう、あれほど表に感情が出るのはいただけない。
「いずれ話をする事があるかもな」
そう言って自分の宿舎に引き返すアンネローゼを窓からそっと見ていた。
「しかし思い悩む美女も中々乙なものだな」
呆れるドロスを尻目に、ジェラルドはじっとジュール大森林の濃い森を見つめながら次の一手を読み解こうとしていた。そしてこの策略が必ず破綻するであろうと予見している。
「……ふむ、確かに溜息もでるわな」
♢
アンネローゼは宿舎に戻り、父親からの手紙に目を通していた。書いてあるのはいつも通りの文面だ。父親はアンネローゼを過大評価しており、何かと無理な期待を持ってプレッシャーをかけて来るのだが、ここの所は病的になっている。家の経済事情が苦しいのはよく分かるが、焦り過ぎだと認識していた。
しかし、今回はいつもと違う文面があった。それは、[岩の迷宮]に関するもの。
「……岩の迷宮…確か最も調査が遅れる見込みだとか指揮官殿が言っていたな……」
そして何とかしてそこの調査隊に参加するようにと書き記してある。とって付けたように名誉な仕事だとか書いてあるが……
「……岩の迷宮で何かあるのか?」
配られた書面にはガザムと言う隊長が指揮をとっていると言う。
「ガザム……確かこの間上役と揉めて実質のところ降格された剣士長だったな」
心配気なヨシュアがお茶を出しながら声を掛けてきた。
「アンネローゼ様、少しお休みになられては?」
アンネローゼは少し考え込み、ヨシュアに伝える。
「ヨシュア、岩の迷宮に行ってみようと思うんだがどう思う?」
乗り気でなかったアンネローゼの気変わりに、少し怪訝な顔をしたヨシュアだが感情を廃し答えた。
「アンネローゼ様は監察官です。前線の視察は当然の務めでしょうが、岩の迷宮は森が濃く軽装騎士団でも苦戦しているようですので、次の補給部隊が動く時に合わせて行くのが最善かと思われます。ただ、タイミングが合うかどうかは分かりかねますが」
「……タイミング…か……」
そしてまたアンネローゼは地図を見ながら考えを巡らせ始める。気は進まぬとはいえ自分も家を預かる身なのは確かなのだ。そしてヨシュアも遠回しにそれを暗に伝えて来る。
「……ジェラルド様にその旨を伝えよう。そしてサロメ僧侶に会おう」
そしてヨシュアは軽く頷き「ではその様に手配致します」と言って部屋を後にした。
父親からの手紙を燃やしながら、アンネローゼは決意を固め、そっと祖父から送られたミスリル製の短刀を取り出し、加護を願うのだった。
『……せめて捨て駒にされるのだけは避けたいモノだな』
燃えて灰になる父親からの手紙をジッと見つめながら、アンネローゼはまた椅子に深く腰掛け溜息をついた。




