第十九話 錯綜する大森林
第十九話 錯綜する大森林
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森の中をブレアが猛スピードで移動している。与えられた時間に余裕は無い。今は一分一秒でも早く目的地である迷宮に辿り付かなければなら無いのだ。
「ひぃいっ! い、いそがなきゃ! いそがなきゃ!」
すでに開拓村から出発した騎士団の斥候は迷宮に向かっている筈なのだ。報告があってからすでに一時間以上が経過している。重装備の騎士団は森の中の移動には不利なのは間違いない。しかし斥候ならば致命的と言うほどでは無い筈なのだ。
「ああ〜ん! ま、間に合うのかな〜!」
それでもブレアは飛ぶしか無い。仲間では最速の移動力を誇るのは自分しかいないのだから。
♢ジュール大森林北東部
「ちっ! なんて深い森なんだよ!」
蒼天騎士団から斥候として放たれた部隊は濃いい森に阻まれ、その移動は遅々として進まなかった。そしてリーダーたる剣士のガザムはその遅れに焦っている。
森の周辺部には現地で雇った冒険者を送り込んだが、さすがに本命の迷宮に送り込ん込むのは自前の正規部隊となる。しかし、当初の想定よりもずっと濃いい森に捗らなかった。
「事前の見込みが甘過ぎるんだよ!」
吐き捨てるように怒鳴るがガザムだが周りの部下も、それでも進まなければなら無い事を知っている。それが任務であるならば。
ガザムが任されたのは三つあるジュール大森林の迷宮の一つ[岩の迷宮]と呼ばれる古いモノだった。あくまでも調査としてではあったが、それでもおざなりにはでき無い。
進まない行軍に苛立ちながら、ガザムは自分の不運を恨むのだった。それなりに武芸に秀でているガザムではあったが、その一本気な性格は上役と争う事も多く、ある失敗の責任を取らされる形でこの斥候部隊に配属されていた。それでも妻も子もいるガザムは任務を全うするしか無い。
「さあ、急がないと先見部隊が動けねえからな! 」
碌な休憩も取らず、強行軍で疲弊しながらもガザムの部隊は[岩の迷宮]を目指していた。
そして奇しくもそれはブレアの目指す迷宮と同じである。
♢ジュール大森林開拓村
蒼天騎士団先遣隊では重要な会議が開かれようとしていた。騎士団本隊が到着するまでに周辺部の調査をするのは当然ではあるが、目的はそれだけでは無かった。
会議の少し前ーーこの先遣隊を指揮するジェラルドは副官であるドロスと密談を持っていた。
「やはり本国の意向はここに拠点を置く事か」
「恐らくは間違い無いでしょう。ここは非常に陸の地峡であり、重要な戦略拠点になりうるのですからな」
「しかし、多少の希少金属や儀礼に使う貴石が取れたからといって騎士団を送り込む理由にはなるまいに」
「どうもそれだけで済ますつもりはないようですな。何事か黒い画策が入り込んでいるようです」
「……画策か…」
ジェラルドには思い当たる節があった。そもそも見つかった貴石や希少金属も打ち捨てられた迷宮から今更の如く見つかったと言う疑わしいモノだった。
しかし、これは正規の任務だ。異論を挟む事は出来ない。騎士ならば王命には従わなければなら無いのだ。
「……荒れるなこりゃ…」
「……ですな…さて、それでも会議の時間です」
「そういや監察官が一人付いてきてたな」
「はい。没落寸前の男爵家の娘が一人、確かアンネローゼとか言った筈です」
「……結構美人だったな!」
「ジェラルド様、また悪い病気ですかな」
「いやいや、花を愛でるは貴族の嗜みだよ我が腹心ドロス副官!」
呆れ顔のドロスはそれでもジェラルドに釘を刺した。
「さて…まだ前回のほとぼりが冷めておりません事をお忘れ無きように」
するとジェラルドは肩を竦めて立ち上がるとポンッとドロスの肩を叩き「頼りにしてるよ叔父上」そう、ドロスはジェラルドの父親に付けられたお目付役なのだ。
「ほどほどにしろよ、お父上も庇い切れるモノでは無いのだからな」
「分かっておりますとも! さあ、会議に参りましょう!」
そう言って二人は部屋を後にして会議に向かった。
♢アスラガルド南端転送魔法陣
「今カトリーヌに偵察部隊が入りました。予想通り低レベルの冒険者であり、その中に高位の魔法使いは居ませんでした」
エルフレンジャーの報告にエレノアは安堵していた。もしも高位の魔法使いが万が一にでも紛れ込んでいた場合はそのまま始末する事になっていた。それは迷宮の情報が騎士団に伝わる事になり、格好の標的になる事を意味している。準備のできてない状態ではカトリーヌといえども苦戦する事が予想されるので、現段階では少なくともその危機は脱した事になる。後は……
「椎葉、予想通り冒険者は低レベルの者達でした。[カトリーヌ]も[マナリアクター]の中に入れば見つかる事は無いでしょう。では予定通りに?」
椎葉ばTABLETを確認してすっくと立ち上がるとエレノアに指示を出す。
「良いでしょう! ブレアが転移魔法陣を発動でき次第、モンスターを送り込みましょう!」
そう、ここは最初に転移した魔法陣のある場所だった。椎葉は偵察部隊の動きをエルフレンジャーで正確に掴み、迷宮カトリーヌに浸入したのを確認して移動し、次の手を打とうとしている。
椎葉の背後には無数のグレイウルフとコボルト、ハーピーが犇いている。彼等は事前にブレアがマーキングしているグループを集めたモノだった。しかし彼等は戦う為に集められた訳では無い。彼等の役目は陽動である。残された時間でサキュバスの魅了や精神支配を使い無理矢理集めたのをエルフレンジャーに管理させていたのだ。
そしてブレアはその移動力を駆使して森の中を三つの迷宮に向かっている。転移魔法陣の術式が込められたエルフレンジャーの装備を借り、エレノアに術式の書き換えを行わせたのだ。
陽動の目的は一つ、先遣隊が斥候を放った迷宮にモンスターを送り込み、撹乱する事にある。しかし問題はその強さだ。ほどよく打倒されねばならないのだ。強過ぎて直ぐに本隊を呼ばれる事態だけは避けなければなら無い。先遣隊の頑張りで何とかなると報告して貰う必要がある。
しかし、たとえどんなに小さな異変でも騎士団は見過ごす事は出来ない。迷宮カトリーヌはただの洞穴だと認識されれば、異変の起きている迷宮に集中する必要があり、こちらまでその手は回ら無い可能性が高い。それで時間を稼ぐしか無いのだ。
たが、椎葉はさらなる疑念にとらわれていた。この場所の選定にあたり、この場所が非常に重要な回廊と呼ばれる、戦略的価値が高く迂闊に兵力を展開すると戦争の火種になる危険な場所だと判断していたが、どうやら何かがこの国の中枢で起こっているのでは無いかと推理していた。過去においてもこの地に兵力を展開した例は無い。
「……厄介な事になったな」
椎葉はブレアが転移魔法陣を仕込むのを待ちながら、じっと開拓村の方角を睨んでいた。しかし、この国の思惑を知る事は今の椎葉には出来ない。
そしてブレアの準備が整う迄にあと暫くの時間を要する事になる。




