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lullaby  作者: 伯耆
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雨は嫌いだ。


雨は俺のトラウマの一つでもある。



大切なものをなくした日は、いつも雨が降っていた。


帽子屋はびしょぬれのアリスのためにバスタオルを取ってきていた。


どんな嫌みを言ってやろうか。


そう考えながらウッドデッキへと出る窓を開けると、前には勿論アリスがいた。


だが、驚いた。


雨の中で凛と咲く太陽(ひまわり)のようだ。


楽しそうに踊るアリス。スキップをしてみたり、ステップを踏んでみたり。


黒髪から滴り落ちる雫がステップと共に跳ねる。



「っというか、雨の中で咲く太陽って・・・我ながら・・・」


センスのない。


自分の言葉選びのセンスのなさに落胆しなが、失笑した。



「帽子屋さん!」


再び、眩い笑顔を向ける。



「どうしたの?

おじさん・・・みたいな顔してたけど?

ああ、おじさんだっけ?」


「ふざけるな

風邪をひいても看病はしないからな」


手招きして、リビングへと入るように促す。


下に一枚タオルを敷き、彼女が頭などを拭くバスタオルを頭に掛けたやった。



「ったく、世話の焼ける」


漸く、出た嫌みの言葉がそれだ。


なんて在り来たりな言葉だろう。


アリスに着替えてこい、と言って突然暗くなったリビングに明かりを付けると、読みかけの新聞を読み出した。


多分、これが最後の一紙になるだろう。


残っていた少しを飲み終えるのと、アリスがリビングの扉を開ける音、何かしらの異変が全て同時であった。


管理人として培った感が俺を弾くように動かす。


それはウッドデッキの方からである。


形をとどめないどす黒い靄のような物体。


止めどなく動いていて、それが凄まじい音を立てて窓を破って来る。



「アリス!」


俺は咄嗟にアリスの手を掴み、リビングの外へと出る。


驚愕と動揺、恐怖が握った手から伝わってきた。


玄関へと出ようとした時、再び何かしらの違和感。


俺が玄関のノブで手を掛けるよりも先に、扉が開いた。


そこに立っていたのはあまりにも見慣れた男であった。



「眠り・・・ネズミ・・・?」










「長が初代剥奪者・・・だって・・・?」


誰が言ったのかわからない。


それほど、場は同様し、僕も同じだった。


感づいてはいた。けれど確信はなかった。



「どうしてそんなことを・・・?」


白ウサギは震えた声で長に尋ねる。


「我の意を汝らが理解出来るわけがなかろう?」


「ふざけないで!」



公爵夫人が激昂する。


「そうだよ。あなたのせいでアリスがあんな目に・・・」


酷く頼りなく揺れる自分の声。


何故、長が初代剥奪者なのか?


自分たちがしてきた仕事は一体なんだったのか?


アリスは何故、あんな目に合わなければいけなかったのか。


全ての元凶は、自分たちが信じて疑わなかった長であるのに。



「何故、どうして、は受け付けませんよ。

これが長の意思であり、運命そのものなんですからねぇ。

不思議の国は既に破滅への針を刻み始めました」


皆の混乱など余所にチェシャ猫が淡々と話を進めて行く。


仮初であったも国を一つ、消滅させるなんて大それたこと。


いや、長ならそれが可能なのだ。



「国崩壊までの期限は今から72時間後。

つまり3日です。

それまでに住人を全員昇華してください。

国の均衡が崩れ始めると、人間の残留私念が暴走し出しますから、これは時間との勝負になりますねぇ。


ああ、それと・・・」



チェシャ猫は一人一人、を見渡す様に首を回して、ため息をついた。



「同時に他にも。

元管理人、帽子屋の拘束及び捕縛と二代目剥奪者の処分の命が出ています」



ざわり。



身を冷やす怖気が背筋から首筋へと通った。


「どういう・・・ことだよ。

元管理人ってなんだよ!それにアリスを・・・」


僕は思わず円卓を叩いて立ちあがった。


帽子屋から‘目的’について話しを聞いた時には既に覚悟していた事態だった。


なのに、今それが起きて見ると納得出来ない。


僕と眠りネズミは帽子屋側につくと約束した。


僕はこの命令には従えない。



「帽子屋サンは管理人名簿長の名前を改ざんしました。

それだけではなく、長の前で忠誠の証であるピアスを捨て、懐中時計を撃ち消すという反逆を犯したそうです。


それは十分な反逆罪。そうでしょう?皆サン?」



名前の改ざんと、管理人の証であり長への忠誠の証であるピアスと懐中時計の放棄。


確かにそれは反逆罪だ。


圧倒されてか、反駁が意味をなさないと知ってか、黙ったままだ。


なんでだろう。チェシャ猫が怖い。


今まで僕が知っていたチェシャ猫とは別人のように思える。


身がすくんで足に力が抜け、へたり込むように椅子へと腰を降ろした。



「とりあえず了解しました。

私たちが早く動かなければ住人たちが危ないのでしょう?

込み入った話はそれからです」


真っ先に強い言葉で立ちあがったのは公爵夫人。


まだ管理人歴が短い彼女が一番に立ちあがると皆はそれに続いた。



「眠りネズミさんに、伝えなくてよろしいのですか?」


ふと、ジャックが尋ねる。


「ええ。彼は最初から全て知っていましたから・・・」


にこやかに微笑んで行ったチェシャ猫。



眠りネズミが全てを知っていた?


どこから知っていた?


10年前に彼の言っていた憶測、言わなかった予測が頭をよぎる。


今さら誰も驚かなかったのか、それとも動揺を胸にも優先順位を理解したのか。


皆は公爵夫人を先頭に不思議の国へと帰って行った。


その場には僕とチェシャ猫と、長。


皆が帰ったと思いきや、何故か白ウサギは心配そうに僕の隣に来た。



「三月ウサギさん・・・」


「行けよ」


どうせ白ウサギのことだから、心配して残ったんだろうけど、今はただのおせっかいだ。



「チェシャ猫と話があるんだ。

だから行けよ、白ウサギ」


「でも・・・」


本当にバカな白ウサギ。


そして救いようのないくらいに利己主義な僕。



「行けったら!!!」


俯いていた顔を上げて白ウサギへと言い放つ。


一瞬だけ白ウサギはビクリ、と体を震わせたがその姿を見て、ハッとしてから言い直した。


「お願いだから・・・」


「わかりました。

チェシャ猫さん。あなたのこと、僕は信じてますから・・・」



チェシャ猫に向き直った白ウサギは相変わらず真っすぐな瞳でそう言い放ち、不思議の国へと帰って行った。




束の間の沈黙。


長は重い腰を上げて、僕とチェシャ猫を交互に見ると、楽しそうに微笑む。


「では、我はこのゲームの成り行きを見守るとするかのぅ」


「ちょっと待っ・・・!」


制止も空しく、長は瞬間的にいなくなった。


伸ばした手の行きどころはなく、ゆっくりと降ろされると、僕はチェシャ猫に向き合う。


するとチェシャ猫はどこか困ったような顔をした。



「眠りネズミが随分前に言ってた・・・

これは長の暇つぶしなんじゃないかって。

本当にそうなのか?

お前も帽子屋の過去と‘目的’を知ってるんだろう?

ただの暇つぶしのために、色んなことを犠牲に出来るほど、長ってのは偉いのかよ・・・


なぁ?チェシャ猫」



知らずの内に出たのは緊迫したような、何か望む応えを懇願するような声であった。


親しい管理人がこの騒ぎの中枢にいる。


チェシャ猫、眠りネズミ、帽子屋、それにアリス。


帽子屋は今まさに‘目的’を果たそうとしているし、長はその制止を命じた。


しかし、引っかかっていることもある。


本当に長が帽子屋を掣肘したいのなら、自ら手を下せばいいのに・・・


そう考えを一瞬で巡らせた僕の前でチェシャ猫は肩を竦めた。



「私と眠りネズミサンの利害の一致、とは・・・

アリス、引いては帽子屋サンが救われること、ですよ」


「え・・・?」


間抜けた声が出た。


先程も言っていた。チェシャ猫はアリスの為に生きてきた、と。



「僕にわかるように話せ。

僕と眠りネズミは帽子屋に手を貸すと10年前に約束した。

アンタと眠りネズミの利害が一致してるなら、僕だってアンタと利害が一致してる筈だ」


「そうですねぇ。アナタは帽子屋サン側につくとヤマネサンと決めたのでしたねぇ。

ならば、話すわかりに行動をともにしていただきますよ?

大丈夫。利害の一致ってやつですから・・・」






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