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lullaby  作者: 伯耆
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「まったく、いつ見ても気に食わん男じゃ。帽子屋」


「奇遇だな、俺も同じだ。初代剥奪者」



近くもなく遠くもない距離を、お互いの見えない考えをはかるような束の間の沈黙が挟まれる。


「で、俺に何の用だ?随分、良い趣味してるじゃねぇか。

わざわざ、陛下・・・いや、管理長を使って俺を呼びよせるなんて。

しかもアリス付きじゃなきゃ、姿を見せないなんてな」



最初に重い沈黙を破ったのは帽子屋だ。


前の男に戦くアリスをは裏腹に、剥奪者を前にして動揺を見せるどころか、挑発のようにな言葉を投げる。


「ほう、なるほど・・・・

あの者たちが良くもそんな気を利かせてくれたものじゃ」



ふむふむ、と剥奪者は帽子屋の言葉を吟味するように頷き、そっとアリスを見た。


「我はただ、汝・・・今はアリスだったか。

その顔をもう一度見たくてのぅ」


「私に?今さら?」


動揺を隠すようなアリスの声色と睨むような顔つきに、剥奪者は嬉しそうに口元を歪ませた。



「汝のそんな強気な所が好きでもあったし、あの愚かな男と似て嫌いでもあったのぅ」


「男?そういえば昔もそんなこと・・・

誰なのよ?ねぇ、一体私は誰なの?」



―――誰の子供として生まれてくる筈だったのか。


本来自分の居場所はどこだったのか―――



それがアリスのこの半世紀にも渡って探してきた答え探しであった。


その問いかけに剥奪者は緩やかに首を傾げる。


「汝は何も聞いておらぬのか?」


「え?」


唖然としたアリスの声と同時にやり取りを阻むように、眠りネズミはアリスの隣へと唐突に並んだ。


その瞳は確信に細められ、口元はぼんやりとした笑みを浮かべている。


「ほう、久しい顔がもう一つあったのぅ」


「ええ、御無沙汰ですね」


眠りネズミは細めた瞳をそのままに忌々しそうに眉根を顰め、一瞬のやり取りを耳に入れた帽子屋が目を丸くして、少しだけ後方に立つ眠りネズミを見る。


「俺はあんまりアナタが視界に入ることを歓迎しないんでね。

それに、アナタの存在はアリスを混乱させる」


冷静ではあったが、辛辣な言葉の矢が確実に剥奪者を射ろうとする。


眠りネズミは帽子屋への反応はその後であり、ただほんの少しだけ意味深な微笑みを浮かべただけ。


そして無駄のない動きで眠りネズミはそっとアリスの肩を抱くと、それを見計らったように三月ウサギとチェシャ猫が彼のすぐ後ろへ立った。



「ちょっ、待って・・・」


「ダメですよ、アリス」


アリスは肩を抱く眠りネズミの手から逃れようとするが、それを彼は許さず、チェシャ猫も彼女を制した。


ゆっくりとチェシャ猫の力で4人の姿が消えて行くのを帽子屋と剥奪者はただ沈黙して見守っていた。



「帽子屋さん!まだ、私・・・・

ねぇ、私、まだアナタに言いたいことがあったのに!


勝手に消えていなくなって!

私だってアナタのこと嫌いじゃなかっ・・・・」



アリスが剥奪者に向けて言い放つ言葉は最後まで言いきれずに、その場から消えてしまった。






その場は、アリスが残した声の余韻に聞き入るかのように、2人の沈黙は続いた。


帽子屋は帽子を眼深に被り直して、ゆっくりと剥奪者の方へと向き直り、小さなため息を吐き出す。


「良かったなぁ?一応は育ての親だもんな?」


帽子屋のその言葉にはねっちりとした嫌みが含められていて、剥奪者は思わず苦笑した。


苦笑交じりで俯いて、顔に手を充てた剥奪者は自嘲にも似た笑みを口元に浮かべ、帽子屋はその表情を訝しむ。


そして開き直ったように手を降ろしては、そっと空を仰いだ後、帽子屋を視界にとらえた。


その瞳には一瞬前とは違って感情の色を帯びていて、どこか晴れ晴れしたようにも見える。



「なんだ、嬉しいものだな。

もう忘れていたと思っていたあやつを、久方に見てやろうと気まぐれで思ったが・・・・

我も人間らしい感情が残っていたとは、な」


微妙な論調の変化に、帽子屋は吐き捨てるような笑いを飛ばした。


「ばかばかしい。お前が勝手に拾い上げては育てたやつだろう。

あの時の俺を唆して、な。いいや・・・」


帽子屋は自分の言葉を否定するように、目を伏せてゆっくりと首を左右に振る。


「そんなことはどうでもいい。

俺に何のようだ」


「ああ、忘れるところじゃったぞ。

じゃが、我はまだ聞きたいことがある」


「あ?」


話を逸らされ、怪訝そうに眉を寄せた帽子屋。



「汝はあの娘に何も教えておらんのじゃな?

我がせっかく導いてやったというのに・・・」


「導いてやった?仕組んだ、の間違いだろう?

まぁ、根掘り葉掘り聞かれたさ、管理人のことやらな。

記憶も取り戻したし、もしかするとお前の正体まで気が付いてるかもな」


「ほう、なのに汝の正体には気が付かぬ、と?」


「さぁな。

御託はもういい。さっさと用件を言え」



その催促に、剥奪者はやれやれと言う感じで、帽子屋を強く見つめ、一瞬の沈黙を置いた後に続けた。



「汝に一つ、選択を与えようという長からの慈悲深き‘伝言’じゃ」


帽子屋は一層、眉間に皺を寄せて、呆れかえった様子で深いため息をついて、わざとらしく鸚鵡返しする。


「で?その慈悲深き伝言、とは・・・?」


何かを続けようとした帽子屋は、考え直したように口を閉じた。



「不思議の国の住人(せかい)か、アリスか。

どちらか好きな方を選ぶが良い」


清々しいほど淡々と言い放った剥奪者の言葉は、異常なほどまでに帽子屋の鼓膜に響き、その言葉を反響させた。


信じられない。帽子屋の目にはその言葉がにじみ出ている。



「俺にとってそれは選択肢なんかじゃあねぇな」


俯いて、小さく呟きながら、帽子屋はそっと片方から垂れているピアスに手を伸ばした。


そっと触れるとピアスは呆気なく、外れて地面へと落ちてしまう。


次にコートの内ポケットから取り出した懐中時計を剥奪者の方へ投げると、素早く取り出した漆黒の銃で撃ち抜く。


バラバラに砕け散った懐中時計が剥奪者の前で灰になって、風に攫われていった。



「これが、俺の答えだ。と伝えておけ。長に」


「まったく・・・相も変わらず言葉の通じぬ男よ」


失笑した剥奪者に構わず、背を向けた帽子屋は、思い出したように半身だけ振り返った。


「一つだけ、俺がてめぇらに教えてやれることがある」


唐突に吐き出された言葉に、剥奪者の瞳が関心の色を示した。

それを知ってか知らずか、帽子屋は続ける。


「てめぇが・・・いや、てめぇらが最終的に何が目的でこんな悪趣味なゲームを始めたのかは知らねぇ。知ったこっちゃねぇがな・・・


てめぇらが作り上げた玩具は、てめぇらみたいに無機的じゃねぇんだよ。

ちゃんと感情を持った人間(やつ)らなんだ。


自分が作り出したからって、なんでも思い通りの駒になると思うなよ。

俺達の感情まで、お前らの遊び道具にはさせない」



帽子屋は相変わらずの剣幕で、剥奪者を見据えて言い放ち、踵を返すとゆっくり歩を進めながら少しだけ続けた。


「ああ、そうだ。

アリスがな、俺のことを神様なのかって聞いてきたけどな。

良かったよ、お前らみたいな救いようのない存在に生まれなくて、な」


言い終わると共に、迎えに来たのだろうチェシャ猫の姿がちらりと、剥奪者の目に映ったあと、すぐに帽子屋はその場から消え去った。


剥奪者は大樹に凭れるようにして、その場へと腰を降ろし、ゆっくりとその大樹を見上げ大きく一息を吐き出す。


すると、その場は一瞬にして様変わりし、腰かけた地面が玉座に、見上げた大樹が高い白亜になる。




「長!」



赤く続く遥か下のカーペットには白いスータンのような長いジャケットを身にまとった一人の男。


「困りますよ。謁見の間に結界まで張られた上、また下界に遊びに行かれるなんて・・・」


「すまないすまない」


「思っていないでしょう?」


「そなた、もし人間に神に生まれなくてよかった、と言われたらどうする?」


「は?」


「いや、良い。下がれ」



男は四方白に囲まれた謁見の間に栄える真っ赤なカーペットを見下ろして、そっと眉を寄せて見る。



「まことに・・・愚かな男じゃのぅ」


誰もいない謁見の間にその声は小さな波紋のように響いては余韻も残さずに消えて行った。






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