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lullaby  作者: 伯耆
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邂逅



イイコトを教えてあげましょう、アリス。


この不思議の国はアナタのために作られた世界。


アリスの為の物語。


それは永遠の微睡みから覚めることのない現実とも夢とも区別しがたい場所。


ここは名を持たない住人たちによって、つまり剥奪者の存在によって生まれた国。


剥奪者が作ったのだから、責任をとるべきだと。そう思いませんかぁ?





昨日、チェシャ猫が捨て台詞のように、置いて行った言葉が微睡みからアリスを覚醒させた。


昨日の夜は随分話しこんでいた気がするな、と天井を仰ぎながら思い出していた。


大した話はしていない。


結局の所、チェシャ猫は常に確信には触れない言い方でアリスが食い下がってもはぐらかし、そんな言葉遊びを繰り返すだけだ。


そうして目が覚めたのはいつも通りの昼過ぎ。


自分は朝には起きられないのではないか、とつくづく思ってしまう。


それは管理人という種類の彼らと一緒に行動していると、当たり前のように夜更かししてしまうのが原因であった。


アリスは少しでも早く起こされると体のダルさを訴える自分の体に対して、あんなに夜更かししておきながら、自分が起きる頃には既にブランチか昼食を疲れている様子も見せずに涼しげな顔で作っている帽子屋などを見ると、管理人には睡眠という概念は必要ないのではないかと思ってしまう。


いや、管理人という存在自体が彼女の中では謎であるので、管理人に関しては常に不測の状態なのだが。


しかしながら、今日帽子屋は既に外出していることをアリスが知っていた。


明け方、いつものようにノックもなしに開けられた扉と帽子屋の気配。


数日前までは分からなかった気配というものがアリスには次第に分かるようになってきたのだ。


何故かはわからない。


予測では記憶とともに、剥奪者としての力の名残だと自分では思っていた。



「少し、出かけてくる。大人しく待ってろよ」


アリスに聞こえていることを知っていてなのか、それともただ単に彼女の様子を見に来たのかは定かではなかったが。


そういうことで帽子屋が既に外出中ということを知っていたのだ。


彼の‘仕事’は実に理解出来ない。


出て行って10分で帰って来る時もあれば、一日中帰ってこない時もある。


移動手段の大体をチェシャ猫のテレポートで済ましていることだけを彼女は知っていた。



さて、今日はどうしたものか。


実に退屈な毎日の過ごし方がアリスの最近の悩みごとである。


贅沢な悩みだと知っているものの、本当にそれしか悩みがない。


記憶を取り戻した今も彼女には何の変化もない。


あると言ったら、他の知らなくても良かった事実が垣間見えるだけである。


自分が実は剥奪者であり、世界をほんの少し揺るがしては初代剥奪者が作った不思議の国に新しい住人を増やした重罪人であること。


剥奪者を放置していた‘長’と呼ばれる存在が、何を思ったのか突然動き出したかと思えば、行方不明の初代剥奪者の代わりに二代目剥奪者である‘彼女’を捕らえては、不思議の国へ送り込んだこと。


記憶を思い返してはしみじみと納得させられる。


ああ、自分はあの初代剥奪者(おとこ)に利用されたのだな、と。


それでも自分の魂を救いあげてくれたあの男を憎めずにもいた。


回想を頭の中で反響させながら、広がって行く思考を無理矢理閉じる。


このまま考えていると考えたくはない現実に行きつくと、アリスは知っていたからだ。


ゆっくりとベッドから這い出て、ダルイと主張する足音を響かせてはリビングへのそのそと向かった。


勿論、誰もいない。


水を飲むために冷蔵庫を開けると、そこには懇切丁寧に作り置きしている昼食。


想像よりも綺麗な帽子屋の字で、作り置きの昼食を温めること、少し遅くなるかもしれないことが書きしるされてあった。



「母親か」


思わずボソリと呟く。


そっと手を伸ばそうとした時、良く知る違和感の後に二階からの気配が同時であった。


「あ~、良く寝たぁ」とボサボサの頭を掻きむしりながらリビングへと入ってきた三月ウサギ。



「ありえねぇ」


との落胆がにじみ出た帽子屋の声と



「だから言ったでしょう?アリスがいなきゃ、あの男は出て来ませんよ」とのチェシャ猫の声。


「とりあえず昼飯にしよーぜー。腹減った」続いた眠りネズミの声。



唖然としたアリス。


一瞬でフリーダムな空間へと化したリビング。


帽子屋は冷蔵庫の前でその中に手を伸ばしたまま固まっているアリスを視線に捉え、「おい」と呼びかける。



アリスは沈黙。


構わず、帽子屋はその手を引いて、リビングの中央へと導くとチェシャ猫へ顎をしゃくった。


「行くぞ」と一言。


「え?昼飯は?」


残念そうな眠りネズミに引かれたままの手を見つめ、状況が理解出来ていないアリス。


「ちょっとどこいくんだよ!」


4人へと駆けてくる三月ウサギ。


その様子を見てはため息を吐き出したチェシャ猫は「仕方ありませんねぇ」と一言、パチンと指を鳴らした。





「何が仕方ないのか、説明してくれない?」


怒りを抑えたアリスの声が七色に輝く空間へと吸い込まれていく。


その空間はアリスのトラウマへと繋がる場所であった。


所謂、国の外と彼らが呼んだ空間だ。


一人で迷い込んだ時は一歩ごとに景色が変わっては混乱させられた場所ではあったが、何故か今回はそれが起きる様子はない。


5人の前には涙の池とも似た大きな湖と、その中央に浮かぶ小さな孤島が一つ。


その孤島のまた中央に一本だけ目を引く大きな大樹が聳え立っていた。


七色に包まれた辺りには空も地面という概念も存在しないらしい。


雲のようにふわふわとした踏み心地の上に立っており、見上げた上も低いのか高いのかわからない。


ただ、前には七色に光る湖らしきものがあり、孤島とその中央の大樹だけは周りの色を全て吸収したようにはっきりと色づいていた。


アリスは帽子屋の手を振り払い、チェシャ猫を睨む。


その隣には誤魔化すように欠伸をする眠りネズミと、何故か髪がボサボサのままの三月ウサギまでいた。



つまり勢ぞろい、というわけだ。


この国はなんでもありの空間。それは諦念とも似通った理解をしていたアリスであったが、チェシャ猫のテレポートでこんな場所に勢ぞろいでいる理由はまた別になる。



「説明は必要ありませんよ~。ほら、すぐにわかりますから」


弧を描いたチェシャ猫の瞳はアリスからゆっくりと、孤島の方へと移されて、その見えない軌道を辿るようにアリスも孤島を視界にとらえる。


その大樹の下。


ぼやけて現れたのはその空間には異質にも思える赤く垂れる長い髪。


皆が一気にそちらへと集中する。


その先頭をゆっくりと切ったのは思いもよらないアリスであった。


一瞬にして目を奪い、体を強張らせた皆の先頭を切る、というよりも彼女は操られるかのようにして一歩前へと出た。


湖の上を何の違和感なく歩いていく。


「おい」


帽子屋は慌ててその後を追い、後ろの3人もそれに続いた。


アリスを先頭に皆が孤島に足を踏み入れた途端、今まで感じなかった一陣の風が舞い上がる。


と途端、辺りは様変わりした。


風と太陽の光、踏みしめる土。振り向いた場所には先ほどの七色の空間はなく、代わりに広がる七色の花畑。


かさかさと大樹が葉を揺らし、花と陽光の香りが鼻腔を掠める。


酷く新鮮な気分を感じた。


何故かは分からない。本能的に歓喜を覚え、涙さえ滲んできそうになるほどの郷愁感。



「久しいのぅ」


重たく揺れる赤い髪。読めない虚空を見つめ細められた深い茶の瞳。


男の視界にはただアリスのみが映っているようであった。


視線に捉えられたようにアリスはピクリとも動かない。


そんな様子に帽子屋は足早にアリスの前へと進み出て、そっと彼女の肩に手を置く。



刹那、我に返ったようにアリスは肩をビクリと震わせた。


「大丈夫だ」


帽子屋は振り返らず前を見据えたままアリスへ言うと、彼女はは小さく頷き、覚悟を決めたようにゆっくりと前の赤髪を見つめた。




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