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lullaby  作者: 伯耆
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10年超しの



「チェシャさん?」


リビングを通り抜け、そのまま二階に上がったチェシャ猫を待ちかまえていたように、アリスが呼びかける。


「おや?まだ寝ていなかったのですかぁ?アリス君」


「うん、反対に目が覚めちゃって・・・

少し付き合ってくれない?」


「勿論」





「どうした?」


目の前にはどこか不安げな表情の三月ウサギがいた。


ウッドデッキへと上がってきた彼女を椅子で待たせて、彼女の好む紅茶を淹れてやる。


三月ウサギは紅茶を一口飲んで、落ち着いたように一息を吐き出した。


「いきなりごめんな」


「いや?全く構わない。

さっきまで大の男2人の相手をさせられていて、困っていた所だ」


まったく、と吐き捨てると前の三月ウサギは愛想笑いを作った。


その表情はどこか疲れているように窺える。


「どうかしたのか?疲れてるんじゃあないのか?」


「ちょっと、昔の夢見たら懐かしくなっちゃっただけだよ。

珍しく感傷に浸ってるみたい」


伏せられた彼女の目はここではなく、遠い昔を思い描いている、と帽子屋は感じとった。


「悪い」


「え?」


帽子屋の短い謝罪が思ってもみなかった言葉だったのか、途端三月ウサギは顔を上げる。


「悪いな。俺がお前たちを振り回した」


そっと伏せられた目に三月ウサギは動揺を顕わにしたが、ゆっくり決心を固めた瞳で帽子屋を見据える。


「怒るよ?」


たった一言。


怒ったわけではなく、どこか元気づけるための言葉にも聞こえた。



「そーだそーだ」


2人の会話に予想しなかった声色。


相変わらず寝むそうだが、帽子屋の肩にゆっくりと手を回し、三月ウサギの言葉に便乗する。


「俺達はお前に手を貸すって、随分前に言っただろう?

地獄の果てまで付いてくぜ?

だから、前の言葉は取り消せ。帽子屋」



―――この物語が完結した後も、変わらずお前はここにいろよ?


「こんなこと言いやがったんだぜ?こいつ」


眠りネズミは帽子屋の頬を人差し指でつつきながら、前の三月ウサギに訴える。


「はぁ?ふざけんなよ。帽子屋」


「そーだそーだ。

既に俺達とお前は運命共同体なんだぜ~

一人抜け駆けは許せねーな」



どこか緊張感のない眠りネズミの声とその語調。


帽子屋はふと、錯覚を覚えた。


10年前と今が重なるような奇妙な錯覚だ。



ふわり。



風が帽子屋を撫でて、その錯覚から呼び覚ます。


目を丸くしたまま止まっていた彼の顔を、眠りネズミと三月ウサギは目を瞬かせながら、覗きこみ、3人の目が合った瞬間、どこからともなく笑いが溢れ出た。


まるで、10年来の親友と再会した時のような温かい笑いだ。


もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。帽子屋は心のどこかでそう感じる。



この10年。


自分のやるべきことであると強く言い聞かせて来た目的’を追うことに盲目になり過ぎて、目の前にある同じくらいに大切な2(もの)を見落としていたのだ。


皆が彼のことをママと呼びながらも、結局のところ、自分勝手な帽子屋を無理矢理制することなく、さりげなく背を押す形で見守っていてくれて。


それは年頃の子どもにするように、慎重で用心深い、親の愛とも似ていた。


こんな時になって、やはり前の2人は自分より倍を生きて来たということをも知らされる。


絶えない笑いが少しずつ、少しずつ収まっていく。


お互いのフィルターなしの笑い顔は本当に久しぶりに見たものだ。


その分、帽子屋には次に繋げる言葉が思いつかなかった。


どんな言葉も今の笑いの価値を払拭してしまいそうで、帽子屋がどんなに選び抜いた言葉でも今の一瞬の幸せを汚してしまいそうで・・・



そう考えてしまい、帽子屋は口をつぐんだ。


勿論、2人にはそれが手に取るように理解出来たのであろう。


眠りネズミは何かを思いついた子供のような顔をしながら、そっと帽子屋の後ろから顔を近づける。


小さなリップ音に、三月ウサギが驚きに口をパクパクさせる。


そして遅れて理解した帽子屋が一気に頬を赤く染めた。


眠りネズミは帽子屋の額にキスをしたからだ。


一瞬、冷たいような混乱で入り混じったような沈黙に、眠りネズミ本人はどーした?とでもいうように、次は三月ウサギへと歩み寄る。


三月ウサギは言い知れない、恐怖とも言い変えられる緊張感に、迫りくる眠りネズミを跳ねのける所か、固まってしまった。



そんな彼女を見て、眠りネズミは微笑みを湛える。


その微笑みはなんというか、今までの彼とは縁遠い種類のものであった。


眠りネズミの表情が見えた三月ウサギは呆気にと取られ、されるがまま次は頬にキスを落とされる。



長く短い沈黙。


眠りネズミは少し屈んで、当たり前のように三月ウサギに頬を付きだすと、人差し指で自分の頬をちょんちょん、とつつく。


が、勿論三月ウサギはそのキスの要求に応えることはなく、代わりに眠りネズミの頭を勢いよく叩く良い音が響いた。



「いってぇ~。いいじゃねーかよ!キスくらい!減るモンじゃあねーだろ!」


勢い良く立ち上がった眠りネズミは顔を赤くする三月ウサギに平然と意見する。


「バーカ!私のは回数限定なんだ!減るんだよ!」


恥ずかしさのあまりに立ちあがり、眠りネズミを見上げては、べーっとしたを出した三月ウサギは、逃げるようにリビングへと掛けて行ってしまう。



「あっ、おい」


その背を一応、引きとめるが後ろから分かるくらい耳を赤くしていた彼女を無理矢理引きとめることは憚られた。


三月ウサギへと付きだされた眠りネズミの右手は行き場をなくし、そのままだらりと降ろされる。


「お前は・・・全く・・・・」


同じく唖然としていた帽子屋だが、眠りネズミが前の椅子へと腰を降ろしたことにより、その顔を見ては吐き出したはいいが、呆れと少しばかりの恥ずかしさに二の句を告げることが出来ない様子だ。



「んだよ、2人揃って初々しいね~。

俺的にはこんなに長く生きてるなら、新しい扉の一つや二つ開けてもおかしくねーと思うんだが?」


「それはお前だけだ。

まったく、男にキスされて嬉しいバカがどこにいる」


帽子屋はポケットから煙草を二本取り出し、一本をテーブルに放った。


眠りネズミはその煙草を拾うと、煙草を吸うときのように指に挟んで煙草の先を帽子屋へと向ける。


「いるだろう?ここに」


帽子屋は嫌そうに顔を引きつらせたが、敢えて反論はしない。


その言葉が嘘でもなければ、本当でもなかったからだ。


「お前さん、もしかして新しい扉の才能があるんじゃあないのか?

男にキスされて嬉しい男なんてそうそう・・・」


「それ以上言うと殺すぞ」


「おうおう、怖いね~」



掴みどころのない軽い口調と煙草を吹かす息。


眠りネズミの煙草にも火を付けて、2人分の紫煙が風に攫われていく。


前の男の行動はどうにも憎めないものがある、と帽子屋は心の中で呟いた。


さっきのキスだってそうだ。



「俺には友情、あいつには厚意ってか?」


ふと、意味を思い出すように帽子屋が言った。


「おう、博識だね~

それとも愛情のキスの方が好みだったか?」


「死んだ方がマシだ」



帽子屋はふっ、と紫煙を眠りネズミの方へワザと吐き出してやるが、すぐに風に流されてしまった。


「それにそれは俺よりもそうすべき相手がいるだろう?

あいつ知らない間に一人称が変わってたしな」


「まぁ・・・・来世でな」


そう呟いては、眠りネズミは立ち上がる。


「ごっそーさん」


「おう」


リビングのソファーで一人、ジュースをチビチビ飲んでいる三月ウサギが眠りネズミと、振り向いた帽子屋の視界を捕らえる。



「三月ウサギー!」


少しテンション高めの眠りネズミの呼びかけに「げっ」と三月ウサギはコップを落としそうになっていた。



10年ぶりのコーカスレースの始まりだ。


2人を見ながら、帽子屋は溢れる想いを噛みしめた。


「ありがとう」


噛みしめる口からたった一言だけ、そう聞こえないように告げる。


そのまま見上げた空は今日も満点の星空であった。





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