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「今度は三月ウサギはいねぇな。
まったく、帽子屋宅の居候は勝手なやつが多くて困るな」
ソファー前のテーブルに用意されている色んな種類の内、まずはビールを開けた眠りネズミが他人事のように言い放った。
「言っておくが、お前が一番性質悪いからな。
二日酔いになっても、介抱してくれるのが当たり前とか勝手に思ってんじゃねぇぞ」
定位置となった一人用のソファーでL字のソファーに座る2人のやり取りを見て、アリスは微笑ましい光景を見るように頬を緩ませた。
「なんでそんな冷たいこというかなぁ?
俺達のママだろ?帽子屋ぁ」
「そうか、お前は人の言葉を理解出来ないのか」
「皮肉屋で喧嘩っぱやくて、沸点の低い俺の友人さんよ~」
「喧嘩売ってんのか、てめぇ」
アリスが話を振る余地すら与えてくれない2人の会話は初っ端から喧嘩腰である。
もういい加減慣れた彼女だが、帽子屋は普通に会話が出来ない、そんな病気なんかじゃないかと思うこともしばしば。
でなければ新手のツンデレなのだろう。
勿論、デレの要素は100分の1ほどしかない筈。
アリスは帽子屋が用意してくれていたカクテルをチビチビ飲み進めながら、そんなことを考えていた。
彼女の思う眠りネズミは、確かにセクハラ発言は多いし、いつも寝むそうでシャッキリしている所は見た事がなかったが、まず間違いなく帽子屋よりは大人の部類にはいるのだろう。精神的に。
セクハラ発言も場を和ませるために言うことを知っていたし、常に一歩引いて、見守っているタイプだと感じさせられていた。
帽子屋弄りの趣味は多分、チェシャ猫と共通する。
あまりにも素直じゃない彼を弄りたい気持ちをアリスは分からなくもない。
ふと、今思い返せば、チェシャ猫と眠りネズミが話している所を見たことがないということに気が付いた。
「そう言えば・・・」
「あ?」
何故か凄い剣幕で睨んできた帽子屋にアリスは顔を引きつらせる。
「あ~、悪いアリス。
コイツからかい過ぎたわ」
どうやら、アリスが色んなことを思い返している、この短時間で散々弄り倒されたようである。
「どうしたんだよ」
帽子屋はため息とともに聞き直す。
「そう言えば、私あんまりチェシャさんと眠りネズミさんが話している所見た事ないかも・・・って思って」
「そうか?たまたまそこにお前が居合わせてないだけだろう?
俺はしょっちゅう見るが?」
「そうなの?」
聞き返したアリスに帽子屋は頷こうとした時、何か嫌なことを思い出したという風に顔を顰めた。
「というか今いない猫の話をするな」
「なんで、そう言うの?
実際嫌いなわけじゃないんでしょう?」
「は?お前の目は節穴か!?
俺はあいつが嫌いだ。人の淹れた紅茶の一億倍嫌いだ」
子供じみた表現にアリスは呆れ半分に顔を引きつらせる。
「ってか、人淹れた紅茶どんだけ嫌いなんだよ」
それをフォローするように、眠りネズミが失笑しながらツッコミをいれた。
「ちょっと前に3人で喧嘩してなぁ。
この年になっても男ってのはガキだからな。ちょっとしたことで喧嘩することが多いんだわ」
「そうだったんだ。
ずっと前ね。チェシャさんに、ホントは帽子屋さんと仲良いでしょ?みたいなことを聞いたら、はっきりは答えてくれなかったけど、嫌いとは言わなかったから・・・」
アリスの話に帽子屋は嫌そうに眉を寄せるが、眠りネズミは意外そうに目を見開いた。
「へぇ、あいつはいつも白か黒かはっきりしてるんだがなぁ」
「猫の話はいい。せめて別のやつの話にしろ」
相変わらず愛想のカケラのない顔付きで、ウォッカを紅茶で割り、ジャムを入れたロシアンティーを飲みながら言う。
「それ、凄くまずそう・・・」
ウォッカに紅茶はまだいい。ウーロンハイみたいな感じかな、とアリスも理解した。
しかしジャムってなんなんだろう。
「お子様はこの味を理解しなくていい」
「まぁ、帽子屋はそういうの好きだよな。
そのロシアンティーもそうだし。他にもアイリッシュティーやアップルラムティー、たまにブランデー飲む時はミルクティーとも混ぜるし。
すっげぇ甘くしてな」
彼女の前に鎮座する大の甘党はとっくにアリスの理解範囲を超えてしまっている。
そもそもアリスにとって、そんな名前のお酒は知識にない。
「お前、そんな顔してるが・・・カクテルも十分甘いと俺は思う」
「まぁ、そうだよなぁ。
俺はビール飲みだして、甘い酒は飲めねぇようになったし」
眠りネズミも賛同の意を表し、アリスは首を傾げた。
「そういうもの?」
「そういうものだ。
まぁ、アリスは無理して飲まなくていいからな。
今日も俺達に合わせて飲もうとかせずに、眠くなったら寝ちまえよ」
「うん、ありがと。眠りネズミさん」
時刻はやっと夜の範囲に入った。
お酒を飲み始めた時刻は早い。
6時を回って、漸くそのことに彼女は気が付いた。
前の男2人があまりにも当然のようにテーブルに数々のお酒を並べ、口にしていくものだから、当たり前のことを忘れていたのだ。
いや、必ずお酒は夜と決まったものではないが、アリスの中の狭い常識はそうだったのである。
と、思考を巡らせた彼女も随分アルコールが回っていて、ちなみに見上げた天井も回っていた。
「おい、アリス。もうそれ以上飲むな」
持っていたカクテルグラスを帽子屋に無理やり没収され、アリスはムッと拗ねた表情を表した。
「かえして~!それ私のやつ~!」
明らかに酔っている絡み方だ。
白い肌は紅潮する頬をより目立たせてもいる。
「酔っぱらい、ちょっと黙れ」
「酔っ払ってないもん」
「酔っぱらいは大体そういうんだよ」
少しきつめに額をつつかれたアリスだったが、酔っているせいで感覚が遠いのか、これといって痛がる反応を見せていない。
それどころか、帽子屋につつかれたのが嬉しいといった風に頬を緩ませた。
そんな彼女の表情を見て、反対に帽子屋が狼狽え、眠りネズミはアルコールを休まずに接種しながら、その様子を眺めていた。
「へへ~、帽子屋さん~」
「気持ち悪いな。なんなんだよ」
「ぼうしやさん、だいすき~」
「は?」と眉を寄せる帽子屋。
「ほう」楽しそうに目を細めた眠りネズミ。
「どうするよ、帽子屋ぁ。アリスの告白タイムだぜ~」
「どうするとかないだろう。相手は酔っぱらいだ」
呆れて頭を抱えた帽子屋は、ピクリと眉を動かした後、ズボンのポケットから懐中
時計を取り出した。
「ったく・・・。んだよ、陛下は・・・
ちょっとは気を使えってのに・・・」
面倒くさそうに立ちあがった帽子屋を寝むそうに見上げたアリス。
彼女は目尻を下げて、悲しそうな表情をする。
「陛下からの呼び出しか?
本当にお前さんは間の悪いやつだな」
「まったくだ。ちゃんとこいつのお守してろよな、眠りネズミ」
「了解」
手をひらひらと振りながら頷いた眠りネズミをアリスは見て、その後もう一度帽子屋を見上げる。
「どこいくの~?」
「お前は幼稚園児か。
仕事だよ、仕事。いい子だから大人しく待ってろ」
そう言って幼稚園児に対するように、アリスの頭を優しく撫で、家を後にした。
その背を見えなくなるまで見つめていたアリスは一つ、大きなため息の後、帽子屋に没収されたカクテルを飲み干す。
そんな彼女に違和感を感じて、首を傾げる眠りネズミ。
「もしかして・・・演技かい?」
「悪い?」
「いや、最高」
今にも爆笑しそうな押し殺した笑い声が響く。
「やっぱり、記憶を取り戻してからのアリスちゃんの方が魅力的だな」
「それはどうも」
眠りネズミの笑いが漸くやんで、息を整えた後、ビールを一気に煽る。
「私もビール貰ってもいい?」
「飲めるのか?」
「多分」
新しく開けたビールをアリスは一口だけ口に含む。
その様子から美味しくも不味くもない、という評価が伝わってきた。
「記憶を取り戻して、どうだ?」
眠りネズミが慎重に尋ねたのが伝わる。
アリスは「う~ん」とわざとらしく小首を傾げて、間を開けた。
「可も不可もなくって感じかな?っていいたい所だけど・・・
気分は最高に最悪」
そういっては思い切り、頭をうなだれる。
「ははっ、それは御愁傷さま。
でもまぁ、それでもアリスちゃんは進まなきゃならねーぜ?」
「なんで眠りネズミさんはそう言ってくれるのかな?
ここの住人の3割ちょっとは私のせいで来る羽目になった人間たち。
それを監視、管理、審判するのがアナタたちの面倒な仕事なのに・・・」
「だからなんじゃねーの?
確かにこの国はつまらない国だ。でも俺はこの国が嫌いなわけじゃない。
それは何故だか分かるか?」
「毎日、晴天だから」
間髪いれずに興味なさそうな適当な返答が帰って来た。
眠りネズミは我が儘な彼女に困ったような顔の後、微笑む。
「お前さんたちが、ここにいるから・・・だよ」
「あまりにも在り来たりな言葉の羅列に拍子抜けしたわ」
「お前さん、ちょっぴり性格もきつくなったんじゃねーか?」
「これが本当の私みたい。
今までの方が偽物ってことかな?」
「そうか。まぁ、今のアリスも素敵だけどな」
「ありがとう。でもあんまり褒めすぎるのも良くないと思うわ」
「参考にさせて頂くよ」
帽子屋とはまた違ったおかしなやり取り。
眠りネズミはお酒を飲む手を止めると、帽子屋が食卓椅子に放りっぱなしにしていたコートから、無断で煙草を取り出す。
アリスはその様子をこれといって咎めることなく、見守っていた。
彼の様子からみると、このようなことは日常茶飯事なのだろう、と推測出来たからだ。
アリスから離れた食卓で眠りネズミは煙草を吸い、ちゃんと換気扇も付ける。
眠りネズミも細かいところに気を回せる紳士なのだということをアリスが知っていた。
「さて、久々に笑わせてくれたアリスに一つ、興味深いお話をしてやろうかな」
「お話?」
「そう、しかもノンフィクションだ」
「誰の?」
「この不思議の国のアリスの原作を書いた男。ルイス・キャロルの話だよ」




