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lullaby  作者: 伯耆
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青虫横丁



謁見の間から出て長い階段を降り終わったと同時に、帽子屋は大きなため息をついて、帽子を眼深にかぶり直す。


眠りネズミは緊張のカケラも感じさせない様子で欠伸をして、三月ウサギは疲れたように頭を項垂れながら歩いていた。

重い沈黙と緊張に落ち着きのなく身の置き所のなかったアリスを助けるようなタイミングで後ろから駆ける足音が聞こえてくる。


「三月ウサギさん!」


高い少女のような声であった。


その呼びかけに帽子屋以外が振り返る。

先には、三月ウサギと良く似た子供が危なっかしい足取りで階段を走って降りてきている最中であった。


「なんだよ、白ウサギ」


明らかに歓迎しない声色で三月ウサギは前の子供―――白ウサギへと返答した。


「報告書、今日までですよ!」


「あ・・・」


どうやら忘れていたようで、固まった後大きなため息をついた三月ウサギは白ウサギの方へ歩き出す。


「アンタの書斎貸して。すぐに仕上げる」


「別にかまいませんけど・・・」


「んじゃあ、俺達いくわ。

頑張れよー」


話を察した眠りネズミはさっさと三月ウサギを見送ると帽子屋の肩を叩いて、城の外へと促した。

城の出口の扉には入った時と同じ位置にジャックがいて「ご苦労さん」と次は眠りネズミが声をかけた。


「あぁ~!城はかたっ苦しい雰囲気で参るわ」


大きく伸びをして、文句を言う眠りネズミを一瞥して、帽子屋は真っ黒なコートの内ポケットから取り出した煙草に火を付けて吹かし始めた。


帽子屋を後ろからまじまじと見るアリス。


黒のコートに黒の細身のパンツ、黒のハット。

唯一、中のシャツとスカーフだけが白で髪と目も含めて、全身真っ黒だ。

歩みを止めない帽子屋はその視線に気が付いてか、立ち止ってアリスへと振り返る。


「あ~」


彼女を見るなり、後悔が入り混じった奇声を一つ。

アリスは怪訝そうに首を傾げた。


「馬車を出してもらうんだったな」


どうやら帽子屋はアリスではなく、城の方を向いて言ったようだ。

その時になって初めてアリスは帽子屋の顔をはっきりと見た。


彼女が思ったより随分と若い。

堀が深く、整った顔立ち。

帽子からはみ出る髪は癖毛のようだ。


「ん?」


その視線に気が付いたのか、帽子屋の視線はゆっくりとアリスに注がれる。

それにたじろぎながら、彼女は疑問を口にした。


「なんで名前を王様と女王様が?

私の名前ってもうアリスで決定なの?

それにここはどこなの?不思議の国っていってたけど・・・」


「いっぺんに色々聞くな、ガキか」


漸く口にして聞けた質問をぴしゃりと一蹴され、アリスはムッと顔に出した。


「まぁまぁ、帽子屋。

そう言ってやるな。アリスだって色々不安なんだ」


なぁ?とアリスに尋ねながら、上手くフォローにはいる眠りネズミにアリスは賛同の意味で幾度も頷く。


「とりあえずは、だんろ町の青虫横町へ行く」


「何、そのネーミングセンスのない街・・・」


アリスのほとんど引いたツッコミに帽子屋は無視を決め込み、眠りネズミは苦笑するだけであった。






再び随分と歩かされたアリスは精神的にも肉体的にも、くたびれながら青虫横町へとたどり着いた。

入口を示すアーケイドの横看板は芋虫のような形をしていて、やはりアリスには読めない字でおそらく「青虫横町」と書かれているのだろう。


「やっぱりなんか・・・」


ダサい。


アーケイドもそうであったが、あまりにも色んなものがアンマッチすぎる色遣いの看板の数々に言葉を失う。

看板のセンスの無さに二の句を告げる前に呆れはてた彼女の感想を、帽子屋はやはり無視し、眠りネズミもずっと変わらず、ただ失笑するのみ。


この人たちは同じ反応しか出来ないのか。

顔を顰めながら口の中で文句を言い、脱力感を感じながらも2人に続く。

無言の散歩の末にたどり着いたそこは、息を押し殺したように陰気な静寂に包まれていた。

人影は見当たらなく、どこかに人がいる気配があることは分かる視線が4人に注がれているのだが、横町の誰一人として姿を見せようとはしない。


アリスは陰気で怪しい、そんな通りにある種の恐怖を感じて、前を行く2人との距離を縮めた。

帽子屋も眠りネズミもそれに慣れているのか、全くとして普通に歩いて行き、先頭の帽子屋は唐突に一見の古びた洋服店の前で立ち止まった。


「ここだ」


扉には何かしら――店の名前か、営業中とでもかかれていそうな看板がぶら下がっている。

帽子屋はそのまま扉を開けて中へと入り、アリスは怪訝そうに足を止めるが、眠りネズミに背を押され、帽子屋に続く形となった。


3人の入った洋服店の中は外の店構えとは随分違って、なかなかの品揃えで、雰囲気も悪くない。

色々と残念な横町と店の外観とのギャップで、興味を示したアリスは店の中を見回りたかったが、なんとなくそれは憚られて視線だけ店内を見たわした。

すると、キョロキョロしていているアリスの行動が目についたのか、帽子屋はアリスを一睨みした後、‘青虫’を呼んだ。



「青虫、いるか?」


「へいへい、いるよ。帽子屋の旦那」


帽子屋の呼びかけに暖簾の奥から一人の老人が水煙管を加えながら帽子屋の元へゆっくりと歩いてきて、アリスがやっとそちらへと視線をとどめた。


「この娘の服を数着買う。

代金は城から請求頼む」


「はいよ」


当たり前のように交わされた短いやりとりにと親指で帽子屋の後ろにいたアリスを差した彼に驚いて、その背を凝視する。

気付いているのかすら分からないが、どうせ気付いていても無視を決め込んでいるのだろう。

老人はさっさと背を向けたが、不意に立ち止まって振り返らないまま言葉を続けた。


「ああ、卵はいらんのかね?」


「相変わらずだな。

何度来たって、卵なんか買ってかえりゃしねーよ」


帽子屋は帽子の鍔を押さえて低く言うと、老人は反応を見せずにそのまま奥へと消えた。

その後ろ―アリスより少し前―で眠りネズミが乾いた声を上げる。


「ほんと相変わらずだなぁ、じいさん。

結構自分の役柄気に入ってるんじゃね~の?」


眠りネズミの言葉に帽子屋は答えずに、未だ店内を散策するアリスに呼びかける。


「自分の好きなもの選べ、アリス」


振り返っては、ふてぶてしく不機嫌そうに顎をしゃくった帽子屋に対して、アリスは困惑を示した。


「え?でもお金とか・・・」


「いいのいいの。この帽子屋さんは結構お金持ちだから」



眠りネズミが帽子屋を代行して明るい声で答えると、アリスは小さくそっと帽子屋を一瞥する。

その視線に帽子屋の視線がかち合わせると、アリスは咄嗟に目を逸らした。

「早く決めろよ」との催促と了承の意を示した帽子屋はその他の値段や量については一切制限をしなかった。



それなりに広い店内の沢山ある服から選ぶののには時間がかかる。

案の定、痺れを切らした帽子屋は店の外へ出てしまい、困ったように焦りながら服を選ぶアリスと、出て行った帽子屋を見ては眠りネズミは失笑する。


「アイツのことは気にせずにゆっくり選んだらいーよ、アリスちゃん」


フォローを入れてくれた彼の気持ちは嬉しかったが、やはりどれも高そうで決めかねる。

そんな気持ちを察したのか、眠りネズミは自分の好みだと言う服を次から次へと服を持ってき始めた。

試着室で着替えては眠りネズミに披露し、彼の反応を請う。


正直、着ることが出来ればなんでも良かったが、眠りネズミにはそれなりの拘りがあるようで、それを繰り返して数着目の服を着替える最中、アリスはふと思い出したような声色で呼びかける。


「ねぇ、眠りネズミさん」


「どうした?」


試着室越しの呼びかけにすぐに返答を返した眠りネズミだが服を選んでいたため、少し遠のいた声が反響して聞こえた。

眠りネズミが試着室の方へと向かってくる足音がした。


「ここは不思議の国っていうの?」


ずっと気になっていた質問だ。


訳も分からずに、半ば無理矢理、帽子屋の気迫に圧倒されて流されていて聞けなかったことを漸く尋ねることが出来た。


「まぁ、そう呼ばれてるね」


「この国ってなんか変じゃない?

街も人もまず皆、名前が変」


記憶はないに等しかったが、率直な感想を告げると眠りネズミの高笑いにも似た大きな笑い声が店内に響いた。

くつくつと小さな笑い声の間から彼は続けた。


「だよなぁ、俺も同感。

ここはお伽噺を舞台に作られた世界なんだってさ」


「お伽噺?不思議の国が出てくる物語があるの?」


アリスは聞き返した後に、自然と不可思議な話を飲みこめた自分に驚くように口に手を充てて、着替える手を止めた。

しかし考える暇も与えず、カーテン越しの声がその先は説明する。


「ああ。ここに来る人間は皆、自分の名前を置いて来ちまった人間で、その度に王様と女王様が名前をあげるんだ」


「名前を置いてきた・・・?

王様と女王様も?」


「それは俺達にはわからないけど。

陛下はそんな可哀想な人たちに名前をあげる。

そのお伽噺の登場人物のな」


眠りネズミが説明する間にアリスは少しずつ着替えを進めて、言い終えたと同時に試着室のカーテンが開いた。


「おっ、いいじゃん。

じゃあ、それとさっきの俺好みのと、後これで・・・」


眠りネズミは持っていた二着の服を見せて、満足そうに頷いた。

全てで三着。それも高そうな生地のばかりである。


「え?そんなに?」


遠慮するアリスに、眠りネズミは悪戯な感じで微笑み、



「いいのいいの、帽子屋さんはお金もちだから」と言った。





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