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lullaby  作者: 伯耆
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フルコースを存分に味わったアリスは幸せのため息を吐き出す。



「美味しかったぁ」


「当たり前だ。俺が選んだものに間違いはない」


「何、その自信」



ナプキンで丁寧に口を拭く帽子屋の言葉にアリスが思わずツッコミを入れ、水の入ったグラスを呷った。



「だって、ここは帽子屋サンが一時期働いてた店ですもんねぇ」


「え?そうなの!?

ていうか、チェシャ猫!?」



アリスの後ろからした声とチェシャ猫の存在に驚いた彼女は思わず声を上げてしまい、周り客の注目を一気に集めつ。


「死ね」


帽子屋は今にもブチ切れそうになりながら、漸くその一言を呟いた。


「なんでこんな所に・・・」



アリスは後ろへ振り返り尋ねる。



「え?私も混ぜてほしいなぁと」


「いいから、今すぐ帰れ」


「いつもですが~、アリス君。

帽子屋サンは私に冷たいんですよ~」



アリスの後ろにいたチェシャ猫はアリスの隣へと来ると、作った悲しそうな声色でそう彼女に訴えた。



「ああ!それとも‘初デート’のお邪魔でしたかぁ?」


ニタリと笑ったチェシャ猫にブチ切れた帽子屋。赤面するアリス。



「お前、どこから聞いてた・・・?

それ以上減らず口叩くと、3枚に卸すぞ」


遂に立ち上がった帽子屋にチェシャ猫は肩を竦めた。



「おやおや、沸点が低いのは相変わらずのようで・・・

あまりにお二人の仲がよろしいものですから、思わず嫉妬して出てきてしまったというのに・・・


猫さんは寂しいと死んじゃうんですよ?」


「それをいうならウサギだろ。あ?」


「おや?珍しいですねぇ。帽子屋サンが私にツッコミを入れてくれるなんて・・・

まぁ、本当にお邪魔みたいですし、野良猫は退散しますかぁ」


「ちょっと待って!」



仕方ない、とため息をついたチェシャ猫にアリスが制止を促し、立ち上がっては彼に近づいた。


「おや?」


「あっ、やっぱり」

そっとチェシャの両耳にかかる長い髪を片方ずつ退けると、右側に銀の十字架のピアスがあった。


「チェシャさんも管理人だったのね」


「ええ、そうですよ。

にしても、アリス君は大胆ですねぇ」


アリスはその時になってチェシャ猫との距離が普通より近いことに気が付き、慌てて後ろに下がるが、バランスを崩してしまう。


「おっと」


そのアリスの肩を引っ張り、チェシャ猫は抱き締める形で彼女を助け、ゆっくりと彼女を椅子へと勧めた。


その一部始終と納得いかない様子で見つめていた帽子屋に、チェシャ猫は微笑む。



「まぁ、不可抗力ですよ。帽子屋サン」


「何も言ってないだろうが」



声を低くして一層眉を寄せる帽子屋。


「にしても、管理人のことまで説明するとは・・・」


「あの状況を見られて、他にどう説明しろと?」


「家の帽子屋サンはおバカさんですねぇ。

沢山あるでしょう?

俺は殺し屋だ、とか。実は死神だ、とか」


「ふざけるのも対外にしろよ。

しかも、さらりと俺をお前の所有物みたいに言ってんじゃあねぇ」



腕を組んで、椅子へと再び腰を降ろした帽子屋はそう言ってチェシャ猫を睨む。


「我が儘で困っちゃいますよねぇ?家の帽子屋サンは・・・

ねぇ?アリス君?」


「え?」



突然、話を振られてアリスは間抜けた声を出す。



「ああ、もういいからさっさと消えろ。

空気読め。周りの視線が痛いんだ」


「そうですねぇ、仕方ありません。

周りの視線ばかり気にする、器の小さい帽子屋サンのために、私は退散して差し上げます~」



消える直前に言ったチェシャ猫の言葉に思わず立ち上がって怒鳴りそうになった帽子屋だが、場所と既に消え去ったチェシャ猫を見て、どうにか怒りを鎮めた。


「あいつ・・・次あったら殺す」


ふつふつと煮えたぎる怒りが収まらない様子の帽子屋はため息を一つ、立ち上がった。


「出るぞ、アリス」


「え?もう?」


「あいつのせいで気分悪くなった。

場所を変える」











そうして競歩で歩きだした帽子屋にアリスは小走りで追いかける。



「ちょっ、待ってよ!帽子屋さん!」



アリスが帽子屋のコートの袖を掴み、制止を呼びかけ、漸く帽子屋は立ち止った。



「もう・・・食べたばかりなんだから・・・」


「あぁ、悪い」



やっと我を取り戻したように、珍しく帽子屋は素直に謝った。


「お前」


「何?」


「酒、飲めるのか?」


「え?飲んだことないけど・・・

いや、実際の所、何歳かわからないし・・・実は酒豪だったとかだったりして・・・」



帽子屋はアリスのその冗談気味た言葉に幾度か頷くと、「じゃあ、良い店がある」と言って、ルートを変更したのか、来た道を戻って行った。






着いた先は何とも赴きのある、年代を感じさせる店だった。




中には初老のバーテンダーといくつかのテーブル席に若い男が2人。


帽子屋は迷うことなくL字のカウンターのバーテンダーが立つ前へと座るとアリスをその横へ座るように促した。



店は薄暗いが、センスの良いジャズが流れている。



「マスター。こいつに飲みやすいものを作ってやってくれ。

俺はいつもので」



帽子屋が告げると、バーテンダーは表情一つ動かすことなく、小さく頷き、奥から一本のボトルとグラスを持ってくると帽子屋の前へと置く。


しばらくして、アリスには綺麗な色をしたカクテルが前に置かれた。


帽子屋は無言でボトルの中の液体をグラスへと注ぐと、アリスの方へと傾ける。



「ほら、乾杯だ」


「あっ、うん」



グラスがぶつかる音と帽子屋が一気に煽り、喉を鳴らす音。


アリスは用心深く少しだけ口を付けた。



「わっ、甘い」


思ったよりも飲みやすかったのか、驚きに帽子屋を見たが、彼は少し微笑むだけだ。


ささやかな沈黙が続き、その沈黙にアリスはカクテルグラスを空けてしまった。



「マスター、もう一杯作ってやってくれ」


「結構、平気かも」


嬉しそうにそう言ったアリスに帽子屋は「そうか」とだけ呟く。



「ねぇ、帽子屋さん」



アリスの呼びかけに帽子屋はグラスを呷りながら、視線だけ彼女を一瞥する。



「管理人って、どうやってなるものなの?」


「まぁた、そっちの質問か」


「だって気になるじゃない?

魂の管理とか冗談抜きで神様みたいな感じだし・・・」


「お前・・・」



新しいグラスがアリスの前に置かれるのと、帽子屋が嫌そうな目で彼女を見たのが同時であった。



「もし、俺がカミサマだとしたらどうするんだよ?」


「どうするって・・・」



真剣な顔つきで言葉を詰まらせるアリス。


「え?神様なの?」


「バカか。

俺が神様だったら、こんなどうしようもない仕事しねぇし、その前にこの不思議の国は有無を言わさず滅ぼす!」


「良かった~、神様じゃなくて・・・」



帽子屋の言葉にアリスは冷たい視線と共に、彼に分かるように棒読みで言った。



「まっ、滅ぼす代わりに・・・

いや、なんでもない」


「え?何?」


「なんでもない」


「気になるよ」


「黙って飲め」



冗談を言ったかと思えば、思いつめたようにグラスを見つめた帽子屋にアリスは首を傾げた。



「で?結局、管理人ってどうやってなるの?」


「知ってどうする」


「どうもしないけど・・・」


「なら、聞くな」


「なんでも答えてくれるんじゃなかったの?」


「どこの誰がそんなこと言った?」


「目の前の年中不機嫌そうな帽子屋職の男の人」


「誰だ、そいつは・・・

っつーか、お前と俺の付き合いってそんなに長かったか?」


「誰も帽子屋さんとは言ってないけど」



言葉遊びのような会話が行きかう。



「なんだ?お前の目には、目の前に俺以外の男が映ってるってのか?」


「うん」


「は?」



アリスが差した方向にはテーブルで一人飲む若い男性。


帽子屋は一つため息をつき、グラスを呷る。



「眠りネズミさん、帽子屋さんにチェシャ猫さん」


「猫を出すな」


「ということは、陛下たちも管理人だよね?」


「まぁ、普通はそう行きつくだろうな」


「え?違うの?」


「誰も違うとは言ってない」


「帽子屋さんの返答はいつも短くて面白みがない」


「お前、どこかの猫みたいなこと言うな」


「猫の話はしたくないんでしょう?」


「お前、性格悪くないか?」


「帽子屋さんよりは随分良いと思うけど」


「やっぱり公爵夫人の屋敷に帰れ」



掴みどころのない会話。


2人のそれはは、まるできめられた台詞のようにスラスラとテンポ良く続いて行く。



「まぁ、お前の周りにいるやつほとんどが管理人だ」


「え?本当に?」


「嘘を言ってどうする」


「じゃあ、つまり・・・

三月ウサギさんも?白ウサギさんも、ジャックさんや公爵夫人、ロウさんにフロッグも?」


「ああ」


「ドードー鳥さんとか、最初に会った双子や騎士さんは?」


「あ~、双子はそうだが、鳥とナイトは違うな」


「そうなんだ」



アリスはしみじみと言った感じで頷いた後、思い出したように目を見開いた。



「ネタバレじゃない!」


「ネタバレとか・・・

お前がしつこいからだろう?」


「まぁ・・・そうだけど・・・」


「それと、あんまり容易に管理人の話は振るな」


「なんで?」


「なんでもだ。

根掘り葉掘り聞くな。少しは自分で考えろ」




帽子屋はグラスの底をアリスへと傾けて指摘し、彼女はその指摘に口を尖らせた。



「なんか摘むか?

酒だけだと悪酔いするからな。どっかのネズミみたいに」


「あ~、でもお腹いっぱいだし」


「マスター。なんか適当に出してくれ」



結局、アリスの意見は無視して、バーテンダーへとツマミを要求する帽子屋。


アリスはすっかりそんな彼の言動に慣れてしまい、ツッコミを入れようともしない。



「帽子屋さんって結構皆と飲んだりするの?」


「まぁ、付き合わされるな。

というか、さっきから女があんまり何でもベラベラと聞くもんじゃねぇぞ」


「だって、帽子屋さんが何も話してくれないからじゃないの」


「ああ。まぁ・・・そうだったな」



妙に納得した感じに頷いた帽子屋はグラスを左右にゆっくりと傾ける。


アリスはそんな彼の様子を見、カクテルグラスへと視線を移した。


流れていたジャズ三曲程の沈黙を挟んだ後、彼らの後ろのテーブル席に座っていた若い男が立ち上がり、バーテンダーへと勘定を済ませて店を出て行く。



帽子屋はその男の顔を一瞥し、一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せたのにアリスは気が付くと、彼女も男の顔を見ようとしたが、その前に男は被っていた帽子を深く被り直してしまった。



扉の閉める音と帽子屋が落ち着きなくグラスを傾ける音が響く。


帽子屋がグラスを呷り、ため息と共に首を傾げた。



「まぁ、いいか」



何やら自己完結したように呟き、ボトルをカウンターの上へと置く。


バーテンダーはそれを下げると同じ銘柄の新しいボトルを開けて、帽子屋の前へと置いた。


アリスも空いたグラスを見て、悩むような動作をした後、「お願いします」と一言おかわりを要求する。



「記憶がない、ってのは・・・どんな感じなんだ?」



唐突に帽子屋が尋ねた。


アリスは目を瞬かせ、考えるようにバーテンダーは前に置いてくれたグラスを見つめる。



「不安感と恐怖。漠然とした喪失感・・・かな?

合う言葉が見つからないけど」



アリスは感情と一致する言葉を探すように考えこむが、その後は続けなかった。

帽子屋は「そうか」とだけ答える。



「俺はな。忘れてしまいたいと思うくらいに後悔することがある。

生前のことなんだが、どんなに時間がたっても昨日のように頭に焼き付いて離れてくれない記憶だ。


まるで烙印のように、いつも俺を戒め、常に首にナイフを突き付けられているような感覚だ。


お前の前で不謹慎かもしれないが、記憶が全てなくなれば楽になれるんじゃないかと思ったことが何度もある」



前触れもなく、自分のことについて語り出した帽子屋にアリスは、最初は驚きを示したが、その話に耳を傾けた。



「けど、それこそが今、俺がここに立っていられる理由でもあるし、忘れることなんて許されない罪だということも自覚している」



再び帽子屋がグラスを傾け、氷が滑りグラスを鳴らす涼しげな音がした。


「帽子屋さんたちも、元は人間だったんだね」


「まぁな。

悪い、愚痴を言うつもりはなかったんだが・・・」


「ううん。何か話そうとしてくれたんでしょう?」



アリスの言葉に帽子屋は失笑する。



「自分の良いように解釈しすぎだろう」


「だって、あんまり帽子屋さんが自分のこと話すことなんてなかったし」


「そうだったか?」


「うん」



アリスは嬉しそうに微笑むとグラスに口を付けた。


彼女はそのグラスを飲み終えるまでの沈黙。


最後の一口を飲んだのを確認すると、帽子屋が立ち上がった。



「そろそろ行くか」


帽子を被り直した彼にアリスも倣い立ち上がるが、視界が周り、足が絡んでしまう。


バランスを崩した彼女を待っていたかのように帽子屋が支えた。



「思ったより酒が強かったのは驚いたが、やっぱりこんなオチだと思った」


「仕方ないでしょう?」



呆れるようにため息をついた帽子屋の支えから、自分で足元を保ったアリスは不満そうに顔を顰める。



「まぁ、でもそれなりに楽しかったがな」



帽子屋は踵を返してアリスにそう告げる。


アリスはその一言で猫の目のように表情を変えながら、店を出る帽子屋の後を追いかけた。


人影のない街路に月の灯りが差しこみ、2人の影を伸ばしている。



「あのね、帽子屋さん」



後ろから呼びかけられた帽子屋は半身だけ逸らして振り返った。



「私も嬉しかった」


「何がだよ?」


「帽子屋さんと沢山話せたこと」



本日、幾度目かの満面の笑みでそう告げる彼女に、帽子屋は微笑むと「そーかよ」と言って、再び先を歩いて行く。





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