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lullaby  作者: 伯耆
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「ねぇねぇ!」


「あ~、うるせぇ。

ちょっと黙れねぇのか」



さっきから帽子屋の背をアリスが付き纏い、休むことなく話し掛けていた。


帽子屋はまるで、捨て犬に懐かれたような錯覚を頭に巡らせて、黙れと言うものの、後ろに付いてくるアリスを引きはがそうとはしない。



「パパ!」


「誰がパパだ!」



やっと振り返った帽子屋にアリスは悪戯な笑みを浮かべる。



「ママの方が良かった?」


「殴るぞ」


「ねぇねぇ!」


「だからなんだ!

俺は家事が忙しい」



家事の途中で城に呼び出され、そのままアリスの様子を見て、その後には‘仕事’に追われていた帽子屋はやり掛けの家事を放ってはおけないようであった。



「街に出かけよう!」


「はぁ!?」


「街観光して、外で晩御飯食べたい!」


「ガキか!

それに太るぞ!フロッグに聞いたが・・・太ったら責任取ってくれるのか。それを口実に屋敷を案内させたらしいな?」



帽子屋の先制攻撃にアリスは言葉を詰まらせる。



「でも・・・私、一度もちゃんと街を見たことないし」


「別に今日じゃなくてもいいだろうが」



帽子屋はアリスの要求を次々と交わしながら、箒を取り出して、ウッドデッキを掃きだした。



「それってつまり!明日なら連れていってくれるってこと!?」


「ふざけるな」



帽子屋が掃く前を邪魔するように立ちはだかったアリスに彼は彼女の額にデコピンを食らわせて、「邪魔だ」とウッドデッキの隅へと追いやる。



「それに明日、俺は仕事が入ってる」


「仕事って?」


「仕事は仕事だ」


「管理人の?どこに行くの?街?」


「ああ」


「連れてって!」


「はぁ!?お前、面倒くさいからやっぱり公爵夫人の屋敷に帰れ」


「ヤだ」


「可愛くねぇからな」



マシンガントークを繰り出す2人のピリオードをさしたのは口を尖らせて、あからさまに猫を被ったアリスの声色を帽子屋が一掃したものであった。


アリスはまるで幼稚園児が拗ねたように、頬を膨らませリビングへと入ってしまう。


そんな彼女の背を見て、帽子屋は大きくため息をついた。



「わかったよ。

今日、晩飯だけでいいだろう?」


その言葉にアリスはピタリと足を止めて、今日一番の笑顔で振り返った。


「うん!」



その切り替えの速さに帽子屋は呆れかえり、頭を抱え込む。



「なんで俺の周りにはこう・・・面倒くさいやつしかいないんだ」



それから家事が終わるまで大人しくしているという条件を提示すると、アリスは別人のように自室で大人しくしていた。









いつもの執務室で白ウサギは山積みにされた書類の確認や整理をこなしていた。


「なんだか、皆さんが駆り出されているせいか静かですね」


誰に語りかけるでもなく、呟いてみる。


そして自然と出て来たため息。


数日前に彼が想いを寄せる彼女の泣き顔が頭から離れずにいたのだ。


彼女が誰に想いを寄せ、何故泣いたのか。


‘多分’という前置き付きではあるが、彼には分かっていた。


しかし、その相手を責めるのかどこか違う気がしてならない。


色んな葛藤が白ウサギの胸の中で渦巻いていて、中々仕事が捗らないでいた。




幾度目かのため息に気が付いて、彼はデスクから離れると、隣室に設けられた私室へ飲みものを取りに行く。


綺麗好きな彼はカップなどを集めるのも一つの趣味で、綺麗で様々なティーカップやコーヒーカップが並んでいた。


その中でも最近、一目で気に入って買ったカップを手に取った瞬間、取っての部分が何の拍子もなくポロリと外れ落ちてしまったのである。


当然、そのカップは床に落ちて派手な音と共に割れてしまう。


驚きながらも幾度か使っているとたまにある現象に、冷静にカケラを拾い片づけるものの、何か言い知れぬ不快感と不安感が彼の胸を埋めて行く。



「何か・・・良くないことが起きなければいいんですが・・・」



片づけ終わり、新聞紙に包んだカップの残骸を見詰めながら、自分でも知らぬ間に彼はボソリと呟いた。






「わぁ~!」


街は何かの祭りごとのように賑わっていた。


2人の隣を通り過ぎて行く住人は皆、仮面を付けて仮装をしている。



「凄い!いつもこうなの?」


「いや、たまに気が付いたようにこうやって騒いでることがあるが・・・

なんでそれが今日なんだ・・・」



人ごみの嫌いな帽子屋にとって、賑わう街中は地獄に等しかった。



「おい、アリス。逸れるなよ」


「大丈夫!」



道も知らないのに何故か先を進む彼女にそう告げると、何が大丈夫なのか振り返って満面の笑みを浮かべた。



「ほら」


帽子屋はごく自然に前のアリスへと右手を差しだす。


一瞬だけ驚いたアリスだったが、その手を掴んで歩を緩めた。



「どこがおすすめなの?」


「知るか。大体俺は、基本外食はしない」


「そっか。帽子屋さんの料理は美味しいものね」



ナチュラルに答えたアリスの褒め言葉とも言える台詞に対して、帽子屋はすぐに反駁する。明らかに照れ隠しのようなものに捉えられた。



「ただ出歩くのが面倒なだけだ。

家から街まで結構距離もあるしな」



こっちだ、と帽子屋はアリスの手を引き、人ごみを避けるように路地裏へと回り込んだ。


人影のない路地裏へたどり着くと、帽子屋は彼女の手を離して、先を歩きはじめる。


アリスはその背を追いかけ、クネクネと緩やかに続く坂道をを歩き、数分後開けた道へと出た。



「ここでいいだろう?」



小走りで帽子屋の後に道を出た彼女が見たのは、賑わう街を一望出来る高台に位置する隠れたレストランであった。


そこから眺める街は宝石を散りばめた宝箱のように輝いている。



「凄く綺麗!」



在り来たりな感動の台詞を無邪気に輝かせた表情で呟き、長い間街を眺めるアリスを帽子屋は見守っていたが、ふと冷たい風が吹いたのを感じて、彼女を促す。



「ここの風は冷たい。さっさと入るぞ」


「あっ、うん」



知る人ぞ知る、という代名詞が似つかわしい隠れ家的な店の中も清潔で高級な雰囲気を醸し出したレストランであった。





高そうな店。



それがアリスの印象で、帽子屋を一瞥したが、ふと眠りネズミの言葉を思い出す。


―――帽子屋さんはお金持ちだから



嘘ではないのだろうが、迷惑ではないか?


今さらそんな考えがアリスの頭によぎった。



「ねぇ、ここって・・・」


「あ?」



唐突に声色を変えて話し出した彼女に対して、訝し気に帽子屋が返答する。


それに対して、アリスは更に不自然に言葉を詰まらせた。



「えっと・・・、高いんじゃないの?」



遠慮気に俯いて呟いたアリスを帽子屋は鼻で笑った。



「何今さら遠慮してんだか・・・

気を使うなんて100年早いんだよ、お子様が」


「なっ!」



笑われたアリスは言い返そうとするが、そこにウエイターが来て、席へと案内しだしたものだから、そのタイミングを逃してしまう。


席へと静かに着いて、渡されたメニュー越しにちらりと帽子屋を一瞥すると、再び彼は眉を寄せてメニューから目を離し、アリスを見た。



「だから、遠慮する必要ねぇんだよ。

初デートで緊張してるガキか、お前は・・・」


「な、な・・・」



初デート。その言葉にアリスは分かりやすく赤面した。


分かりやす過ぎる彼女に帽子屋は吹き出しそうになりながら、彼女の頭を撫でる。



「お前の迷惑なんて今、始まったことじゃあねぇだろ。

存分に甘えておけ」



言葉の選び方は相変わらずの帽子屋だったが、その声色がいつもより優しいものだろ気が付いたアリスは、恥ずかしさを隠すために口を尖らせて、目を伏せた。


しばらくしてメニューを閉じた帽子屋にアリスはずっと悩み続けているのを見て、一つため息をついた。



「田舎もんか、お前は」


「だって・・・」



見慣れない名前の食べ物が並ぶメニューにアリスは苦戦していた様子で帽子屋は彼女のメニューを取り上げると、傍で控えていたウエイターを呼ぶ。


彼のオーダーはあまりにも簡潔であった。



「いつもので」


「畏まりました」


「は?」



最後は間抜けたアリスの声でテンポ良く3拍子に続く。


「お前な・・・」


「だって、いつものって・・・

あんまり外食しないんじゃなかったの!?」


「しない、とは言ったが・・・

ここには無理やり連れてこられるんだ」


「誰に?」


「俺の周りには面倒くさいヤツだらけだからな」


「答えになってないよ」




帽子屋はため息とともに、水の入ったグラスを仰ぎ、沈黙に困ったアリスもそれに倣った。


しばらくして、前菜が運ばれてきた。



「お前、最初に言っておくが・・・

俺は帽子屋だ」


「はい?」



今らさなんだという風に首を傾げたアリス。



「最後まで聞け。

俺の存在は結構な確率でこの国の住人が知っている。

だから・・・」


「だから?」


「上品に食えよ」



家での自分の食べっぷりを思い返したアリスは、反駁の言葉が思いつかずに、渋々頷いた。


ゆっくりとフォークとナイフで前菜を食べ進めて行く。


ちらり、とばれないように盗み見した帽子屋は慣れた手つきで、食を勧めていた。



「ねぇ」


「ん?」


「私に食べ方を問うなら、帽子取れば?」


「あ?俺は帽子屋だぞ?」


「いや、関係ないでしょ?

それに家では被ってないじゃん」


「それはそれ。これはこれ、だ」


「ああ、ごめん。指摘した私がバカだった」




短い会話の後、しばらくしてサラダが運ばれてきた。


そしてスープ、パン、魚料理、ソルベと続いて行く。



「なんかゆっくり食べてたらお腹いっぱいになってきたぁ」



一旦、フォークとナイフを置いてアリスがだらしなく背凭れに倒れこむ。


「まったく・・・」


その様子に帽子屋は何も言わなかったが、ナプキンで口を拭くと、自分も手に持っていたものを一旦置いた。



「お前の家が用意出来たら、どうするんだ?」


唐突に話を振られ、アリスは背凭れから起きあがって、首を傾げた。


「どうするって言われても・・・

わざわざ用意してくれるんだし、やっぱりそこに住むでしょう?」


「お前、家事とか出来るのか?」


「それは・・・なんとか」


「ならない」



アリスが言う前に否定され、それでも家事の経験のない彼女は言い返す余地がない。



「まぁ、でも陛下が用意したなら使用人は付けてくれるだろうが・・・」



そのタイミングでメインの肉料理が運ばれてくる。



「それなら助かるけど・・・

でもね、なんで私ってそんなに待遇がいいの?」


「さぁな」


「ほら、そうやってはぐらかす」


「アリスだからじゃあないのか?」


「だから、なんで私がアリスなのかって・・・

もういいや」



彼女が知る限り、答えたくないことはいくら食い下がってもはぐらかされる。

それも多分、設定なのだ。



「さっさと食え。

お前が生きてる内に何度かしか食えない高級料理が前にあるんだ」


メイン料理に手を付け出した帽子屋がアリスに促す。


「生きてるとは言えないけどね」



嫌みを嫌みで返した彼女はゆっくりとメイン料理を堪能し始めた。





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