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lullaby  作者: 伯耆
14/52

アリス、お屋敷を脱走する






翌日は4日目にして漸く、イレギュラーな出来ごとが飛び込んできた。



女王陛下からお茶会のお誘いがあったのだ。


その文書を白ウサギは朝に届けに来て、お茶会は3時から。


時間的にお茶会の後、夕食も御馳走になっての帰宅となるだろう、と公爵夫人はアリスへと告げた。


何故か当然のようにアリスの参加も決まっていて、彼女に拒否権はないようだ。


しかし時間を持て余していたアリスはそのお茶会を楽しみに昼ごはんを減らして、用意された馬車で登城した。


他にも何人かいると思っていたアリスだが、本当に女王陛下と公爵夫人、アリスの3人だったのに驚き、どう考えても場違いな彼女は身の置き所がなかった。


そんな彼女を気遣うように女王陛下と公爵夫人は優しく彼女に接して、漸く彼女の緊張も解け、久しぶりに楽しい時間を過ごしていた。


お茶は勿論、それと共に並べられた洋菓子たち。夕食に並んだ料理の数々も豪華で蕩けるような美味しさである。




幸せな時間はすぐに過ぎてしまい、陽が完全に落ちた午後9時。


白ウサギの見送り付きで公爵夫人とアリスは馬車に乗り込んだ。


走り出した馬車は街の一番広い道をゆっくりと走って行く。


窓から見える街には殆ど人影らしいもの見えず、ひっそりとしていた。


この街の住人は、夜は出歩かないのかな?とそんな疑問が頭を掠めた時、目端に何かがキラリと光った。


どこかで見覚えのる輝きだ。


気になって輝きがした方向を窓越しに凝視すると、良く知る背が垣間見えた気がした。



「あれ?帽子屋さんと眠りネズミさん?」



見えた人影はその2人に見えたが確証はなく、すぐに路地裏へと消えてしまい、アリスは首を傾げると、なんだか一気に疲労感が肩に重みとしてのっかかって来る気がして、すぐ近くの公爵夫人邸までの短い距離に夢を見た。



それはとても奇妙な夢だった気がする。


馬車が止まって、眠っていた彼女を起こした公爵夫人の顔を見た途端、どんな夢だったのかアリスは思い出せなかったが、外から吹き込んできた生温かい風が彼女の背筋を冷たくさせ、言い知れぬ不安を覚えた。


しかし就寝準備を整えたアリスを迎えたフロッグが、用意してくれたホットミルクを飲み、一息ついた時にはそんな不安は忘れていて、溜まった疲労はすぐに彼女を眠りへと誘い込む。



「どうかしたんですかぁ?蛙サン」


「その呼び方はやめてください。チェシャ猫さん」



アリスが眠ったのを見届け、ホットミルクをトレ―へと運んでいたフロッグは突然扉側へと表れたチェシャ猫に対して冷静に言う。



「申し訳ない。つい、いつもの癖で・・・。

で、どうかしたんですか?フロッグ君?」



素直に謝り、テーブルの前の椅子に腰かけたチェシャにフロッグは「何かいりますか?」と適当に尋ねる。



「いえ、お構いなく。

彼女の部屋ですし、長いするつもりはありませんよ」


「そうですか」



フロッグはそのままアリスの部屋をキチンと片づけて行く。



「浮かない表情ですが・・・?」


「いえ、ただ彼女を見ていると何か思い出しそうな気がするんです。

この‘仕事’に就いて結構経ちますが、やはり中々思い出せないものですね」


「ふむ。君は元はと言えば、この国に流れて来た住人でしたか」


「はい。まさかここにまた舞い戻って来るとは思いませんでしたが」



苦笑したフロッグにチェシャ猫は視線を床に落とした。



「まぁ、運命ってやつですよ」


「アナタには一番似合いそうにない言葉ですね」


「失敬な・・・」



チェシャ猫は言葉とは裏腹に微笑みを浮かべた。



「では、私はまだ仕事が残っていますので失礼しますね?

チェシャ猫さんも早く帰ってくださいよ?」



それだけ言い残して、フロッグは部屋に一礼した後、扉の向こうへと消えた。







お茶会の翌日。



アリスは溜まった疲労のためか昼過ぎまで目を覚まさなかった。


幾度か様子を見に訪れたフロッグであったが、あまりに気持ちよさそうに眠っている彼女を起こすことは出来ずにやっと目覚めた彼女が鳴らすベルで、本日4度目のアリスの部屋へ訪れた。



「おはようございます。

お疲れになっていたのか良く眠っておられましたよ」



一日目は目が覚めた時には彼が隣にいて、寝顔を見られた恥ずかしさがあったアリスだが、毎日だともう慣れてしまっていた。



「何かお飲みになりますか?

それとも何か軽いものでもお食べに?」


「じゃあ、温かいココアが飲みたい」



その要求に答え、フロッグは少しばかり退室するとすぐに温かいココアと少量のシリアルと牛乳を混ぜたものを持ってきた。


既にテーブルへと移っていた彼女の前へココアとシリアルの入った皿を置くが、昨日お茶会に続き、夕食を御馳走になってあまりお腹が空いていないと言ったアリスに困ったようにフロッグはシリアルを下げた。



「勿体ないならフロッグ食べる?」


「いえ、アリス様の前で食べるなど使用人の分際で恐れ多い」


「相変わらず固いね~、執事ってやつは」



まだ完全に頭が冴えきっていないのか、ぼーっとした表情で少し慌てた様子のフロッグに言う。



「でも勿体ないじゃん」


「私が勝手に用意したものなのでお気づかいなく」


「だから、勿体ないから食べてよ」



アリスはフロッグの手からシリアルの入った皿を奪い取るとスプーンで掬い、フロッグへと付きだすと、フロッグは驚いたようにアリスを見て、目を瞬かせた。



「あ~ん」


「アリス様、いけません。

処分しておきますので、こちらへお渡しください」



それでも冷静に対処するフロッグにアリスは面白くなさそうに口を尖らせた。


仕方なしにアリスは観念して、皿を渡し、しばらくの沈黙にアリスはココアを飲みほすと、それを確認したフロッグは侍女を呼ぶベルを鳴らす。



「では、お着替えください」



恭しく一礼して、出て行こうとするフロッグの背にアリスが呼びかける。



「着替え終わったら呼ぶから、必ず来てね」


その言葉に一瞬だけ、首を傾げた彼であったが、にこりと微笑み「畏まりました」と一言、今度こそ部屋を後にした。


侍女3人に囲まれ、着替えと薄化粧を施される。


アリスにとってこの時間は結構苦痛なものであった。


その時間から解放されるといつも一度は深いため息を一つつく。



しかし今日の彼女には一つの目的があった。


そのためにアリスはフロッグを呼ぶベルを鳴らす。


待機していたのか、一分もかからない間にノックと共に彼が入って来るや否やアリスは「屋敷を案内して!」と唐突に言った。


フロッグは困ったように目尻を下げる。



「アリス様には出来るだけ部屋から出ることを自粛するように、奥様から仰せつかっていると申し上げましたかと存じますが・・・」


「それでも私は暇で死にそうなの。

屋敷内くらい言いでしょ!」


「いけません」


「お願い!」


「いけませんよ、アリス様」



断固として意見を譲らないフロッグにアリスは彼に訴えるようにムッとした表情を作る。


「少しでも運動がしたいんだって!ずっと部屋に籠りっぱなしで毎日3食、食べてたら太るでしょう!?」


そうしてアリスの訴えにフロッグはなんとも言えずに黙ってしまう。


女性のそう言った話にはどう答えていいのか決めかねているようだ。



「私が太ったら責任とってくれるのね!」



アリスはトドメと言わんばかりに強く切実に言い張り、根負けしたフロッグがため息の後に「わかりました」と項垂れた。


そんな彼を見て、アリスは思わず小さくガッツポーズをする。




そこからフロッグを従えた小さな冒険が始まったのだ。


昼過ぎから屋敷の中を一通り見て歩き、お茶の休憩を挟んで、次は屋敷の外の広い庭を見て回ることにした。


さすがに庭の散策は強く拒否したフロッグだったが、またしてもアリスに言いくるめられ、日傘を彼女に差しながら、散々振りまわされる羽目になった。



「はぁ~!楽しかった!」



自室へと帰ったアリスは晴れ晴れとした表情でソファーへと腰掛けた。


そんな彼女に少し遅れて、フロッグはアイスティーを彼女の前へ差しだす。


気のせいかその顔は少し疲れているようにも見える。


そのわけは庭を散策中に公爵夫人とバッタリ合ってしまい、彼女はフロッグを見るとその場で咎めることはなかったものの二コリと微笑んだ顔には何かしらの裏があると彼は確信していた。



思わずため息が零れてしまう。



「ごめんね、フロッグ。

無理やり連れ出しちゃって・・・。公爵夫人には後で私は弁解しておくから」



どうやらアリスも彼に迷惑をかけ、そのせいで彼が公爵夫人から注意を受ける可能意もあることを理解していたようだ。



「そう思うなら・・・」


思わず反論の言葉が出かけた彼だが、慌てて自分を制する。


そんな彼の心中を察してか「ありがと」とアリスは付け加えた。


「はい」


フロッグはその言葉に自然と微笑んで答えた。



しかし、彼は翌日もっと頭を抱えさせられることになった。


アリスが屋敷内の散策を懇願したのはただの暇つぶしのためではなかった。


執事として裏の裏を読むことは義務と言っても過言ではない。




―――眩暈がする。これは後に全て自分へと揺れ返れさる責任だ。




そこまでフロッグを追い詰めたのはアリスの屋敷脱走であった。


朝方、シェフと数人と警備しか起きていない時間帯に、昨日教えてもらった屋敷内を見つからないようにして抜け出したと思われる。


まさか一度案内しただけで一目を盗んで屋敷を抜け出すほど、知悉出来る記憶力と周到性には感心するばかりだ。




彼女が屋敷内にいないことを知ったのは朝の9時。


城の近くに位置するこの屋敷は、真っすぐ行けばすぐに大通りに出てることは出来るが、一つ間違えれば、もれなく迷子になる。


フロッグは幾人かの警備を従えて、殺気を放ちながら街へと馬車を走らせた。









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