表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
lullaby  作者: 伯耆
10/52

涙の池





心地よい風が体を撫でる。


まるで空を飛んでいるように気持ちいい。

ゆっくり意識が覚醒していくのを感じて、そっと目を開けた。


空が揺れている。

木々の間から差す木漏れ日がとても幻想的で綺麗だ。



―――ん?



おかしい、確か家のリビング眠った筈だった。

何かしらの危機感を感じて起きあがると、大きく世界が揺らいだ。



「わぁぁああっ!」



どうやら眠っていた所はとても不安定な場所―――ハンモックであったらしい。


その事実を目の端に捕らえた時にはもう既に遅かった。

足が地面に着くよりも背中から落ちる方が早い。

来る痛みを覚悟して目を閉じたその時、ふわり、とまるで風に抱きあげられるように体が浮いた。



「随分、激しいお目覚めですねぇ」



抱きあげられたのは昨日の内に大分、目に焼き付いた顔であった。

その瞳は楽しそうに弧を描いている。



「アナタがここに連れて来たの?チェシャさん」


「ええ、お姫様が退屈していらっしゃったようなので」


そのまま所謂、お姫様抱っこで近くの椅子まで連れて行かれ、やっと降ろされた。


「ここは・・・?」



昨日とは違う景色であったが、目の前には昨日見た‘涙の池’が見える。


スッと無駄のない動きでチェシャ猫はアリスが見る方向、池の方を差した。

池と言っても湖ほどの広さがあり、それなりに深いであろうことが窺える。



「池の向こう側、見えますかねぇ?」


「あ!コテージ」



小さく茶色の家を捕らえた。


今、居る場所は昨日とは真逆の方のようだ。

アリスは今いる辺りを見渡すと、そこはどうやら丘陵のようであった。

そこから滑るようにして傾斜のある平地が池まで続いている。



「ねぇねぇ、池って入れるの?」


「そうですねぇ、入れないこともないと思いますよ~?

実際とても綺麗な湖なので・・・」


「じゃあ、行こ!チェシャさん」


「えっ?あ、アリス君!?」



途端、傾斜をゆっくり下りだしたアリスの行動に目を丸くしたが、その可愛らしい背に一度微笑んだチェシャ猫は彼女の後を追った。








「アリス!仕方ないから、街案内してあげても・・・、あれ?」



一旦、二階に上がった後、すぐに降りて来た三月ウサギはリビングを開けると、そう言い放ったが、そこには先ほどまでいた筈のアリスがいない。



「せっかく付き合ってやろうと思ったのに・・・どこ行ったんだ?」



眉を寄せて首を傾げた後、ゆっくりと扉を閉めた三月ウサギは二階へと上がり、眠りネズミの部屋をノックした。


しかし返答はない。



「アイツ、本当に寝てるのかよ」


承諾を待たずに三月ウサギは眠りネズミの部屋の扉を開けると、部屋の右側に設けられたデスクに突っ伏して眠っている眠りネズミが目に入ってきた。


しかしそこにもアリスはいない。



「部屋に戻ったのか?」



疑問を解決するために、アリスの部屋へと向かいノックをするが、こちらも返答がない。

少し迷って末にそっと扉を開けると、朝起きて整えられていないままのベッドがやけに目についたが、アリスらしき姿は見当たらない。



「アイツ、まさか一人で外に出てったんじゃないだろな!?」



一度、引率の元、街へ出て行っただけである彼女が町はずれにあるこの家から街へ向かうなど、迷子になりに行くような無謀な真似はしないだろうと思っていた三月ウサギは最悪の事態を想像して、眠りネズミの部屋に飛び込んだ。



「おい、眠りネズミ!」


「んん~?な・・・んだよ・・・?」



珍しく一度の呼びかけで目を覚ました彼は大きな欠伸と涙を浮かべながら伸びをする。


「大変なんだ!

あいつが一人で街に行ったかも知れない!」



寝ぼけている眠りネズミは半目のまま沈黙。


遅れて三月ウサギの言葉を理解し思わず立ち上がったが、椅子が上手く後ろに下がらず、足をデスクの足に打ってしまった。



「いっ・・・」





「なんだと!?」



それに加え、眠りネズミの言葉を遮るように乱暴に開けられた扉よりも大きな声が飛び込んできた。


どうやら今、帰って来た所の帽子屋だ。



「ほら、パパ。

お転婆なお譲ちゃん、迎えにいってやりな」


欠伸ではなく、痛みに涙目になりながら眠りネズミは虫を追い払うように帽子屋へと手を振る。



「お前、どこ行ったのか知ってるのか?」


「ん?ああ。さっきチェシャの姿見かけたから、また連れてってたんじゃねぇか?」



長年の付き合いからか、相手の考えがある程度読めた帽子屋が問うと、当たり前のように眠りネズミが答えた。



「あんの、バカ猫・・・。

で、どこだ?」


「ん~?昨日は涙の池に行ったって言ってたから・・」



そこまで聞くと帽子屋は「行くぞ」と2人に呼びかける。

三月ウサギは付いて行くようではあったが、「え?俺も?」と眠りネズミは面倒くさそうに尋ねた。



「いいから、来い!」



帽子屋は彼の首根っこを捕まえて、強制的に部屋を出る。



「釣りに行くぞ。

餌はバカ猫のミンチだけどな」


「あ~、それ絶対釣れねーわ」



帽子屋と眠りネズミのやり取りを見ながら、三月ウサギはアリスとの会話を思い出した。




―――だからお茶をしても楽しくないし、話す内容もない・・・・・・―――






「いや、まだ楽しいかもな」


「どうかしたか?」



失笑しながら呟いた三月ウサギに帽子屋が尋ねる。


「珍しいなぁ。お前さんがそんな笑い方するなんて・・・」



眠りネズミは三月ウサギの髪の毛を乱しながら、顔を覗きこむ。

近づいた眠りネズミの顔に三月ウサギはギョッとして、2人の先を歩いた。



「近いんだよ!バカネズミ!」


「あらあら・・・、家のウサギさんはお年頃なのかねぇ」



顔を真っ赤にして先を走って行ってしまった三月ウサギに、眠りネズミは呆気に取られて肩をすくめた。



「あいつもアリスに感化されてるのかもな」


「女として?」


「さぁ?」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ