追放された聖女と「不吉な黒」と捨てられた侯爵令息は、自由に生きたい
『聖女は護衛と駆け落ちし、私はギルドの片隅でタマゴサンドを作り続ける』の続編です。
先にそちらを読んでからの方が内容がわかると思います。
『国に帰ったらおまえを十一番目の側室にしてやろう。どうせ元いた国には帰れないのだ、後宮で自由に暮らせばよい。黒髪の側室は初めてだ、帰ったら存分に可愛がってやろう。ああそうだ、俺以外を愛することは許さんぞ』
私の聖魔法で、思ったよりあっさり魔王を倒してお城への帰路の途中。空いっぱいに瞬く星空の下で、ムードをぶち壊すセリフを吐かれた。
思わず横を向けば、オレンジ色の焚き火に照らされた顔だけは完璧なクソ王子の完璧な笑顔がすぐ近くにあった。
え? 何? 今のセリフで私がときめくと思ったわけ?
魔王を倒したら日本に帰れるんじゃなかったの? 嘘つきじゃん。うざ。つーか、帰れないのはいいけど、騙されたのはムカつく。
しかも、異世界に召喚されて魔王を倒すために必死に頑張ったご褒美がソレ? 妻じゃなく側室? しかも十一番目?
初歩の魔法すら使えないし、腰にぶら下げてるご立派な剣はこの旅で一度も抜かれることはなかった。魔物が現れたら真っ先に私の後ろに隠れて怯えるだけの邪魔なお荷物。
こんなクソ男、マジで無理すぎる。
異世界召喚され聖女になってイケメン選び放題だ! って浮かれていた頃が懐かしい。現実はこれだよ。
このまま王国に帰ったらクソ王子のハーレムのひとりで終わっちゃう。
――だから私はこの瞬間、逃げることにした。
『リンカ……俺は、生涯君だけを愛する』と、私の手の甲にキスしてくれた護衛のグレイと一緒に。
色素の薄いミルクティーベージュの髪に、うるうるな蜂蜜色の瞳。笑うと白い歯がキラリと輝く、まさに少女漫画のヒーロー。
クソ王子を振って護衛を選ぶなんて私、ヒロインじゃん!
この時の私は、間違いなく浮かれていたと思う。
∗
グレイの愛馬で森を抜けて山を越え、無事にシルナルド帝国へと亡命した私たちは、皇帝と謁見することになった。
ものすごい豪華な謁見の間。大きな玉座に座っている皇帝は、金色の腰までありそうな長い髪に目力強めな金色の瞳をしていた。
その横で、きれいな金髪をしっかり縦ロールに巻いた皇帝の妹――ロジーナ様がさっきからグレイの顔を見つめ頬を赤く染めている。
「まあ……! 貴方が魔王討伐を果たされた勇者様なのね!」
ロジーナ様はグレイが勇者だと勘違いしているみたいだ。
「あ、あの、魔王を倒したのは聖女である私で、グレイは護衛――」
私が声を上げると、ロジーナ様は不快そうに口元を歪め、汚いものを見るみたいに睨みつけてきた。
「お黙りなさい、無礼者。おまえの言葉など聞きたくないわ。……ねえ、お兄様、わたくしあの者が気に入りました」
「身に余る光栄です、ロジーナ様」
皇帝が口を開くより早く、跪いた姿勢のままグレイが顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
ちょっと待って、なんで否定しないの? 魔王を倒したのグレイじゃなくて凛花なんですけど。
聖女の私はグレイのおまけ扱い状態……というか、むしろ邪魔者扱い。
ちらりとグレイを見ると、満面の笑顔のまま小声で「俺に任せて」と囁かれた。
よくわからないけど、何か事情があるのかな。
玉座の皇帝は、何も言葉を発することなく黙ったまますべてを見透かすように静かに見下ろしている。
言葉にできないモヤモヤを抱えて、私たちの宮殿での滞在が始まった。
亡命初日に案内された部屋は広くて豪華な部屋だった。なのに翌朝、無表情なメイドに部屋の移動を伝えられ連れていかれたのは、六畳くらいの狭くて窓もない部屋だった。
しかも、グレイに会いたくても「グレイ様はロジーナ殿下と面会中」と告げられ、部屋にひとりきり。食事も部屋でひとり。
……もしかして、これって嫌がらせされてる?
部屋から出ようとすると、ドアの外の兵士に行き先や目的をしつこく聞かれるから部屋から出るのは諦めた。
せめてグレイの方から「心配しないで」って会いに来るものじゃないの? なんで私がひとり寂しく過ごさなきゃいけないの?
丸一日ベッドの上でイモムシみたいにゴロゴロするしかない。
あまりに退屈で手紙でも書こうと思って、だけどすぐに思いとどまった。
『凛花だけを好きなグレイと亡命するね。もう会えないかもだけど元気でね、陽子さん』
亡命前に一緒に異世界に来た陽子さんに伝書魔法で送った手紙の内容が頭の中で蘇る。
あー、恥ずかしい。
何が凛花だけを好きな、だ。私のこと放置して、他の女と一緒にいるくせに。
バカみたいに頭の中お花畑状態であんな手紙送っちゃってさ、もう完全に黒歴史だ。あの手紙も私の記憶も誰か今すぐ消去してほしい。
陽子さん、とうしてるかな。召喚されてすぐにあのクソ王子に城から追い出されちゃったんだよね。なんで引き留めなかったんだろう。私が巻き込んじゃったのに、『聖女様』って言われて舞い上がっちゃって。しかも、もう日本に帰れないんだ。
……私、最低じゃん。
∗
次にグレイに会えたのは、六畳間に押し込まれてから二週間後のこと。
メイドさんたちに「よくお似合いです」と鼻で笑われながら地味な焦げ茶色のドレスを着せられ、目的地も知らないまま案内される。
案内された先で、結婚式の新郎みたいな純白のグレイが待っていた。
「ロジーナ様が僕たちを歓迎する夜会を主催してくださったんだ。さあ、行こうか」
いつもは無造作なミルクティーベージュの髪をきれいに整えて爽やかな笑顔でグレイが言った。
いや、歓迎されてるのグレイだけでしょ。
私のドレス枯れ葉みたいな焦げ茶色だよ? 私とグレイどっちが主役に見えるか聞いたら十人中十人がグレイって答えるって。
モヤモヤが膨らんでいく私は、グレイにエスコートされて会場に足を踏み入れた。
――って、何この空気。めちゃくちゃ微妙なんだけど。
華やかな夜会のはずが、シーンと静まり返っている。歓迎の夜会というよりお通夜みたいだ。
その最悪な空気の中心では、今夜も見事な縦ロールと真っ赤なドレスのロジーナ様が、婚約者に婚約破棄を突きつけている真っ最中だった。
「わたくし、真実の愛を見つけましたの。貴方との婚約は破棄いたしますわ。侯爵家の嫡男とはいえ、その地味で不吉な黒髪と黒目……わたくしに相応しくないのよ」
ロジーナ様にビシッと指をさされた婚約者さんは、ボロカスに言われても堂々とその場に立っている。
周囲の貴族たちからも「不吉な黒では仕方あるまい」「忌まわしい男め」と囁く声が聞こえてきた。
黒い髪はツヤツヤで、日本なら羨ましがられるくらいの美しさ。まっすぐにロジーナ様を見つめる黒い瞳は夜空みたいに輝いて綺麗だ。横から見える顔立ちも、鼻がすっと高くて少し薄い唇は色気がある。身長だってグレイよりも十センチは高い。
どこが不吉なの? 日本なら普通にイケメンに分類されるでしょ。ダークパープルの衣装をさらりと着こなしてるし、足ながっ。
「わたくしは新たに、魔王討伐の勇者グレイと婚約を結びます」
ロジーナ様が高らかに宣言した瞬間、私をエスコートしていたグレイが前に歩み出る。黒い髪の婚約者さんの横をすり抜け、うっとりとした表情でロジーナ様の手を取った。
「ああ、麗しのロジーナ。私の愛は、あなただけのもの。実は、わがままな聖女に無理矢理つきまとわれて迷惑していたのです」
信じられないセリフとともに、ロジーナ様の手の甲にグレイがキスを落とした。
は? 私への愛はどこに行ったのよ?
目の前にはぴったりくっつくグレイとロジーナ様。隣には婚約破棄された黒い髪のイケメン。
私たちを取り囲む貴族たちがまた囁く「不吉な黒よりもお似合いだ」、と。
「わたくしのグレイにまとわりつくなど、許せないわ! 何が聖女よ、黒い魔女の間違いではなくて? おまえなど帝国から追放処分よ!」
私に向かってロジーナ様が叫ぶ。
「は? 冗談じゃないわよ! クズ男なんてこっちから捨ててやるわよ。つーかソイツただの護衛だから! だいたい黒髪に黒い瞳のどこが悪いの? 私の故郷じゃこれが普通ですけど? 私よりアンタのド派手な縦ロールの方がヤバいから!」
キーンと耳鳴りがするし頭もズキズキ痛む。何かがブチブチっと切れる音がした。それに胸の奥から魔力が溢れてくる。
言い返されたことに驚いたのか、ロジーナ様が口を半開きにして固まってしまった。隣のグレイはそんな彼女を庇うみたいに抱き寄せた。
魔王討伐の旅の中で、いつだって私の隣にいてくれたグレイ。
転ばないようにって手を差し出してくれたグレイ。
……よく考えてみたら旅の序盤は弱い魔物は倒してくれたけど、魔王城にたどり着いてからは私の後ろにいたな、コイツも。
一気に気持ちが冷めていく私の足元に、ぼんやりと白い光が広がる。
「……えっ? 何これ?」
光は次第に円形の魔法陣へと形を変え、視界がぐにゃりと歪む。
覚えのある感覚に、思わず隣にいた黒髪のイケメンの腕を掴む。
そして、ふわっと浮き上がる感覚に襲われ次の瞬間、何も見えなくなった。
∗
気がつくとさっきまでの華やかな夜会会場は消え失せ、鬱蒼とした森に挟まれた街道の真ん中にいた。
「ここ、どこ?」
「君……まさか、転移魔法を使ったのか?」
周囲をキョロキョロと見渡しながら黒髪イケメンに尋ねられた。
「転移魔法? そうかも? なんかムカついちゃって、魔力がばあーってなっちゃった」
「魔力がばあー……? で、何故、僕の腕を掴んだんだ?」
「え、なんとなく……ごめんなさい」
めっちゃ呆れ顔で見下ろされて謝るしかない。
ホント反省してます。でも、ムカついたら転移魔法が発動するなんて、私だって予想外だったんだもん。
「はあ……。ここにいても仕方がない、ひとまずあの街を目指すか」
彼が大きなため息をついて、遠くに見える街を指差した。
と、その時、前方の草むらがガサリと揺れ、巨大なオークが現れた。
突然のことに驚いて一瞬固まってしまった私の前に、彼が身を挺して庇うように立つ。左腕の袖をスッと引くと手首のバングルに右手をかざした。
基本クソ王子に私が盾にされることはあったけど、黒髪イケメンが私の盾になってくれるとかちょっとヤバい。胸がキュンてなりそう。
バングルに埋め込まれた黒い石がぼんやりと輝き、次の瞬間にはシンプルな黒い弓へと形を変えた。流れるような動作で右手を弦にかけると、青白い光の筋が伸び、一本の矢になる。
何、これ? 戦隊ヒーローみたいじゃない?
そんな私の動揺に気がつくこともなく、背筋をピンと伸ばした彼が狙いを定めパッと弦を弾いた。
放たれた光の矢が、オークの眉間を正確に撃ち抜く。
「フゴッ……!?」
と短い悲鳴とともに、オークの巨体がドサリと崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
何事もなかったみたいに振り返った黒髪イケメンの右手に握られた弓が、バングルへと姿を変えていく。
街道を街へと向かって歩きながら、黒髪イケメンはバングルのことを教えてくれた。
あのバングルから変化した弓は『魔弓』という魔道具らしい。黒い石――魔石が埋め込まれていて、使うときに触れるだけで武器に変わるそうだ。
帝国では一般的なもので、バングルの他にも指輪が剣になったり槍になったりするんだって。
ちなみにこの世界で当たり前のように使っていた電化製品はすべて、魔石が動力源だとこのとき初めて知った。
「そんなことも知らなかったのか?」と驚かれたけど、魔法の使い方しか教わってないと答えたら、可哀想な子供を見るみたいな目で同情された。
クソ王子ども私を魔王を倒す道具扱いして、魔法以外は何も私に教えなかったんだ。まあ、私も魔法が使えるようになるのが楽しくて夢中になってたんだけど、でもやっぱ許せない。
あー亡命前にひっぱたいとけばよかった!
何故か彼に慰められながらたどり着いたのはデクスター王国の片田舎。確か魔王討伐の旅の途中で一度訪れた街だ。
まさか、デクスター王国に戻ってきちゃうって……。あいつらが聖女を探してたらヤバいじゃん。
とりあえず所持金ゼロじゃ何もできないから枯れ葉色のドレスやディープパープルの衣装を売ってお金に変えた。ついでにその店で私は動きやすいクリーム色のワンピース、彼はシンプルな白シャツと紺色のパンツに着替える。
お店のおじさんにちらっと聞いた感じだとクソ王子は聖女を探してないみたいだった。でも、また新しい聖女を召喚しようとしているみたい。
私を探してないなら安心かな。にしても魔王がいないのにまた召喚て、最初から側室にするつもりだったなあのクソ王子。マジでクソでクズ。
苦しくて重いドレスから解放されて軽くスキップしながら歩く。
私の隣を歩くシンプルなコーデなのに、いやシンプルなコーデだからスタイルのよさが強調されて、すれ違う女の人の視線をひとり占めしている国宝級イケメンに尋ねた。
「これからどうしよう。アナタは、帝国に帰る?」
「そうだな、実家にも帝国にもいい思い出はなかった。ここ、デクスター王国は冒険者が活躍する国だ、冒険者になるのも悪くない。貴族の身分から解放され自由に生きてみたかったのだ」
たぶん『不吉な黒』って家族とかにも言われてきたんだろうな。そんなの、私だったら二度と会いたくない。
「冒険者! いいね、楽しそう。二人でパーティー組んじゃう?」
「いや、しかしだな……」
「私、聖女だから回復魔法も聖魔法も使えるよ。あと、風と雷は中級、火と水は上級。なかなか優秀だと思うんだけどなあ」
聖女が使える魔法は回復と聖魔法だけ。私はそれ以外にも四属性の魔法を習得している。クソ王子たちもびっくりしてたし、召喚者チートなのかも。
「……リーダーは僕で」
しばらく考え込んで彼の中で答えが出たらしい。
「うん、いいよ。あ、私は凛花……リンて呼んで。貴方は?」
「ハルベルト・フロレクスだ」
「じゃあ、ハルって呼ぶね。よろしくハル」
右手をハルに向かって差し出すと、戸惑いながらも優しく微笑んで私の手を握り返してくれた。
ちなみに、このあと前衛として長身で黒髪の女性剣士が加わって伝説の最強パーティーと呼ばれるようになるんだけど、それはまだ先の話。
∗
「――止めっ!」
鋭い制止の声が闘技場に響き渡る。
皇帝たちの前で行われた戦闘訓練の最中、グレイは帝国の騎士に手も足も出ず、無様に闘技場の床に這いつくばった。その姿は、グレイの実力が帝国騎士の足元にも及ばないことを証明していた。
観覧席から凍えそうな視線を送る皇帝が静かに告げる。
「これが魔王を討伐した勇者だと? 使えんな。そもそも、魔王を討てるのは選ばれた召喚されし者のみと聞く。家柄も実務能力も申し分ないフロレクス侯爵家の嫡男を追い出し、代わりにこんな無能を選ぶとは……我が妹ながら愚かだ、ロジーナ」
「そんな、グレイは勇者ではないというの? おまえ、このわたくしを騙したのね!」
皇帝の隣に座るロジーナが顔を真っ赤にして思わず立ち上がり、怒りと羞恥に震えながら大声で観覧席からグレイを責める。
「聖女であればまだ使い道もあった……いや、デクスターが召喚した聖女を囲うなど、かの国が帝国に攻めいる口実になりかねんか」
「そ、そんな……」
グレイは息も絶え絶えに辛うじて顔だけ上げた。
「確か魔石技術研究室が下働きを探していたな。これでよければ好きに使うがいい」
「ありがとうございます、皇帝陛下。まあ、腐っても騎士ならば力仕事くらいはできるでしょうかねえ。ヒヒヒ」
目の下に濃い隈がある痩せた中年の男が部下とともにグレイの両脇を抱える。
「ま、待ってくれ! 嫌だ! 助けてくれ、ロジーナ……!」
悲壮な叫びが遠ざかりやがて聞こえなくなった。
「さて、ロジーナ。おまえには嫁いでもらうことにした。遥か海の向こうにある王国の辺境伯の後添えだ、すでに嫡男はいるから子を産む必要はない。二度と会えぬだろうが達者で暮らせ」
「そんな……嘘でしょ、お兄様! わたくしが帝国を離れて後添えとして嫁ぐなど……」
縋るように皇帝を見る。しかし、その冷酷な表情が冗談ではないと悟り、ロジーナは力なくへなへなとその場に崩れ落ちた。
∗
「今日の依頼も余裕だったね!」
「ああ、そうだな。そういえば知っているか? 隣街のギルドでタマゴサンドとやらを売っているらしい」
「……タマゴサンド? 食べたい! 行こうよ、ハル」
お読みいただきありがとうございます。
凛花、召喚後なんだかんだで少しは成長した……はず。




