初日、紅茶はありますか?
初日。
ここに来てから、まだ夜にもなっていない。
けれど、まずは書斎に。
書類の束が机に置いてあった。
「こちらが、屋敷と領地運営に関わる記録です」
(思ったより、紙が多くない!?)
税や在庫の帳簿。人の出入り。港町とのやりとり。
ぱっと見ただけでも、情報はバラバラで整理されていない。
何年も同じ筆跡が続いていたり、白紙で放置されているのもある。
書類を見ていたら、文化祭の直前三日前を思い出しそうになった。
あの大変な状況を。
(これ……今まで、誰がどうやって回してたの?)
答えは簡単だった。
”なんとなく”
”慣例で”
”誰かがその場で何とかして”
つまりーー
(ちゃんと見てない土地、だったんだ)
書類をそっと机に戻す。
ここは王都じゃない。
誰も私を悪役とも、噂の中心とも呼ばない。
(ここならーーちゃんとやったら、ちゃんと意味があるかもしれない)
完璧じゃなくていい。
一度に全部は無理。
でも、”今日を少しマシにする”くらいなら、きっとできる。
私は小さく息を吸い、笑った。
「失礼します」
少しして、この書斎に一人の女性がやってきた。
メイド服姿の綺麗な女性。
銀色の髪が似合っている。
「あなたは?」
「わたし、メリッサ様のお手伝いをいたします、侍女のセシリア・メリリャと申します。本日よりよろしくお願いします」
このタイミングにおいてセシリアは、丁寧な感じで挨拶をしていた。
初体面だったのもあるからね。
「よろしくお願いするわ。メリッサ・ビュージンゲンよ」
この屋敷にいるのって、ミカエラだけじゃないんだ。
それだけでも、ちょっと良いかも。
多少なりとも話が通じやすそうだから。
安心出来るのかな。
「ねえ、セシリアはこのマドレーヌ辺境領をどう思っているのかしら?」
私は彼女に訊いてみることにした。
彼女ならずっとこの飛び地で生活していたでしょうから、分かるはず。
「変な事をしなければ最悪飢えはしませんが、領地を運営するのであれば地獄です」
「地獄って……どれだけ大変なの?」
明らかにブラック企業じゃん。
情報だけれども、セシリアの言葉だけでそこに入社した感じがする。
「税の流れは細く、港の利益は不安定。人手は常に不足。書類は追いつかず、天候に一度負ければ数ヶ月が崩れます」
そこまではっきり言われるなんて。
「安心なさってください。地獄ですが、慣れます」
セシリアはそう言うと、にっこりと笑っていた。
まるで慣れた諦観を含んだ笑顔だった。
前言撤回、安心できそうにない。
「頑張るわ」
そうじゃないと私が死ぬ。
色々な意味で。
「こちらこそ、期待はしておりませんが、どうなるのか見てみたいです」
期待していないんだ。
そっちの方がプレッシャーにならないかもしれないけれど。
「セシリア、紅茶はある?」
「ございます。ただし贅沢品です。精神安定用途でない限り、節約を推奨します」
「……精神安定用途って言っていい?」
「はい。認めます」
ということで、セシリアに紅茶を持ってきてもらう。
うん、気分をリフレッシュしないと。
「……よし。現実的に、できるところからやりましょうか」
屋敷の外では風が吹き、丘の草が揺れていた。
新しい生活は、静かに、現実的に始まっていた。
たぶん大変。でもーー悪くない。




