屋敷の状況確認
屋敷の玄関をくぐった瞬間、私は思わず立ち止まった。
(……お城、ほどではないけど、貴族の屋敷としてはちゃんとしてるじゃん)
一瞬だけ、安心しかける。でも私は知っている。
この世界、安心した瞬間から地獄が始まるゲームだったことを。
(問題は”表面の顔面ポイント”じゃなくて、”生活クオリティ”なんだよね……)
廊下を歩く。
靴音が、やけに響いた。
(静か……いや、静かすぎない? なんか……人の住んでた匂いが薄い……?)
掃除はされている。
けれど”手入れ”とは違う。
誰かが必要最低限で維持していた建物って、こういう感じなのだろう。
私はミカエラに案内されながら、まずはキッチンへ。
「こちらが調理場です。必要な器具は揃っております」
そう言われて見た、第一印象。
(文明レベル確認入りまーす)
火は薪。
運搬は手動。
水は井戸。
調味料は塩メイン。
香辛料はおまけレベル。
記憶の中にあるビュージンゲン邸での食事とは大きく違うことになりそう。
(IH? ガス? 電子レンジ? そんなハイテク文明はこの世界にございません)
勢いで脳内アナウンスが出る。
転生特典でハイテク文明が使えたら良いのに。
(ああ……カフェラテ飲みたい。コンビニスイーツ食べたい。いや、ここコンビニ以前にスーパーも無いからね?)
近くの街なら、市場はありそうだけど。
でも、良い点もある。
(……ちゃんと”家庭の匂い”はする。使われてるキッチンだ、これ)
完璧に同じじゃないけど、かつての私が実家で味わっていた匂いと系統が似ていた。
ほんの少しだけ、胸が軽くなった。
「ここがメリッサ様のお部屋です」
次に案内されたのは、私の部屋として使われる予定の部屋。
ベッド、机、小さな棚。
必要最低限。
でも、それだけはちゃんと揃っている。
(ホテルじゃない。でも、”住める家”ではある)
手で布団を押してみる。
(……硬い!)
思わず顔が引きつる。
(うん、知ってる。乙女ゲームのベッドって、見た目フワフワだけど、実際はたぶんこういうやつ)
でも、寝られない訳じゃない。
(贅沢は言えないか。屋根があって、ベッドがあって、雨風防げて。追放の令嬢としては、普通に勝ち組よりなんじゃない?)
自分で言い聞かせるように微笑む。
「こちらは食料庫です。現状、三ヶ月は問題なく過ごせますが……」
「けれど、無限ではない。ということですね」
「はい」
棚には保存食。
塩漬け肉。
硬そうなパン。
干した野菜。
(……うん、はい現実出ました! これ、普通に運営ミスると詰むやつじゃん。”のんびりスローライフ”とか言っている場合じゃないね?)
でも。
(逆に言えば、”ちゃんと管理すれば生きられる”ってことだよね)
胸の奥で何かが少しだけ燃える。
(悪役令嬢って、何してもダメな役だった。でもここならーー”ちゃんとやれたら、ちゃんと評価される場所”かもしれない)
ふっと、笑みが漏れた。
案内がひと段落したところで、私は屋敷の外に出た。
「気持ちいい」
風が丘を抜ける。
草が波打ち、遠くに海の線。見下ろすように港町が。
転生してから初めて見る、海。
人は少ない。賑わいもない。
でも、静かで、息がしやすい。
(……あー、なんか。王都より、こっちの方が好きかも)
胸が、不思議と軽い。
(追放ルート直行。破滅確定エリア。ゲームだと背景扱いだった辺境)
でも。
(現実だとーー”生きる場所”なんだね、ここ)
私は両手に腰を当て、小さく息を吐いた。
「よし。悪役令嬢、領主としてーーとりあえう、今日を生きるところから始めましょうか」
コメディ寄りの覚悟で、私は新しい生活の初日を始めることにした。




