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転生特典なし悪役令嬢、辺境でなんとか暮らしてます 神様、便利スキルはいつ届きますか?  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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新しい屋敷

 国境を越えてから、さらにしばらく馬車は進んだ。

 道は相変わらず荒れていて、草は背が高く、風に揺れる音だけが耳に残る。

 集落らしいものは見えず、人影もない。

 まるで、誰かが意図的に『何も置かなかった』場所を進んでいるようだった。

 やがて、視界がわずかに開ける。

 丘の頂上に、建物が見えた。


 ーーここが、マドレーヌ辺境領。


 背景だけ変わって、イベントが起きないタイプのフィールドだと思ってたんだけどな。

 最初に目に入ったのは、城と呼ぶにはあまりに控えめな屋敷だった。

 高い塔も、白い城壁もない。

 石造りではあるが装飾は少なく、実用性だけを残したような造り。

 周囲には畑がある。

 耕かされてはいるが広くはなく、ところどころに休んでいる土地も混じっていた。

 牧草地のような場所には柵があり、数頭の家畜がのんびりと草を食んでいる。

 人の気配は、確かにある。

 けれど、王都で感じたような密度はない。

 遠くに人影が見えても、すぐに視界から消えてしまう。

 馬車が進むにつれて、屋敷は少しずつ大きくなっていく。

 私は窓の外を見つめたまま、言葉を探していた。


(もしかしてここが私の住む場所?)


 荒れているわけでも、完全に捨てられているわけでもない。

 けれど、豊かともいえない。


 ここは辺境。

 王国の地図で言ったら、たぶん端っこの余白にギリ描いてもらえるくらいの場所。


 馬車が屋敷の前で速度を落とす。

 門は開いていた。

 歓迎の飾りも、整列した人々もいない。

 ただ、来る者を拒まないというだけの開き方。

 ここは、人を拒まないが迎えもしない。

 私は、その光景を静かに受け止めた。

 派手さも、温かさもない。

 けれど、逃げ場もない。

 ここが、マドレーヌ辺境領。

 これから先、私が生きていく場所の最初の光景だった。


「着いたから、降りろ」


 馬車が完全に停まると、しばらく誰も動かなかった。

 護衛が先におり、短く周囲を確認する。

 それから、屋敷の方へ視線を向けた。

 ほどなくして一人の男が屋敷の中から歩いてきた。

 年の頃は四十代半ばくらいかな。

 背は高くないけれど、姿勢は崩れていない。

 派手さの無い服装で、装飾品も身に付けていない。

 顔には深い皺が刻まれていて、表情は硬い。


 ーーこの人が、管理人ね。


 男は馬車の前で立ち止まり、護衛と軽く言葉を交わす。

 形式的な確認だけで、長い話はない。

 それから、私の方を見た。

 視線は値踏みするようでもなく、怯えるようでもない。

 ただ、必要なものを見る目だった。


「メリッサ・ビュージンゲン様で間違いありませんか」


「え、ええ」


 一瞬、どもっちゃった。

 でも男は一度だけ頷いた。


「私は、この地の管理を任されております。名はミカエラ・ケーニヒスと申します」


(うわ、塩っぽい)


 丁寧だけど、温度のない口調。

 歓迎でも拒絶でもない。


「本日より、ここはあなたの領地となります」


 そう告げられても、特別な感慨は湧かなかった。

 紙の上で決まっていたことが、現実になっただけ。


(でもさ、ゲームのプレイヤーになったぽいかな)


 こういったシチュエーションであるような。

 でもミカエラは私の反応を確かめるように、一瞬だけ見つめてすぐに視線を戻す。


「先に申し上げておきますが、ここは完全に豊かな土地ではありません」


 前置きも言い訳もない。

 じゃなかったら追放しないよね。ここに。


「屋敷は最低限、使用できる状態です。食料の備蓄もありますが、多くはありません。人手も限られています」


 淡々と、事実だけが並べられる。

 私は静かに頷いた。


「承知しています」


 それを訊いて、ミカエラの眉が僅かに動いた。

 驚きというほどではない。

 想定と少し違った、という程度の反応。


「何か、ご質問は?」


 私は一瞬だけ考えた。

 この地でどう生きるか。これから何をするか。

 でも、最初に訊くべきは決まっていた。


「ここでは、私に何が求められるの?」


 ミカエラは、ほんの少しだけ黙った。

 それから、はっきりと答える。


「ーー何もしないことも、選べます」


 意外な言葉。

 それに選べるって。


「ただし、何もしなければ、この地は今以上にはなりません。維持されるだけです」


 それは忠告であり、宣告でもあった。

 私はその言葉を受け止め、屋敷へと視線を向ける。

 派手さのない建物。

 人も少なく、余裕もない土地。

 けれどーー


「それで十分ですわ」


 私がそう答えると、ミカエラはもう一度だけ頷いた。


「では、屋敷へご案内します」


 こうして私は、マドレーヌ辺境領の管理人と初めて言葉を交わした。

 それは、歓迎の挨拶ではなかった。

 ただ、新しい生活が始まる合図だった。

 スローライフは出来るのかな。

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