港町のパン屋
「では、港町視察の準備を」
セシリアは、そう私に急かそうとしていた。
「だから、パンを食べに行くんだってば」
私がいつもしていることと、似たような感じよ。
港町へお出かけするのと同じじゃない。
どうしてそんなにひねくれたことを言うのかしら。
「視察目的は、食料流通確認」
真顔でそう言葉にしていく。
「言い方!」
まったく。
何を考えているのかしら。
馬車に乗り込んで、坂を下っていく。
私一人で行くときには、徒歩で行っていたから。
階段や坂で最短ルートを。
この道は、遠回りだけど緩やかな坂が続いて道幅が広いので、馬車や荷車でも通ることができる。
物流としては、この道を使っている場合が多いらしい。
「領主って、こんなにパンへ関わるの?」
馬車に乗っている最中、セシリアに訊いてみた。
今日だけこんなに真剣だから。空回りしすぎって思っちゃうくらいに。
「パンは民の精神安定に重要ですので」
「確かに主食だからね」
食べられないと精神的にも参っちゃうだろうし。
空腹だと動けないから。
低血糖で動けるわけないし。
「それにパンを焼くのは、パン屋しか出来ませんから」
餅は餅屋って言っているようなものだけど、マドレーヌ辺境領で専用のかまどを持っているのは、パン屋だけだから。
屋敷にはあるけれど、町民や村人は無茶苦茶高いから簡単に手に入らない。
そのかまどでしか焼けないから、パンって。
だからこそ、パン生地を持っていくか、パンを買うかしかないもの。
「貴重な税収ですし。港町や農村のパン屋っていうのは特に」
「重要度が上がったわね」
気づいて、セシリアが視察って言っているのを理解したかも。
「良い香り!」
「そうですね」
馬車が港へ近づくにつれて、潮の香りが鼻に入ってくる。
そしてあるタイミングでパンが焼ける匂いが鼻に入ってくる。
美味しそう。
こっちのルートだと、こういうのを感じるのね。
「さて、ここですね」
馬車は一件のパン屋の前で停まった。
パン屋の前では、長蛇の列が。
「新発売のパン、丁度切れたって」
「今焼いている最中だってよ」
並んでいる人から、そんな声が。
「そんなに!?」
びっくりして、変な声が出てきてしまった。
「あっ、メリッサさん」
ちょうどパン屋から、籠にパンを入れたリュシアが出てきた。
「あなたは買えたのね」
羨ましいわね。
「はい! でも、すぐ焼いているそうですよ」
パン屋の方向を向いて、そう呟いたリュシア。
「そうみたいね」
焼きたてなのか、彼はさくっと食べていた。
美味しそう。
「ほんのりとした塩味で美味しいです」
「ああ、食べたい……」
気がついたら、そう呟いていた。
「違うの、リュシアのは、取るつもりじゃないから。並ぶからね!」
「あはは……」
彼はにっこりとしていた。
苦笑いじゃなさそうで安堵した。
「では」
そしてパン屋を後にしていた。
「ええ、頑張ってね」
私はそのまま見送ったのだった。
「メリッサ様、並びませんと、また売り切れになりますので」
セシリアが私を呼びかけた。
「分かっているわ」
そのまま列に並んでいって、私の番がやってくるのを待つ。
時間が経った後、順調に列は前へと進んでいって、中へ入ることが出来た。
「海藻と小魚の潮風パンです!」
パン屋の店員はそう言い放った。
焼きたてだから、まだ温かさが残っている。
「名前が強い」
そのままパンを買っていって、馬車の中で食べることにした。
丁度良い場所が見つからなかったし。
車で食べるみたいね。
「……美味しい」
「塩分が絶妙ですね」
私達はほぼ同時に食べていった。
マドレーヌが言っていたとおり、海藻と小魚の風味はあるがパンを邪魔していない。
それに、塩味がアクセントになっている。
「良かったわね」
食べ終わったら、帰ろうかなって思った。
「ニャー」
すると、馬車の外から猫の鳴き声が。
どうしたんだろう。
「猫がいるのね」
確か第三桟橋付近で猫が大量発生しているって、書類であったような。
「ニャー」
すると、何匹も猫がやってきていた。
「どうしてここに?」
港からは少し離れている。
それなのに何匹もいるって。
「これ、魚の匂いでつられたかもしれません……」
パン屋の店員が、そう言ってきた。
だろうね。
人気のパンって、小魚を使っているから。
「領主様、視察でしょうか?」
するとタレスブールの庁舎の人間がやってきた。
ちょっと困ったような表情をしている。
「パンをね。それよりも、猫……管理出来ていないの?」
書類を送ったはずだけど。
ネズミ算的に増えたら困るわよ。
「申し訳ございません」
頭をさげる彼。
「猫の餌代請求、増えるかもしれません」
「やめて!」
流石になんとかしなさいって。
でも、猫って可愛いから……
「それにしても、新作のパン。最近、状況が変わったから出来たよな」
「ああ。余りが無くなって、工夫し始めたからな」
するとパンを買っていた町民が、そんな会話をしていた。
均しをやめたから、もしかしてここにも影響が出ているのかしら。
「…………」
私は何も言えなかった。
答えが見つからない。パンは美味しかったし。
「あれ?」
ふと、遠くの方でマドレーヌが立っているのを見た。
パンを食べていて、嬉しそうな表情をしている。
向こうも私が立っているのを見つけたのか、目が合ったような。
そして頷いた。
「……いた?」
「誰がですか?」
セシリアにそう言われた。
彼女は気づいていないみたい。
そしてもう一度見ると、消えていた。
人混みに紛れたのかな。
「なんでもない」
私達は馬車に乗り込んだ。
屋敷へ戻るために。
「ただパンを食べただけなのに疲れた」
「成果ですが、猫問題再燃」
淡々と、さっきの状況を報告するように述べていった。
「成果扱いしないで」




