マドレーヌがチラ見する書類
「とっておきなのね」
微笑みを私に見せるマドレーヌ。
さっき話していた雰囲気は弛んでいて、私も微笑んでいた。
セシリアも同様に、口角を上げていた。
「ふふ、そうでしょうね。ここ、重いもの多いもの」
「いつになったら片付くのか、分からないけれど」
マドレーヌは紅茶を飲みながら、書類の山を見て軽く笑っていた。
冗談を言っているつもりなのかしら。
「メリッサ様、とりあえずわたしは出ていきましょうか?」
雰囲気はいいものの、多少察したのかもしれない。
「問題ないわよ。いて大丈夫だから」
ただマドレーヌはそう返事をして、セシリアを留まらせる。
「そうですか」
セシリアはそれを聞いて、書斎に残ったのだった。
「色々あるのね」
書類をぱらっとめくって、内容を軽くチラ見していた。
「崩さないでよ」
バラバラになったら、元に戻すのが大変になるから。
少なくとも何十枚はあるのだから。
とはいえ順番が崩れたって、問題ないかも。
この状態でも、私自身どれからすればいいのか分かっていないし。
「そちらを崩された場合には、マドレーヌ様ご自身で原状復帰をお願いします」
セシリアは、書類の山を弄っている状況に、そう補足していた。
私はそれを呆れながら見ている。
「戻せるかしらね」
ちょっと冗談っぽく、答えるマドレーヌ。
紛失したら困るんだけど。
「まあ、無くしたらメリッサ様の仕事が減りますが」
ただセシリアは、そんな一言を追加していた。
私の仕事が減るって。
「大丈夫なの、それ?」
苦笑いして答える私。
していないってバレないかしら。
「何とかなるでしょう」
のらりくらいと答えていたセシリア。
本当なのかしら。
「あら、こんなのもあるのね」
マドレーヌの目に入った書類が、この逆方向からの視点からだと分からない。何を見て言っているのかな。
でもまあ、いいか。
ろくでもない書類なのだろうし。
見えても、何の書類かまだ知らなかったから。
「面白い書類でもあったの?」
気になったから、マドレーヌに訊いてみた。
実際にあるなら見てみたいから。
微笑んだまま答える彼女。
「それは無いかも」
ただ興味を持っただけだったんだ。
「でも、あれはまだ届いていないのね」
マドレーヌはそう呟いていた。
まるで必要なものが欠けていると。
セシリアの手が、一瞬だけ止まった気がした。
けれど、すぐに何事もなかったかのように空になった紅茶のカップをトレーに。
「何が?」
そんなの知らないから、聞き返した。
「いえ、まだならいいわ」
詳細を述べずに、それ以上話さなかった。
セシリアは何か考えている様子だったけれども、彼女もまた何も言葉にしなかった。
「港町なんだけどね、最近パン屋で新しいパンが発売されたのよ」
すると、書類はざっと見終わり、話題を切り替えて何気ないことに。
へえ、新しいパンね。
「どんなパンなの?」
「海藻や小魚を使ったものらしいの。塩味がアクセントになっているのよ」
パンに海藻や小魚ね。
前世でも海苔や明太子を使ったパンがあったから、案外美味しいかもね。
「食べてみたいわ」
私はそんな感想を口にしていた。
「余り物で作ったらしいの」
無駄がないのね。
「だから、行ってみると、いいかもしれないわ」
マドレーヌは私の発言に対して、背中を押しているようだった。
「そうね、近いうちに」
行けたらね。
「あの広場で座って食べていると、潮風がより美味しく感じるの」
よく一緒に会話していた庁舎前の広場ね。
確かに潮風がするから、良いかもしれない。
「さて、そろそろ帰るから。紅茶、美味しかったわ。ありがとう」
少し話した後、マドレーヌは出ていこうとする。
「玄関までご案内いたします」
それをセシリアが一緒に行こうとする。
「ありがとう。じゃあメリッサさん、また」
「ええ。いつでもどうぞ」
女神だから拒めないし、拒むわけにいかない。
変なタイミングで来られない限りは、大丈夫なはず。
「誰も間違っていないからね。だから難しいの」
そして書斎を出ていくとき、そんな事をマドレーヌは最後に言っていた。
私は返事をしようとして、やめた。
その言葉が、否定できないと分かったから。
間違っていないか。だから難しいって。
マドレーヌは自分で書斎の扉を閉めたのだった。
そうだよね。
否定は難しいから。
扉が閉まったあと、書斎が少しだけ静かになった気がした。




