書類仕事3
「誰も開きたがらなかった、ね」
書斎の机に置かれている書類。
古い紙で新しさは一切無い。
ただ、触れられていなかった感じ。
「そんなに怖いもの?」
爆弾レベルかしら。
開いたら、私達が社会的に吹き飛ぶような。
「怖い、というより……」
セシリアは少し間を置いて溜めた。
「意味が分かると、面倒になります」
何その、漫画雑誌であるような言葉。
分からなければ、どうなのかしら。
「それ、もう怖いじゃない」
苦笑しながら開いていく。
「う~ん……」
中身を見てみた。
港間の契約に、穀物輸送規定、責任分担。
「どう見ても普通じゃない」
それこそただの契約書類。
普通オブ普通。
書いている文面も、おかしなところはない。
「普通の契約書ね」
「はい」
セシリアは平然と頷いた。
なら何が面倒なのかしら。
さらに書類を読んでいく。
日付。
さらに読んでいく。
古い署名。
「……更新されていない?」
「されていません」
という事は失効しているのかしら。
日付が古いまま、署名も前の領主じゃないし。
ということは、失効していれば紙切れにしかならない。
「……待って」
私は眉をひそめた。
ということは、何か変。
「でも輸送は……」
言いかけて止まった。
(あれ?)
「これ、もしかしてまだ、契約が生きているの?」
失効していると思ったけれども、ずっと前に署名されてからずっと有効なまま?
一切死んでいないの?
確かに、条約が六百年以上有効っていうの、前世でもあったけれど。
この類なのかしら、この契約って。
「……形式上は」
セシリアは言い淀みながら、失効していない事を伝えた。
やっぱり。
「形式上?」
「均しの余剰があったため、実質的に続いていました」
農村でやっていたことね。
私がやめたけれど。
それを送るために、契約を使っていたのね。
「じゃあ……今年は?」
均しをやめたから、送るものはない。
するとセシリアは沈黙してしまった。
紙の音だけが耳に入ってくる。
「止まります」
やがて彼女はとても静かに、返事をした。
「連絡は?」
生きているんだったら、伝えなければ。
有効だったらなおさら。
「必要ありません」
でもきっぱりと言い放つセシリア。
「え?」
きょとんとしてしまう。
「契約は”余剰がある場合のみ”です」
私はもう一度書類を見直した。
そこには、小さく文字が書かれていた。
【余剰穀物が発生した場合に限り輸送を行う】
(つまり……)
私は何も言わなかった。
セシリアも同様だった。
「……誰も止めてないのに」
「はい」
「自然に、切れたのね」
「はい。契約違反ではありません」
淡々とした答えだった。
誰も裏切っていない。
誰も約束を破っていない。
ただ条件が、満たされなくなっただけ。
「……つまり、また余剰が出たら?」
「再開します」
セシリアは即答した。
契約は消えていない。
ただ今は、呼ばれていないだけだった。
私は書類を閉じた。
音が小さく書斎に響いた。
(私は何もしていない。ただ、均しをやめただけ)
なのに。
地図のどこかで、遠くの航路を示す線が一本、静かに消えていた。
でも、もしかしたら、またずっと先に再開するかもしれない。
これは有効《生きている》のだから。




