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転生特典なし悪役令嬢、辺境でなんとか暮らしてます 神様、便利スキルはいつ届きますか?  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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最初の国境

 ごとり、と馬車が少し強く揺れた。

 それがきっかけだったのか、私はゆっくりと目を開けた。

 まぶたが重く、頭の奥がまだ静かなまま。眠っていた、という自覚が一拍遅れてついてくる。

 馬車はいつの間にか停車していた。

 ……あれ。

 窓から差し込む光の色が、さっきまでと違っていた。

 王都近郊の柔らかい明るさではなく、少し乾いた白っぽい色。

 外から、低い声が聞こえた。


「ここから先は、国境になる」


 国境。

 その言葉を聞いた瞬間、頭がはっきりする。

 転生前は飛行機にも乗っていなかったから、国境を越えるなんて体験したことがない。

 でも今の私は越えようとしている。

 私は身体を起こして、窓の方へ視線を向けた。

 そこにあったのは、王都の門とは比べ物にならないほど質素な関所だった。

 高い城壁も、誇示するような紋章もない。

 簡素な柵と詰所、立っている兵士の数も少ない。

 境界線は、驚くほどあっさりしていた。

 マリーデグリー王国とレグニン王国の国旗が柵の両側に立っていた。

 その名前を思い出して、国境なのを感じさせた。

 兵士が馬車の前に立ち、馬車に乗っている監視の兵士と短い会話を交わしていた。

 書類が一枚、手渡される。

 ざっと目を通して、頷くだけ。


「……マドレーヌ辺境領へ向かう馬車だな?」


「そうだ」


「中を確認しても良いか?」


「ああ」


 窓の外から兵士が私や荷物を見る。

 視線が淡々としていて、荷物を数えているように感じた。

 私の顔はちらっと見たくらい。


「問題ない。通れ」


 それだけだった。

 馬車は再び動き出し、関所を越えていく。

 私は、何かを感じる間もなく、その瞬間を通過してしまった。


(あ、越えちゃった。ほんとに”こっち側の世界”確定じゃん)


 ゲームの世界じゃなくて現実世界なんだ。

 でもーー

 関所を越えた直後、道の空気が変わった。

 舗装はさらに荒くなり、景色は開けているのに、人の気配が薄い。

 背後に振り返っても、もう王都はもちろん、国境の施設すらすぐに小さくなっていく。

 ここが、最初の国境。

 私は、そこでようやく理解した。

 眠っている間に、私は確かに遠くへ来てしまったのだと。

 王都を出た、という実感よりも先に、もう戻る理由も、戻る場所も、手の届く距離にはないという感覚だけが、静かに胸に落ちてきた。

 馬車は何事も無かったように進み続ける。

 国境は、引き留めも、見送りもせず、ただ通過点としてそこにあった。

 私は窓から目を離し、深く息をついた。


「……本当に、ここからなのね」


 そう呟いてから、もう一度、揺れに身を預けた。

 国境を越えてから、馬車の中は静かだった。

 誰も何も言わない。

 御者が声をかけてくることもなく、外から聞こえるのは、車輪が荒れた道を進む音と、時折馬が鼻を鳴らす気配だけ。


 がたん、がたん。


 一定ではない揺れが、間延びした沈黙を引き伸ばしていく。

 私は窓の外を見ていた。

 広がっているのは、王都近郊とは違う風景だった。

 畑は少なく、草は背が高く、ところどころに岩が露出している。

 人の手が入っていない、というよりーー手が回っていない土地。

 さっき越えた国境が、もう視界のどこにもない。


(……本当に、越えてしまったのね)


 そう思っても、胸がざわつくことはなかった。

 悲しみも、怒りも、後悔も、今はどれも遠い。

 あるのは、ただ淡々と続いていく現実だけ。

 風の音すら途切れがちで、世界が少し遠くにあるようだった。

 馬車は進む。

 停まらないし、振り返らない。

 私がいなくなった王都では、きっともう別の話題が流れている。

 婚約の祝福。

 新しい未来。

 私の名前は、もう出てこないかもしれない。

 そう考えても、不思議と悔しくはなかった。

 沈黙は重いのに、息苦しくない。

 むしろ、何も期待されていないからこそ、楽ですらあった。

 ゼミのグループワークよりはマシかな、とか一瞬思った自分がちょっとイヤだ。


 がたん。


 揺れに合わせて、身体が少しずれる。頭も小さく揺れる。

 私は背もたれに体重を預け、視線を下ろした。

 ここから先、誰も私に役割を押しつけない。

 誰かの婚約者でも、悪役令嬢でもなくなる。

 ただ辺境へ向かう一人の人間として。

 どうせ何しても悪役、って決まってる場所より、何も求められない場所の方がマシかも。


(ヒロインは今ごろハッピー展開なんだろうな。主人公補正って、いいなぁ)


 転生するんだったら、ヒロインの方が良いって。

 ヒドインにならないはずだから、私って。 

 そんな妄想に対しても、馬車は黙ったまま、同じ速度で進み続ける。

 国境の向こう側は、私に何も語りかけてこなかった。


(戻れる選択肢が画面のどこにも無いの、こんなに静かで重いんだ)


 ゲームじゃないからセーブなんてない。

 でもゲームの外の景色が見えている。

 ……それが、逆に救いだった。

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