港町の反応
夕方。
私は夕焼けに染まった空を見ながら、港町の街を歩いていた。
そろそろ一日が終わりそうになっていて、人々は仕事も一区切りつけようとしている。
今日の私は、溜まっていた書類を片付けていた。
一週間近く、農村へ頭も身体も動かしていたから。
片付けないとヤバいって思った訳。
「港まで来ちゃったわね」
ぼんやりと坂を下りていったら、港にある市場まで辿り着いていた。
市場の露店では、店仕舞いが近いけれども、まだ魚が残っている。
港に着いた漁船からは魚が揚げられていた。
いつもの光景ね。
「これを見るのも、良いかもね」
ふとぼんやりとしていたら、リュシアが木箱を持って動いていた。
頑張るのね。もう夕方なのに。
「あっ、メリッサさん。今日はこっちに来たんですね」
「そうね。リュシアも頑張っているのね」
「はい!」
ふと漁師が置かれている木箱を見て、気がついたかのように呟いていた。
「ん、あれ? 今年、穀物の箱、来てないな」
「ああ。農村の倉、今年は開けないらしい」
数日前の私の宣言。
これがここにも波及しているのね。
「は? あの倉、毎年ちょっとは回ってただろ」
「”最後の砦に戻す”って話だ。領主様の判断らしい」
やっぱりか。
こっちにも情報が行っているんだ。
とはいえ、怒っているわけではなく、ただ「そうなんだ」という感じで、話が流れていた。
「穀物の箱はないんだ」
リュシアも呟いていた。
「じゃあ、今年は港から他の場所へ流す分を減るな」
商人の一人が計算したかのように、他の商人と会話していた。
「減るというか……”今年は無い”みたいだな」
そう言葉を交わしていたが、驚きの表情はなかった。
「……ああ。これ、“流れ”を止めたんだな」
「困るか?」
「今は困らないな。ただ、来年の仕入れ表、書き直しだ」
ただ、そこだけ面倒くさそうな表情をしていた。
何かが変わるだけなのね。
「メリッサさん、じゃあお疲れ様」
「ええ。そっちこそね」
私はリュシアと別れ、階段を上がって庁舎前の広場に。
夕方であるが、子供が楽しそうに広場を走り回っている。
広場にある露店も店仕舞いをしようとしているが、ちゃんと営業していた。
そんな時、子供を見ていた主婦が話し合っていた。
「農村だけどね。今年は余った分、外に出さないって聞いたわ」
こういうところにも、届いているのね。
「へぇ。じゃあ、ここで使う分は守られるのね」
「そういうことみたい」
「まあ、何とかなるのね」
喜んではいなくて、確認するような会話をしていた。
私はそれを広場の端で見ているだけ。
(怒られない。褒められもしない。でも、確実に流れが変わっている)
ふとベンチの方を見てみると、マドレーヌが座っていた。
籠を持っていて、ガサゴソと中身を整理しているようだった。
「マドレーヌさん、こんばんは」
「あら。今日は静かね」
微笑みながら彼女は私を見つめていた。
「いつも通りに見えるの?」
会っている回数は多くないけれども、はっきりとマドレーヌは違いが分かるのかしら。
「ええ。だから、余計に分かりにくいのよ」
私は少し考える。
この人に打ち明けても良いのかなって。
でも、この人には包み隠さず話したって、受け入れてくれそうな感じがする。
だから私は重い口を開いた。
「私……今、怒られていないのが、怖いの」
マドレーヌは微笑みを戻して、ただ一言。
「怒られない決断って、だいたい”後から効く”のよね」
それだけだった。
彼女はそれ以上言わなかった。
「もう、夜ね」
そう言われて港の方を見てみた。
港に灯りがともっていく。
そして空は、濃い藍色が包もうとしていた。
「あっ、そろそろ戻らないと」
遅くなったら夕食を食べ損ねる。
「また会えるからね」
私は広場を後にした。
(数字は、まだ変わっていない。でも、人の動きは変わった)
何も壊れていない。それでも、歯車はもう戻らなかった。
(誰も怒っていない。それが一番、責任を逃げられない)




