前提を変える
夜、屋敷に戻った私は、港町の灯りや音を聴いていた。
落ち着いた感じの音が耳へと入ってくる。
「はぁ……」
昨日に比べて、疲れが出てきていた。
身体の疲れではない。
確かに歩いているから、身体の疲れもなくはない。
「今日は歩いたのに、頭の方が重い」
それ以上に、農村の認識がさらに変わったから。
私はそれを理解させ、考えていたために、頭が疲れていた。
頭痛薬があったら、飲みたい気分。
それでも落ち着かせながら、頭を使う。
「私が思っている以上に、村は考えていた」
そう思えたのは、あの村人達の会話。
『三袋でいいですよね』
『減らしていく感じですかね』
『均すのは、最後ですから』
今日、村人が話していた言葉を思い出していく。
誰も深刻ぶっていなかった。
ただ話しているだけ。
相談でも、告発でもなかった。
”生活の判断”だった。
「均すことが前提だと思っていた」
でも実際は、均さないで済ませる努力が、先にあった。
アイゼンポールが崩壊しないように、村人が頑張っていた。
帳簿に載っているのは、最後の結果しか写していなかった。
「頂上からの景色は見たけれど、麓からの景色は見えなかったのね」
私は”均している村”を見ていた。
実際は、”均さず耐えている村”だった。
問題だと思っていたのは、努力そのものだった。
「正しすぎるわね」
誰も怠けていないし、誰も誤魔化していない。
それは今も間違っていない。
ただ、限界まで正しいことを続けている。
正しさが積み重なって、逃げ場が消えている。
「これは、もう分かった」
私は帳簿に手を伸ばさなかった。
もう”足りない理由”は分かっている。
ただ、数字を見ても、判断は進まない。結果を示しているのだから。
帳簿は敵ではないけれども、味方でもない。ある意味、中立だ。
「均す前提を変えないと」
私は”どう均すか”、”どこを削るか”を考えていた。
でも今は、なぜ均さない努力を続けるしかなったのか。そしてこの村は、いつからこうなったのか。
この問いが頭に浮かんでいる。
まるで前世において、市町村が合併したみたいに、アイゼンポールの現状がある。
だからこそ、問いかけたかった。
かつては何だったんだろうね。
「そういえばあの人は、どこまで知っているんだろう」
セシリアは今日、一緒についていったのに否定しなかった。
でも、止めもしなかった。
「それとも、知っていて黙っているだけ?」
ずっとそんな感じの言葉を言っているけれど。
分からないわ、セシリアのことは。
「でも、解決方法が見つかった気がする。種籾をどう分けるか、じゃない。それを考え続けてる時点で、もう詰んでる」
私にはこれが出来るかもしれない。
でも急がない。急げば壊れる。
マドレーヌが言ったことを頭に入れながら。
「……これ、間違えたら、全部壊すわよね」
だからこそ、慎重に。
それでも止まってはいられない。
「ここまで見た以上、戻れないわね」




