帳簿の数字
次の日、私は書斎で書類を片付けていた。
どれだけあるのかしらね。これって。
昨日は木箱を洗って、村長と挨拶をしたから、そこまで出来なかったし。
今日は進めないと。
港関連の書類は一段落させて、農村関連の書類に手を伸ばした。
「さて、港の次は、農村。収穫、備蓄、種籾……」
『穀物収支』、『来期準備』、『種籾管理』と書かれた帳簿が出てくる。
これが農村の動きみたいなものかしら。
ページをめくって、数字を追った。
「ん?」
気になるところがあった。
帳簿上は『不足』って書かれていない。
ただ種籾の量が、”去年より明確に減っている”。
その理由が”天候不順”や”調整”と曖昧。
どういうことなのかしら。
「減ってる。でも、”問題なし”扱い?」
量が減っていたら、去年と同じ量の栽培や収穫は難しくなる。
帳簿から減少率を計算をしてみると、来年の作付けがギリギリ、もしくは足りない。
これで問題ないっていうのはおかしい。
「村長も種籾が少ないって言っていたっけ」
これは問題ね。
種籾が少ないことによって、収穫量が減る可能性がある。
「セシリア、この帳簿を見て」
とりあえず確認しないと。
彼女に帳簿を見せる。
覗き込んだセシリアは、すぐに察した顔になった。
「……種籾ですね」
「帳簿上は破綻していない。でも、来年分は足りるの?」
彼女なら多少は分かると思って、意見を聞く。
「”普通の年”なら、ギリギリです」
やっぱりね。
というか”普通の年”って何?
「冷夏、長雨、害虫。どれか一つでも来れば、収穫量は落ちます」
簡単に起こりうるものじゃない。
対策しようがない。
「来年の話なのに、もう詰みかけてる?」
「はい。”今は生きている”けれど、”来年が細い”状態です」
やめてよ。
マドレーヌ辺境領で大飢饉って。
私が責任を取らされる可能性もあるし、それこそ処刑じゃないの。
破滅に破滅を重ねることになるじゃない。
「これ、前の領主は知っていたの?」
「……把握はしていたと思います」
していたんだ。
「なら、何で動かなかったの?」
少し間が空いた。
「”今年を越えるので精一杯だったから”です」
精一杯ね。
どれだけ大変なのよ。
「港町は”今日と明日”を生きていますが、農村は”来年と再来年”を生きています」
「……だから、今は静かなのね」
農村側は騒がないけれど、確実に首が絞まっている。
危ない状況ね。
「これ、今すぐ公表したらどうなるの?」
「不安が先に広がります。買い占め、疑心、責任の押し付け合い」
「……だよね」
異常な高値になって、それこそ暴動になる。
とりあえず帳簿を閉じることにした。
「じゃあ、今日は”見つけた”だけにする」
でももう一度帳簿を開いた。
そして種籾欄に小さく書き込み。
「ただし、ここに印をつける」
・来期注意
・要再確認
・現地聞き取り
対策はいつかしないと。
「逃げない。忘れない。それだけ」
「それが出来る領主は、少ないです」
「数字の裏を見るの、早いわね」
どこかで誰かが呟いた。
少し困ったように。
「来年の不作って、神様でもどうにもならない時があるのに。だから、面倒なのよ。こういう子」




