返却の木箱
「メリッサ様、昨日お貸しした木箱が戻ってきました」
翌朝、セシリアが報告しに来た。
魚を入れるために使った木箱の事。
「もう? 早いわね」
まだ昼前にもなっていない。
丸一日経ってはいるけれども。
それなのに、返ってくるなんて。
「ええ。数も揃っています」
良かった。
使い終わったから、早めに返しに来たのね。
私は倉庫前へ行って、返却済みの木箱を見ていく。
一見すると、形は壊れていない。
「破損は無さそうだけど……」
触ってみると、白いものがついた。
ざらざらとしていて、おそらく使用した塩の跡だろう。
魚の生臭い匂いが鼻に入ってくる。
(結構、使ったのね)
一部の角が削れていて、底が少しだけ湿っている。
角が削れているのは仕方ないけれどね。
木箱だから、消耗しやすいし。
こうしてみてみると、色々と使用した跡がまだ残っている。
「ねえ、セシリア」
「はい?」
「これ、洗っていないわね?」
私は彼女に状況を伝える。
「……はい」
セシリアの返答に、少しだけ間が空いた。
正解なのかしら。
クイズだったらピンポンという音が聞こえていたと思う。
「港の方では、返すことを優先したようです」
「そっか」
使用したけれど、すぐ返すって感じにしたかったのかしら。
「洗う水も、干す場所も、今は余裕がありませんから」
そっちもあるのね。
だからこそ、残っていたんだ。
「責めているわけじゃないからね」
「分かっています」
微妙にセシリアは苛ついているみたい。
まるで港町の様子と同じように。
「この箱、しばらく屋敷で使いましょう」
私は少し考えた後、この判断にした。
塩が残っていて、魚の匂いが残っているけれど、使えないことはない。
洗えばいいだけ。
「よろしいのですか?」
「港で洗うより、今はここで洗って乾かした方がいい」
どうせ洗わなきゃいけないのだから、ここで洗えばいい。
井戸だってあるから。
それに、ちゃんと戻ってきているし。
「ですが、それでは”貸した”形になりません」
私が木箱を使った形になる。
それでもいい。
「いいの。結果的に港が楽になるなら」
少しして、ミカエラが戻ってくる。
「港の方から伝言があります」
紙を持ちながら、私に話しかける。
「どんなの?」
「”洗って返せなくて申し訳なかった”と」
「そう」
やっぱり向こうでも、気にしているのね。
そこは嬉しいかも。
「じゃあ、こう返して」
私は少し考えてから、ミカエラに伝える。
「”急がなくていい。次に困ったら、また言って”って」
「それだけで?」
「ええ。それだけ」
ミカエラは呆けていた。
私のメッセージは、条件でも命令でもない。
でも、『頼っていい』というメッセージ。
「港の人達、困ると思いますよ」
セシリアが苦笑いしながら話しかけてきた。
「え、なんで?」
「”領主に迷惑かけていい理由”が、出来てしまいましたから」
「それ、困ること?」
「いいえ」
セシリアの苦笑いは、微笑みに変わっていた。
「とても、厄介で……良いことです」
港町の何処かで女性が呟いた。
「道具を貸すのは簡単。でも、”頼っていい空気”を作るのは難しいのよ」
少し楽しそうにしながら。
「……ああ、やっぱり。あの子、領主向きだわ」




