帳簿と現実は、だいたい合っていない
書類を順調に片付けていく。
片付けるスピードは書類のそれぞれで変わっていく。
簡単なのもあれば難しいのも。
そんな中。
「あれ?」
私はとある書類が気になった。
「どうされましたか?」
セシリアが様子を見て訊いてくる。
私はその書類を見せながら、話していく。
「この”備蓄穀物・三ヶ月分”って書いてある欄なんだけど……数量、合わなくない?」
一見すれば、合っているように見える。
「合わない、とは?」
「帳簿だと”倉庫に50袋”ってあるのに、昨日見た感じだと、どう数えても40袋くらいしかなかった気がするのよね」
でも実際の数とは誤差とはいえないくらい。
それを聞いて、セシリアは沈黙した。
何かを知っているのね。
「……気づいてしまいましたか」
セシリアは苦笑いをしながら、私に正解を出していた。
クイズだったら、ピンポンという音が流れていたと思う。
「もしかして、気づいちゃいけないやつ?」
『君のような勘の良い領主は嫌いだよ』って言われるパターン?
私は、亡き者に?
ここにやってきて早々、この世界からも退場なの?
「”皆、気づかないふりをしていたやつ”です」
「そっちね」
流石にそんな展開はあり得なかったか。
考えすぎよね。
でも、気づかないふりをしていたって、それも問題だけれども。
「倉庫で実際に見てみましょうか」
「ええ。確認したいから」
私達は書斎を出ていって、倉庫に向かう。
セシリアの表情的に重い感じじゃない。
「さて現物を見ましょう。数字は嘘をつかないから」
書類の数字が間違っているかもしれないけれど、現物の数字は合っている。
だからこそ、数字は嘘をつかない。
「現実的なお考えですね」
「もう現実に殴られ慣れてるだけよ」
私は呆れながら、袋を数えていく。
正直な数字を確認する。
「1、2、3……」
適当にならないように、微妙に位置をずらしながら。
重いけれどね。
「こちらで、40袋目です」
「やっぱり40袋。帳簿より10袋足りない」
問題は起きていた。
それをどうして記録していないのだろうか。
「これの理由はいくつか考えられます」
「盗難?」
こっそりと盗んだのだろうか。
空腹に耐えかねて食べたのか、高値で売ろうとしたか。
「確かに盗難は有り得ますが、売却目的は低いです。この辺境で、穀物を盗んで売れる場所はありませんから」
それくらいここって何も無いのね。
売れないなんて。
「じゃあ?」
「”去年の冬が厳しかった”、”港町に回した”、”誰かが判断して使った”、だいたいどれかです」
食べるために持っていった。誰なのかは分からないけれど。
そっちの方が現実的だし。
「全部、帳簿に書いていない理由ばっかりね」
記録に残せないような理由。
だからこそ、不突合になっているのだろうか。
「はい。”生きるために使った分”は、記録されていない事が多いです」
「なるほどね、”不正”っていうより、”現場判断”なのね」
「そうです、良くも悪くも」
セシリアは頷きながら答えた。
「怒るべき案件かしら?」
「そうなると、皆が萎縮します」
でしょうね。
私が悪魔のような人物だって思うかもしれないし。
「じゃあ、黙認すべき?」
「黙認すれば、また同じようなことが起きます」
何も言わないと、やってもいいって思うよね。
「うん、めんどうくさい」
「はい」
対処方法が分からない。
脳が疲れる。
でも何かしないといけない。
私は考えた後、セシリアに伝える。
「こうしましょう。”足りない10袋”を探すのはやめる。でも、これから使った分は、必ず理由だけ残す」
在庫を把握できた。
修正するにしても、理由が必要になる。
「理由、ですか?」
「数量じゃなくていい。”寒かったから”、”港に回した”、”人が増えたから”、それだけでいい」
単純だけれども、はっきりとした理由。
「それは、随分と優しい帳簿ですね」
セシリアは肩の力が抜けるようだった。
「帳簿は正確じゃなくていいの。”嘘をついていない”なら、それで十分」
現在の状況が分かればいい。
ずっと乖離したままだと、どこかで危険になるから。
どこかで合わせないと。
「前の領主様達は、”数字が合わない”とだけ言っていました」
セシリアは私の目を見ないで呟く。明後日の方向を見ているようだった。
「そして少ししたらいなくなりました」
何人も変わっているのを見ているのね。
「私は数字より、人の判断を見たいの」
現物だけが正直だから。
「この領地には、向いている考え方です」
今度セシリアは微笑みながら、私を見る。
「向いているのか、染まっているのか分からないけどね」
まだ私が来て一日も経っていない。
これから染まっていくのかもしれないけれど。
「では、帳簿を書き直します」
これでこの問題は解決する。
「お願い。あ、でもその前にーー」
「はい?」
「この”三ヶ月分”って表記、正直に”二ヶ月半”に変えておきましょう」
リミットが短くなる。
だけどそれでいい。
数字は正しい方が良い。
「よろしいのですか?」
「希望的観測で生き残れるほど、私は神様に好かれていないのだから」




