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転生特典なし悪役令嬢、辺境でなんとか暮らしてます 神様、便利スキルはいつ届きますか?  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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11/22

朝の港町

 翌朝。

 まだ朝露が残る時間、屋敷の丘は静かだった。

 遠くで波の音が小さく鳴って、港町へ続く道の方から朝の生活の音がうっすら響いていてくる。


(うん。ちゃんと朝が来た)


 昨日まで大事件、今日はただの朝。

 それだけの事が、少しだけ嬉しい。


「メリッサ様、朝のご用意が出来ております」


 セシリアに起こされ、顔を洗い、軽い朝食を取る。

 パンとスープ。

 派手さはないけれど、身体に入るとほっとする味だった。


(生きてる、ちゃんと)


 そんな実感を噛み締めながら、私は屋敷の外を歩くことにした。

 生活するなら、まずは外の空気を知るところから。


「多少距離があるけれど、歩くのも悪くないわ」


 丘の道を下り、港町の方へと少し歩く。

 下るにつれて海が近くなっていく。


「ほんと、久しぶりに海を見たわね。王都というかマリーデグリー王国自体が内陸国だったから」


 久しぶりというが、実際には前世ぶりというくらい久しい。

 前世で海は、何回も見ていたんだけれども。

 悪役令嬢としての記憶を思い出しても、海を見た記憶は一切無い。

 海を見ずにこの人生も終わるのかと思ったけれど、マドレーヌ辺境領で見るなんてね。

 これはちょっと嬉しいかな。


(良い雰囲気ね)


 朝の町は、思っていたより静かで、思っていたより”生活している音”があった。

 桶を運ぶ人。

 パンを焼く匂い。

 洗濯物を干す手。

 遠くで、子供の笑い声。


(なんだ、普通の町なんだ)


 ほんの少し肩の力が抜けた、その時だった。


「おはよう、今日も良い天気ですね」


 声がして振り返った。

 ちょっと元気そうな明るい感じの少年が。


「おはようございます」


「あんまり見ない顔だけれど、もしかして新しい領主様?」


(へえ、もう情報が行っているんだ。早いじゃない)


 こんな少年に伝わっているなんてね。


「そうよ。私はメリッサ・ビュージンゲン、昨日からやってきたの」


「僕はリュシア・レッドウッド。港の荷物運びとかをやっているんです」


 私よりもちょっとだけ若いけれども、凄いのね。

 確かにその辺りだったら、もう働くよね。


「へぇ~、頑張っているのね」


「でも、まだまだですから」


 リュシアは謙遜しながら頭をポリポリと搔いている。

 ちょっと恥ずかしいのかな。


「じゃあそろそろ、港に行かないと」


「応援しているわ」


「ありがとうございます」


 リュシアはそう言って、坂の下った先にある港へと向かっていった。

 やっぱり良い光景ね。

 そう思いながら、港の方を見ていた。


「あら、おはようございます」


 続いて柔らかい声がした。

 振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。

 年の頃は二十代前半くらい。

 柔らかい栗色の髪を後ろでまとめ、地味すぎず、派手すぎない服装。

 優しそうな笑顔。

 港町に自然に混ざっていそうな、普通の住民ーーに見える。


「おはようございます」


 私が挨拶を返すと、その女性は軽く会釈した。


「もしかして、昨日いらした新しい”お屋敷の方”ですよね?」


 やっぱり情報が伝わっているんだ。

 この港町って早いね。


「ええ、そうよ。メリッサ・ビュージンゲンよ。よろしくね」


 それを聞いた女性は、嬉しそうに微笑んでいた。


「まあ、やっぱり。私は……そうですね、港の方にちょっとした部屋を借りてまして。名前は、マドレーヌ。普通の住民です」


(自己紹介に”普通”って付ける人、普通じゃない確率高いよね)


 でも、笑顔は妙に安心するものだった。


「いきなり驚かれたでしょう? この土地、便利ではありませんが、悪い場所でもありませんよ」


 海の方を見ながら、嬉しそうにしている。


「昨日より、少しそんな気がしてるわ」


「それは、とても良いことですね」


 マドレーヌは、まるで私の胸の内を知っているかのように微笑んだ。


「困ったことがあれば、いつでも言ってください。町の人は慣れてしまっていて、見過ごすことも多いですが、新しく来た人の”困っている顔”って、結構目立つので」


 くすっと笑う。


「見抜かれてる気がするんだけど」


「ええ、少しだけ。でも”頑張ろうとしている人”を見るの私、好きなんです」


 そう言って、彼女はふわっとスカートを揺らしながら一歩下がる。


「では、今日は顔合わせだけ。また近いうちにお会いすると思います」


「また?」


「はい。だって、あなたはここで生きるのでしょう?」


 そう言い残して、彼女は人の流れへと自然に溶け込むように去っていった。

 特別な光も、奇跡も起きない。

 ただ、普通の朝の一場面のように。

 でも。


(なんだろう、この感じ)


 胸の奥が、ほんの少し温まる。


(誰かに、”大丈夫だよ”って言われたみたい)


 この町の空気より、この人が安心感を持ってる気がする。

 私は息を吸い、丘の方へと視線を向けた。


「よし。今日も、やれるところからやろう」


 小さく呟いて歩き出す。

 港町はいつもの朝を続け、丘の風は静かに揺れ続けた。


 ーーそして街の角を曲がった先で。


「言えた、良い感じに言えた……!」


 さっきまで落ち着いた顔をしていた女性が、小さくガッツポーズをしていた。


「よしよしよし、今回はちゃんと”普通の住民ムーブ”できてる!」


 そして、ふっと真顔になる。


「ほんとに、ちゃんと生きてね。私、そんなに万能じゃないんだから」


 朝の風が、少しだけ優しく吹いた。

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