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【超超短編小説】栗鼠殺ing 会議

掲載日:2025/12/21

 薄暗い表情の男が出ていくと、部屋の中から

「次の方、どうぞ」

 と言う、優しげな女の声が聞こえた。

 俺は柔らかい椅子から立ち上がり、手の甲でドアを3度ノックした。

「失礼します」

 と声をかけて、傷ひとつない漆黒のドアを引いた。ドアは音もなく開き、閉まる時も水面に葉を浮かべる様に静かだった。

 急に男が現れたように思ったのも、このドアのせいだろう。


 異様な空間だった。

 どこまでも延びている様に見える板張りの床は、まるで巨大な武道場だった。

 その板張りの先には巨大な神棚があり、見た事もないほど太い注連縄がぶら下がっている。ひとつの紙垂が布団の様なサイズ感だ。

 その神棚の脇には、ここからでも見上げるほど大きな阿吽像やら狛犬やら鎧武者の立像が並べられ、それらが象より大きな提灯に照らされていた。

 部屋の支柱や梁は屋久杉でも切り出したのかと思うほどに太く、そこかしこに絵金の残虐画やら鉄棒ぬらぬらの春画などが描かれた襖が置かれている。

 欄間の透かし彫りもやたら豪華だが、部屋の内側に廓型の屋根が伸びているのはどういう事だろうか。


 沈香と大麻が合わさったような匂いが、その空間を遊んでいる。

 どこかに香炉でもあるのだろう。それもきっと巨大で異様な造形をしているに違いない。



 異常な部屋の真ん中に炬燵机と座椅子がある。そこに座っている女が「そのままどうぞ」と言った。

 確かに靴を脱ぐ場所は無い。

 俺はイギリス製の分厚いゴム底靴で板張りの床に汚れが付かない様に、少しだけ足を上げて炬燵机まで歩いた。

 


 座椅子に座った女の全貌が見えた。

 学ランみたいな詰め襟のジャケットを着ているが、あの隠れ秘密巨乳からすると立体裁断だろうか。

 ピアスだらけの耳にウルフカットの青がかった黒髪が掛かっている。薄く細い眉にもピアスが幾つか連なっていた。

 フレームのないメガネの奥で、半月型の三白眼が俺を見ている。

 巨大な提灯の中で火が揺らいだ。

 そして女は俺に訊いた。

「誰かになりたい?」




 俺は確認するように自問自答を3度繰り返して答えた。

「いいえ、特に」

「……そう」

 女は特に興味なさげに相槌を打つと、手元の冊子に視線を落として何かを書き込んだ。

 俺は声を掛けられるまで立っているべきだろうかと逡巡していると

「どちらでも良いわ」

 女が言った。

 そう言えばこの女は俺の考えている事が分かるんだった。

 昔は便利だと思っていたが、今は不便な事も多いだろうと分かる。


 俺は黙ったまま立っていた。

 女はこちらを見る事なく、手元の書類をパラパラとめくっては何かを書いていた。

「そう」

 女はまた独り言の様に呟いた。

 提灯の明かりで揺れる女の影を見ながら、最後に女を抱いたのはいつだったか思い出そうとしていた。

 願いとは言え、そうまでしてセクシー女優とセックスしたい訳でもないし、仮にできるとしても一人を選ぶのは至難の業だ。

 それこそ、選んだことに満足してしまいそうだ。FANZAは買い物かごに入れるまでが楽しいのと似ている。


 

「別にここで私に何かをしたところで、それが罪に問われたりカルマに影響したりはしないけれど」

 どうする?

 女が再び俺に視線を向けた。どこからか風ががおんと吹き、巨大提灯の火が大きく揺れると、薄闇の中から荘厳具に似た大きな寝台が現れた。



 いつの間にか服を着ていなかった女の胸元にある黒子を見ながら俺は「いえ」とだけ答えた。

 何がいえなのか分からないが、いえと答えた。

「そう。他に質問はある?」

 裸のままで女は訊いた。どこかで見たことのある肉体だったが、どこで見たかは思い出せなかった。

「別に何かになりたくは無いんですけど、身長も今さら欲しくないので結構です。たぶん俺には対価を払えないですし。でも病気はなんとかなりません?」


 女は手元の資料をパラパラと眺めると、短いため息をついた。

「今のあなただと、その病気をどうにかする対価は利き手とか視力、記憶の一部とかの支払いになるけど、どうする?」

 知っていた。

 毎年同じだ。安くなったりしない。

「ですよね、毎年そうです」

「でしょうね」

「じゃあ、いいです」

 そこで俺は初めて、自分が怒張しつつある事に気づいた。



「そう」

 全裸の女が言った。


 これで定例のレベルアップ会議は終わりだ。

 俺には腕力の強さとか性的パラメータに割り振る分の売り物が無いし、欲しいものでもない。

 それに病気を解除する事もできない。

 せめて穏やかな死くらいは買いたいものだが、それにしたって高い買い物になるだろう。


「それならいまの恋人を手放すことになるわね」

 女が俺の思考を読んだ。

「じゃあいいです」

 来年にはまた違う条件になっているだろう。

 それを聞き流して振り向いた。

 戻ったら、たまにはツレの尻でも撫でてやろうと思った。

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