ノブレスオブリージュ、ブリージュオブノブレス
六段目
「おい!近くに街は無いのか!?村でもいい!子を産める所は何処にある!!」
僕は運転手に叫んだ。
「お待ちください!ここで降りられては…どうにか馬車の中で…」
「呆け者が!貴様は女房おらんからお産の苦痛がわからんのだ!最悪ボロ小屋でもいい、空き巣と罵られようと構わぬゆえ、馬を急かさせろ!!」
王であった時、これほどの剣幕で叫んだことはあるだろうか。自ら人に対して命じたことが幾度あったのだろうか。
「しかし…了解しました。陛下の仰せのままに。」
良きに計らえ、久々にそれ以外の指令を放った。
「まったく、貴様とて女から産まれてきた癖に、どうして出産を軽視できるのだ。」
この瞬間に於いてのみ、オーギュスト・カペーはかの有名な王にして太陽の化身、オーギュスト・デュートネ=ラソレイユと同等の輝きを放っていた。
少なくとも傍らに居たテレーズやシャルロにはそう見えていた。
「陛下、バレンラに向かいましょう。あそこならば産婆も居るはずです。長閑なところですし通報の可能性は低いかと。」
馬上の護衛、ベルナールが陛下に進言する。
「ではそこにしろ!くれぐれも住民との接触は最低限に控えつつできるだけ腕の良い産婆を探すのだ。」
オーギュストがこうも傲慢に無理難題を押し付けたのもこれが始めてだった。
「くそ、急いでくれよ、急いで…」
画して一行はバレンラに到着する。
バレンラ、特段特別なものがない町。僕が産まれた田舎のような町。ここに産まれない限り、地図の文字でしかない町。
風車小屋が3つ、水車小屋が2つ。
老人と子供ばかりの町。
「産婆!産婆はおらぬか!三百ソレイユで雇いたい!!」
僕は誰よりも先に誰よりも大きく叫んだ。変装をしているとは言え、軽率だったと思う。しかし今はそれよりもマリアだ。
「おいあんたら、産婆探してるってこたもう産まれるんだな!?」
40過ぎの男が息を切らしてこちらにやってくる。
僕が頷くと彼の口角が上がる。
「そこの水車小屋に妊婦を運んでくれ、おれはベル婆を呼んでくる。」
「メルシームシュー!」
「ムシューなんて呼ばれる筋はねぇよボンボンさんよ!」
「聞いていたな!あの水車小屋の近くに馬車を留めてくれ。」
馬車は少し移動し、水車小屋の近場に泊まる。
「ベルナール、テレーズ、手伝ってくれ!」
ベルナールがマリアの左肩を僕が右肩を支え、転倒防止のためテレーズが前方を歩き彼女を水車小屋まで運び出した。
その水車小屋の中には産椅子があるだけだった。
座位分娩か、この時代だから仕方がないが、出産というものは何度経験しても恐ろしい。5人に1人は死ぬのだから。
「マリア、今産婆が来てくれる。」
「わ、わかっております。み、水を頂けませんか。」
「あ、あと出産にはテレーズも立ち会わせるように。貴方はもう王ではありませんが、あの子には継承権があります故…」
「もう喋らなくていい。分かってるマリア。」
その時、水車小屋の扉が勢いよく開かれる。
「男衆は外にでな。」
5人の老婆が現れ、彼女らは男どものケツを引っ叩いて追い出そうとする。
「何ボケっとしてんだ男は外だと言っただろう。」
「あ、いや息子は…」
「男は外だよ!」
テレーズ諸共僕たちは外へと追い出された。
尊く貴い扱いをされた僕らが彼女らの前ではこの始末だ。
僕と息子にできることは共にマリアの無事を祈ることだけであった
「テレーズ、僕はあの御方を探してくるからここで待っていてね。」
僕はこの小さな村を練り歩きさっきの彼を探す。
小さな小屋の辺り、薪割りに興じる初老の男。
「お!いたいた!旅貴族のボンボン野郎!」
「先程はどうも、感謝してもしきれません、ムシュー。」
僕は初めて人に頭を下げた。
「だからムシューなんてやめろって。そういやあんたらはどっから?」
「ブルゴーンの方から、ニーダーランデに向かう途中でした。」
「ブルゴーン?あぁあそこかあそこ!ワインのとこね。」
「ってこたぁ首都の方にも寄ったんだろ?」
「ここに村の若ぇのはみーんな首都に出稼ぎ行っちまうからなぁ。甥も行ったっきり帰ってこなくてよ。
「ムシュー、いえ旦那様、首都は現在その…流行病で混乱しております故。ですが教会の迅速な対応により収束に向かっております。」
「旦那様なんてやめろって。おれはミゲル=フランソワ・ダミアン、ミゲルでいいぜ。」
フランソワ・ダミアン、まさかな…
「ではミゲル。先程はありがとうございます。」
「礼には及ばねぇよ。おれもここの婆さん共には助けられたしな」
「いえいえ、ミゲルがいなければ大事に至る所でした。後ほど私の使者より金一封をお渡しします故。」
「いやいらねぇよ。婆さんどもに渡してやれ。」
「しかしミゲル、貴方は私の妻を救ってくださった御方で御座います。何か御礼をさせてください。」
彼は顎に手を当てて思案する。彼が望むのなら何でも与えるつもりでいる。
「んじゃ畑仕事手伝ってくれよ。ここを立つまで間な。」
「そ、そんな簡単なことでいいのですか!?」
「簡単?わかっちゃいねぇなお貴族のボンボン様は。畑仕事ってのがどんなに苦しいものかわかっちゃいない。」
「おら、ついてこいよボンボン。」
無精髭を生やしたその顎、焼け焦げた茶の肌、筋骨隆々のその体躯と荒んだ言葉遣い、気品の欠片もない気取らない仕草。
貴族的に言えばみっともなく愚かで不浄の穢れた者共。
僕はそれに誰よりも尊く貴いと感じていた。
ベルナール・ボナパルト・ナポレオーネ




