バレンラ逃亡
四段目
今日は三日月朧を纏いて、暗澹たる夜は惨憺たる革命と落命の帷、かしまし妖かしどもは嘶き玉響に。
されど邪なる讒言すら逆しまに諫言となる。
混沌たるこの国に主の黄銅の鐘は鳴かぬのだ。
「テレーズ、シャルル、マリア。」
私は3人を集め抱き寄せた。
「私は真愚かな王であった。」
私の金色の髪が月に照らされて白くなる、
「しかしそれが家族を諦める理由になるものか。」
「テレーズ、シャルル、マリア。夜更けと共に馬車に乗って友邦オスタリカへ逃れるのだ。」
「これは家長としての命令であり王令だ。逆らうことは決して許さん。」
私は現代を生きた人、だから知っている。史実の彼は馬車に乗って逃れようとしたが、その途中で捕まったのだ。
だから私がここに残り、家族だけはオスタリカへ。
「殿下、いえ、オーギュスト。」
その時、私の頬が赤くなった。
マリアが私の頬を引っ叩いたのだ。
「国を破滅に導く王様なんて死んだほうが良いものです。ですからオーギュスト・ブルボン=ラソレイユは死んだのでしょう?」
「マ、マリア!家長の命に従えないのか!私はお前たちに!」
「オーギュスト、オーギュスト・カペー!父親としての責任くらい果たしてもらわなければ困ります!!」
「しかし現実としてだな、私は…私がラソレイユにいなくて、どうして国が保たれようか。」
事実、この崩壊寸前、いや崩壊真っ最中の国家が曲がりなりにも形を保っているかと問うと、その解は民衆の怒りが先の裁判によって一旦は収まっているからである。
だが今私が第二審から逃れるために国外逃亡を謀ったと知れたら民衆はどう思うだろうか。
彼らの怒りは更に強くなり、その暴力は私だけでなく貴族や、民衆自身に向かって行くだろう。
だから私は革命が収束するまでラソレイユに留まらなければならない。
例えデュラハンになったとしてもだ。
「そうやって頭の中で長文唱えてどうなるのですか!私は、マリアは貴方に生きて欲しいのです!例えラソレイユやオスタリカが滅ぶとしても、貴方とテレーズとシャルルと、ソフィアと共にありたいのです!」
「ですから殿下、ここで選択してください。宣誓してください。神に誓ってください。ラソレイユの人々よりも、私とシャルルとテレーズとソフィアが大事であると、愛してると仰ってください。」
月光が彼女を照らした。こぼれ落ちる涙の輝きは、あの忌々しき首飾りよりも輝いて見える。
「貴方がここに留まるというのなら私は…」
あぁ、そうだそうだよな。王として最後までできなかったこと、人も自分も壊す覚悟を出して選択すること。
今ならできるてしまう気がする。
「くそぅくそぅ!ごめんなさい、ラソレイユの人々よ、ごめんなさい、神様。」
「僕は君たちをどうしようもなく愛しているだ!」
私は彼女らを、家族を再び強く抱擁した。
「父様、僕に一芝居打たせてください。」
「テレーズ?」
私は我が子に手を引かれ、庭に辿り着いた。
そこには死神がいた。
「陛下?」
朧の取れた月明かりは死神の冷たい肌を照らす。
我が息子はその漆黒の男に、死を纏う男に恐れもなく近づきこう告げた。
「ムシュー、貴殿の剣は裁判によって罪を告げられた者に対してのみ振るわれる、その認識で間違いないですね?」
「えぇ、テレーズ様。私は罪なきものに対して一度たりとも剣を振ったことはありません。」
「ではムシュー、貴殿の馬車はこのテレーズ・カペーがいただいてゆく。」
「テレーズ!何を…!」
「陛下、構いません。」
「シャルロ、お前…」
五段目
三日月が沈み太陽が顔を出そうとする。
朝露は未だ残り、農民は畑仕事の準備をする。
国王一家、いやカペー一家は処刑人の馬車を盗みラソレイユ逃亡を決行した。
彼らは朝霧の中に消えていった。
「しかしテレーズ、よく考えたものだな。」
「確かに処刑人の馬車であれば人々からの目も遠ざけられる。まったく聡い子だ。お前がラソレイユ王だったらどれほど良かったものか。」
「いやですよ父様、こんな国渡されても困ります。」
今、私がオーギュスト・ブルボン=ラソレイユだったらテレーズを叱っていただろう。だが私は、僕は今オーギュスト・カペーだ。ラソレイユ市民オーギュスト・カペーだ。
だからこんなことも言えてしまう。
「同感だ。こんな終わりかけた国を建て直そうなどと野心のあること僕には言えないよ。テルミドールなら言えただろうけどね。」
「殿下、いえあなた、テルミドールで思い出しましたわ。昨日の(ラソレイユ市民の為の新聞)革命新聞の私の記事読みました?」
「オスタリカの淫売、パンがないならケーキを食べればいいじゃないですって。私そんなこと言ってないし言わないのに。」
笑い話だ。心優しくそして強かなマリアがそんなこと言うわけがない。
そう、マリアは強かなのだ。現に逃亡前夜、周辺国家にラソレイユの現状を吹聴せるような書簡も送っている。
これも僕が国王だったらなんという裏切りかと言っていただろうが、残念ながら僕は国王では無いのでな。
「なんかお父様いつもより楽しそう。」
シャルルが満面の笑みを浮かべながらそう言った。
私は一瞬、カーテンを捲り、車窓に反射する私の微かな笑みをみた。
あぁそうか、笑っているのか僕は。革命が起きて、全てが崩れ、多くの人々が苦しむなか私は笑っている。
全部がもはやどうでもいいと思えている。
だがこんなにも心が軽いのは久しぶりだ。
「そうだな、パパは王様に向いてなかったんだ。でも皆のことが大好きで、これからはずっとみんなのことを考えいられるからね。」
それにこの運命は必然だったように思える。
だって僕は異世界からの来訪者、現代人がいきなり中世チックは世界に呼び出されて王様なんかやれるかよ。
「これからはずっと一緒さ。」
朝霧が晴れ、朝露の消える頃、その時にはもう革命の声は聞こえなくなっていた。
オーギュスト・テレーズ=ラソレイユ




