家族の時間
第二審に備えオーギュスト・カペー一家はテュイル宮殿に入る。
妻は夫に付き添うもの、これはこの世界に置いて当たり前だが、現代人の私はこう邪推してしまう。
愛しのマリアと愛する我が子達を裁くつもりなのではないかと。
まだ10年も生きれていない子と未だ生まれてもない子をギロチンにかけるのだろうか。
私のせいで私の愛する者たちはその首を落とすのか、アトラスの足を挫かれるのか。
だがそれを今考えるのはよそう。
今はただ、一父親として家族と過ごしたい。
「心配しなくても、私はどこにも行きませんよ。」
マリア、私の春夏秋冬を盗む人。貴方が何度民草や貴族からオスタリカの売女と罵られようと貴方を愛している。
「メルシー、マリア。」
ただ短くそう返し、新聞を手に取った。
人民の勝利、か。
王冠の無い私の頭、質素な服の私。質素な人々、未だ放蕩たる貴族達、そして大々的に宣伝れるテルミドール・ロベスピエール・マクシミリアム。
ははっ、今思えばコミックだ。民衆を苦しめた悪しき魔王は勇者に討たれる。
私は魔王だったんだ。そして勇者はお前だったんだ、テルミドール。
あぁテルミドール、お前は全てを得て私は全てを失った。どうして天に居られます神はこのような残酷な運命を私に背負わせたのだろう。私が、私が何をしたというのだ。
「お父さん!」
我が子シャルルは純粋である。故にこの己の運命を未だ理解していない。テレーズの方はどうだろう。あいつは私と違って聡いから、察しているのだろう。
察して気丈に振る舞って居るんだろうか。
だとしたら居た堪れない。
「お父様、お庭で剣術の稽古をつけていただけないでしょうか。」
「そうだな、そうしようか。」
思えば来期の予算調整、正確に言えば破産調整か。そのせいで家族との時間を取れていなかった。
愚鈍な王ではあったが、せめて父親としては良き父でありたい。
テュイル宮殿の内庭はなかなかに静かなもので、荒れ狂うラソレイユの市民を見ないで済む。
だがそんな静寂の庭に異様な人影があった。
2mはあるかという体躯、伸ばした美しい長髪、端正な顔と死を纏う黒装束。
ムッシュ・ド・パリス(パリス処刑人)こと、シャルロ・アン・サングである。
「シャルロ、来ていたのか。」
死神に怯える我が子の肩に手を乗せる。
本来ならばアジャラカモクレンテケレッツもパーだとか言って追い払うべきなんだろうが、彼と私は旧知の仲であり、彼が死神とは言っても死を与える方の死神ということを知っている為その必要は無い。
「どうかな、ボワ・ド・ジュスティス(ギロチン)の調子は。」
「えぇ、陛下のおかげで人道的な処刑道具に仕上がりました。」
何を隠そうギロチンの刃を斜めにしようと提案したのは私である。
確か元々は三日月型の刃をしていたが、案外人の首は寂しがり屋なもので、そのような形では大男の首は切れない。そして切れないのであれば、それは処刑ではなく残酷な拷問になる。
だから私は刃を斜めにするべきだと提案したのだ。
「…もし私の最期が正義の名において振るわれる刃であるのなら、私は君にこそその役を預けたいと思っている。」
彼は俯き、ただ庭の草を眺めていた。
「へ、陛下の首をギロチンにかけるなどとそんな!」
「なぁ、シャルロ、頼まれてくれないか?テレーズに剣を教えてほしいんだ。」
その言葉にテレーズもシャルロも驚く。
テレーズにしてみれば忌むべき呪われた男に剣を教わるなどと、シャルロにしてみれば第一頚椎の足を砕くことしか知らない私に剣術などとという訳だ。
「お、お待ちください陛下。処刑人の剣は首を絶つことしか知らぬ剣、ロングソードの扱いに、なにより剣術など私には…」
彼は正しい。だが彼は間違っている。処刑人は確かに剣を知らないが、第一頚椎と第二頸椎の僅か数mmの隙間を断ち切る剣の極地を知っている。故に彼は正しくて間違っているのだ。
彼は剣を知らずしてその深奥に立っているのだから。
「シャルロ、私の、敬愛する陛下の頼みだろう?」
「そこまで仰られるのであれば、是非もなき。期待はせぬよう頼みます。陛下。」
「聞いていたな、テレーズ。シャルロは処刑人、それだけに人の死を知っている。訓練だけの新兵よりも手強いと思え。」
「は、はい。お父様。」
私はこの時知らなかった。
テレーズは私との時間を過ごしたくて剣術稽古を申し出たのだ。
だが私はそんなことも察せず、我が友が慣れない剣に苦戦し、我が子が無我夢中で剣に努めていた姿をたまらなく愛しく思いながら眺めていた。
こんなんだから私は愚かなのだ。身内の情すら察せぬ男がどうして王足り得るのか、人の支配者足り得るのか。
「さすがは陛下のお子さんだ、私の癖をよく見抜く。しかし、処刑人の剣は小手先だけで受け止めれるほど、軽くはないぞ。」
シャルロの大きく振り被った木剣はテレーズの木剣を粉砕する。
シャルロをテレーズとの何度かの攻防において、常に同じ場所に衝撃を与えていたのだ。
成る程、こうも正確に剣で"射抜く"技術があるのなら、彼に処刑された者達はさぞ幸せだろう。
「あ、テレーズ様お怪我は…」
シャルロは倒れるテレーズに手を向けた。
「メルシームシュー、素晴らしい剣ですね。」
シャルロは自らの手を受け入れたテレーズに驚きを隠せなかった。
処刑人という死神、死臭を纏う首狩の化物にどうして触れられるのか、不運を撒き散らす私をどうして受け入れられるのか。
彼はそう考えていた。
「死神に触れると、首が冷たくなりますよ、テレーズ様。」
「なら夏にまた稽古をつけてください。ムシュー。」
テレーズ、彼は聡く育った父親としてこんなに嬉しいことは無い。
王としては愚かでも、父親として最低限のことはできたのだと思う。
「陛下。」
シャルロは私を真っ直ぐと見た。
「貴方もご存知でしょうが、罪人は剣が滑らぬよう後ろ髪を短く刈っておくものです。」
「私は正義の名において剣を振るい、全ての罪を赦す者であると自覚しております。」
「陛下、未だ立派な金髪を靡かせた貴方は私にはとても罪人に見えません。シャルロ・アンサングの剣は国家権力において、裁判によって罪を宣告された罪人以外に振るうことを許されておらんのです。」
我が死神は私の後ろ髪が刈られるまで、全ての企みを見逃すと宣言した。
マリア・アントワールとシャルロ・アン・サング
"あらごめんなさい、わざとでなくってよ"




