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第一審、熱月(テルミドール)

結論から言うと、牢獄が襲撃された時点で手遅れだった。何故なら私が無能だからだ。私は、歴史を知っていた。この世界とは違う世界の歴史だったが、どうにもあの世界の歴史とこの世界の歴史は似通っていた。


 だから私は諦めしまったのだ。故に私はあの世界の彼と違って何の対策もしなかったのだ。だから革命の波は、民草の怒りは強い。

 

 議会に出席した時点で私の逮捕は決まっていたのだ。


 「オーギュスト・ブルボン=ラソレイユは偉大なる主から王権を賜ったにも関わらず、無能にもその責任を放棄し!剰えこのような事態を引き起こした!!これは明確に主とラソレイユに対する裏切りであり、万事に値すると言わざる終えない!!」


 政治家にして人民、テルミドール・マクシミリアムがそう主張する。その声に賛同する声も、王殺しという前代未聞の越権行為に戦慄する者も居る。


 しかし無能にもその責任を放棄し、の部分に関して少々疑問だ。諦めていたとは言え、私だって精一杯はやったさ。民の為に無理やり通した法案も3つくらいはある。まぁ、無能であったのは事実ではあるが。


 「よってここに私はオーギュスト・ブルボン=ラソレイユの王権剥奪と処刑を要求する!」


 行くところまで行ったな、さすがの議会も賛否両論。

 そもそも王権が神によって与えられた以上、人の意志によってその王権を剥奪しようとはまさしく不遜、越権行為だ。

 そしてそのうえで神の代行者たる王を殺そうと言うのだ、まさしく傲慢、人に許される領分を遥かに超過している。

 と彼らは考えているだろう。

 

 だがここに石を投じる一人。

 

 「レジサイト?正気ではない!アルビオンの背信者どもと同じ愚をラソレイユに侵せというのか!?神の代行者を、神のご意思を踏み躙るなどと…」


 ある神学者がそう唱えた。

 しかしテルミドールはこの程度で折れるほど、軟弱ではない。


 「王権、あれが正しく神がお与えになった権利なのか、我々はそこから再認識する必要があります。」


 「そもそもジャック氏曰く、神が我々にお与えになったのは人が人として生きて行ける権利なのです。」


 テルミドールは未だに王権剥奪に対して臆病になっている敬虔な貴族たちに勇み足な言説で語る。


 「そうであるのなら如何に王権の無意味なものか!オーギュスト・ブルボン=ラソレイユは王権などと言う世迷い言を盾にして人民の権利を侵害したのです!」


 だがその言説は決して貴族に有利なものでは無い。

 何故なら人権を認めてしまったら次罪に問われるのは貴族であるのだ。

 つまりテルミドールのこの言説は私の処刑の正当性を示す、というより私を排除した上でラソレイユの新たな首に成り代わろうとする貴族に対するカウンターである。

 

 それを貴族達は理解したのだろう。議会は私の処刑から人民と貴族の闘争に成り代わっていた。


 軈て議題は回帰しこうなる。


 オーギュスト・ブルボン=ラソレイユの王権を剥奪し、逮捕する。それは確定であるがそのうえで被告の首をどうするかという訳だ。


 人民は私の処刑を全面的に支持、貴族は私の処刑に反対という訳だ。


 皮肉にも、人民を思って政治をしようとしていた私が人民に殺されようとしている。逆に幾度となく人民の為の政治を拒み、ラソレイユの頭のすり替えすら狙っていた貴族が私の命を守ろうと言うのだ。


 こんなに滑稽なことはない。

 

 されど議論は平行線。法解釈に始まり、最終的には神父や神学家、果てには神学学生までもを呼び出して聖典解釈の論争にまで発展する。

 

 「陛下は地上における神の代行にあらせられる!畏れ多くもその代行権を剥奪し、その果てに処刑するなど、主が黙っていなぞ!」


 「聖典において明確に王権を神の代行とするとは記されていない。そうであるのならオーギュスト16世は王権などと張り子の虎を掲げ代行者を騙る背信者でしかないのだ!」


 右では老人神学者と若手神学者の討論。


 「しかし現実問題として王が亡き後どうやって国を維持すると言うのだ。」


 「王権とはあくまでラソレイユの最高機関でしかありません。変えは効いてしまうのです。ですから真の意味での変革を求めるのなら、人民がそこにあるべきなのです。」


 「陛下を蒸気機関に例えるとは何事か!!」


 右では政治家と貴族の討論。


 被告である私と人民を置いてけぼりにして議会はまさしくプニュクスの丘となった。


 「よくわかんねぇけどよぉ、明日の食事が満足にあって、家族が飢えてなきゃ満足なんだけどな。」


 一人の市民の呟き、その声に人々の声が重なる。

 重なった声は軈て高波となり、津波となる。政治家や貴族、神学者の声を掻き消して彼らは叫んだ。議会が揺れ、机上のペンが落ちるほどの声量で力強く叫んだ。


 「パンを寄越せ!パンを寄越せ!!パンを寄越せ!!!」


 インクが溢れ、書紀の羊皮紙が黒く染まる。火が激しく燃え、蝋燭が2つに割れた。

 制御しきれぬ人の波、民の欲望が怒りが一つの津波となる。


 だがその波をも乗りこなす者が一人居た。


 「王よ!貴族よ!これが結末だ!!我ら人民は思想よりも戦争よりもパンを欲している!それが人間である故に!!」


 「よって人民テルミドール・マクシミリアムは第二審おいてオーギュスト・カペーの処刑を要求する!!」


 議会は崩壊し、投票すら取れぬ状態となった。

 よって王殺し(レジサイト)は第二審に持ち越される。

 しかしこの調子だと私の首が残るとは、考え辛い。


 第一審裁定


 被告オーギュスト・ブルボン=ラソレイユ。


 罪状 国民に対する罪


 以上により、王位の剥奪及び王権の停止をここに宣言する。


 ここにおいてラソレイユ国王オーギュストブルボン=ラソレイユは消え去り、第二審を待つラソレイユ市民オーギュスト・カペーが残された。


テルミドール・ロベスピエール・マクシミリアム挿絵(By みてみん)

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