実は着替えがしやすいのが着物
『それいゆ』編集長で知られる中原淳一の本によると、昔のお母さんは外出から帰ってくると、家族とちょっとしゃべりながら後ろを向いて帯を解いて次に着る着物を肩にかけ、その陰でそれまでの着物を片方の肩ずつ落として脱いでというふうに着替えていたという。
来客がいても気の置けない人であれば同じようにしていただろう。
つまり、いちいち脱衣所に行ったりしなくても着替えられるわけだ。
それいいね、私もやってみた。
私は近所の子供たちを集めて自宅で英語塾をやっている。
先日、塾の終了時刻と同時に出発して、ホテルのメインダイニングで行われる会合に行く予定の日があった。
英語塾を訪問着でやってもよかったのだが、なかなかそうもいかなかったので、速攻で着替えて行こうかなと思っていたのだ。だが塾終了と会合開始まで一時間しかないし、うちは駅まで30分ぐらいかかる。
なので、子供たちが書き取りをしている時間に背を向けて襦袢を重ねた訪問着を肩にかけてその陰でそれまで来ていた甚平を落として着付けをすることにした。
着物の前を合わせてしまったらもう前を向いた。
帯を手に取ると、
「うわあ、帯ってそんなに長いものなんだ!」
と男子がびっくりしていた。
それがお太鼓になっていく過程は非常に興味深かったらしい。
確かに子供のうちに帯を結ぶ大人の女性や、15分で着付けしてしまう人を見る経験をさせておくのは、日本人の子供を育てるためには悪くない。
盛装の着物は本当に豪華だ。見栄えがする。しかも若くなくてもかなりきれいに見える。寧ろ若いうちは着てはならない美しいものがたくさんある世界だ。
いっぽう洋装には致命的な欠点が二つある。
たった二つしか欠点がないのだから非常に優れた衣服だとは思う。だがその二つが、女性の尊厳にかかわる重大なものだから困る。
それは、一つは年齢による欠点の強調。
もう一つは男女並んだ際、年齢やTPOなどの条件が同じならばローブデコルテなどの超フォーマル以外では、女性が男性より見劣りしてしまうことだ。
嘘だと思うならスーツや作業着やスポーツ着で同年齢の男女双方を想像しよう。男のほうが見栄えがすることがわかるはずだ。
例えば自衛隊の駐外武官が金モールのついた軍服を着ている場合、奥さんが何を着ていればバランスがとれるか。
気の毒だが十代ならばともかく中高年夫婦の奥さんがアルマーニのスーツを着ようとと東京ソワールのドレスを纏おうと、夫もアルマーニのスーツであれば、たとえ奥さんがやせていて夫がメタボだとしてもやはり夫のほうが見栄えがするに決まっている。ましてや鍛えぬいた体躯に軍服の夫が相手では、夫の服が素敵すぎてどうしても奥さんが見劣りしてしまうだろう。
現に警官や消防官や自衛官の結婚式では、新郎の服が素敵すぎて新婦の影が薄くなるといわれているのだ。若い娘さんの花嫁衣裳でも敵わない夫とバランスがとれるのは、着物しかない。
しかも着物は洋装のローブデコルテなどと違い、普通に外を歩けて電車に乗れる。
特別な移動手段を用意する必要がないのは生活者として有り難い。
そのうえ、先日の私のように着付けが一人でできるなら家事の妨げにならないし、更衣室も必要ないのだ。
だから着物はフォーマルウェアとしては、世界一便利だと思う。
もちろんフォーマルでなくても着物なら、小紋でも紬でも浴衣でも、男女双方がとても綺麗に映える。どちらかが見劣りすることはない。これは人間の尊厳を守るうえで、意外に大切なことではないかと思う。