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鮮明になる幽霊

作者: 雉白書屋

 深夜か、それとも夜明け前か。わからない。眠ったのは確か……と、暗い部屋。ベッドの上で目覚め、ぼんやりと天井を見つめていた彼は息を呑んだ。自分の上に何かが乗っかっている。


 ――強盗。


 そう思った彼は体を起こし、跳ねのけようとした。しかし、体が全く動かない。押さえつけられているのかと思ったがそうではないようだ。彼は目を凝らし、状況をよく見ようとした。すると心はより恐怖に染まっていった。自分の上にある人影。その向こう側が透けて見えるのだ。

 

 ――幽霊……か?


 彼はそう思った。体格と短い髪型からして男のようだが、こちらに背中を向けて座っているようで、どんな表情をしているかはわからない。やや項垂れているようだった。

 彼はこれで幽霊が消えてくれないものかと、わざと大きく咳き込んでみた。すると喉に痛みが走り、彼は顔を歪めた。僅かに考えていた、これが夢という可能性が立ち消え、しかし、幽霊はわずかに身じろぎするだけでベッドから離れようとはしなかった。

 彼はどうしたものかと思いながら鼻から息を吐き出した。そして、強盗よりは幽霊のほうがマシだと思うと少し安心したのかもしれない。彼はそのまま目を閉じて再び眠りについた。

 彼は夢を見た。幼き頃の自分が公園で遊んでいる。陽だまりの中、はしゃぐ声が響き渡る。また景色は山やプール、海、学校の校庭と切り替わり、そこでも彼は遊んだ。

 ふと、彼は前に同じことをした気がした。尤も、再び目覚めた彼がそれを深く思推することはなかったが。

 また幽霊がいたのだ。今度はベッドのすぐそばにただ立っている……かと思ったら、それはふらりと動いた。彼はその動きを目で追ったが幽霊はすぐに視野の外へ。彼は体を起こし、さらに追おうとするが相変わらず体を動かせなかった。

 幽霊は部屋の中をのろのろと歩き回っているようだった。彼は幽霊が視界に入るチャンスをじっと待ち、そしてその姿を、また横顔だが顔を捉えることができた。どういうわけか幽霊は前よりもはっきりと見えるようになっていた。スウェットを着ている。おそらくグレーの。そして顔は


 ――似ている……か? 


 どこか自分の父親に似ている、と彼は思った。いや、中学あるいは小学校の時の先生に似ている。いや、それも違う。近所の人。店員。誰かに似ている気がしたが違う。つまり、よくいる普通のおじさんなのだと彼は思った。

 別に親近感を覚えたわけではないが恐怖心は薄れ、彼は再び眠りについた。

 

 また彼は夢を見た。今度は母親の夢だ。

 母親は台所で夕食の準備をしているようだった。トントントン、と包丁がまな板を叩く音。ガスコンロのツマミを回した音。何かを炒め始めた。今のは、みそ汁のパックの蓋を開けた音だ。味見用の小皿を置いた音。手元灯の光に照らされ、顔が見えないが多分、笑顔だと彼は思った。


 ――温かい。


 朝だ。目を覚ました彼は眩しすぎるほどの朝日に顔を顰め、そして呆れた。

 まだ幽霊がいたのだ。いったいいつまで……と、彼は思ったがしかし、どういうわけかまた先ほどよりもその姿がはっきりとしている。寝巻から着替えたようで、ワイシャツを着ており、その顔をはっきりと見えている。

 ヤカンが沸騰する音した。幽霊はそれに向かっていき、彼の視界から消えた。ガスコンロのツマミを回した音した。コーヒーか紅茶か、器にお湯を注ぐ音も。


 ――あっ。


 と、彼は思った。あれらは夢ではなく、走馬灯のようなものだったのではないか。あれだけ自分を苦しめていた熱が、吐き気が、頭痛、喉の痛みが今は消えている。体が動くようになり、起き上がった彼が目の前で広げた手のひらは半透明で、そして全身が陽の光に塗りつぶされていく。

 あの幽霊は今やはっきりと生きた人間の姿形で忙しなく朝の身支度を整えている……。

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