お荷物を受け取りに伺いました
「お荷物を受け取りに伺いました」
昼下がり。家にやってきた配達員が笑顔で私にそう言った。しかし、荷物の集荷を頼んだ覚えはなく、私は首を傾げてしまう。何かの間違いじゃないでしょうか。私がそう尋ねると今度は配達員が首を傾げ注文票と切られる紙を取り出した。私がそれを確認させてもらうと、そこには確かに私の名前と住所が書いてあった。
「とりあえずこちらで集荷をお願いしたものはないですし、お引き取りいただけますか?」
「そんな! そんなことされたら私が上司に怒られちゃいますよ! 集荷できるんだったら何でもいいんです。家の中で何かいらないものはないですか?」
私は困りながらリビングに戻った。急にいらないものと言われてもなと思いながら部屋を見渡していると、2階から同居している姑が降りてきた。
「ちょっと、美津代さん。2階の雅人の部屋だけど、掃除が全然できていなかったわよ。最近、この家の中がちょっと散らかり気味じゃない? 新婚のうちは毎日掃除をして、家をピカピカにしておかないと、姑に怒られたものよ。全く今がこれじゃあ、この先思いやられるわ」
小言を言う姑を私はじっと見つめる。そして、私は配達員が言っていたこの家にあるいらないものという言葉を思い返していた。
*****
「ちょっと! 離しなさいよ!!」
配達員が複数人で家から姑を運び出していく。そして、姑をトラックに入れ終わったあとで、配達員は控えの伝票だけを渡して去っていった。
その日の夜。家から帰ってきた夫は自分の母親が集荷されたことに驚いたが、すぐに仕方ないと受け入れてくれた。それから私たちは久しぶりに夫婦水入らずで食事を楽しんだ。
「なんというか……機嫌がいいな」
夫からの言葉に私も驚く。いらないものを捨てることで気持ちがスッキリしたのかもしれない。夫は少しだけ複雑そうな表情をしたが、それでも良かったねと微笑むのだった。
「お荷物を受け取りに伺いました」
それからというもの、不定期に例の配達員が家に来るようになった。私は前と同じように集荷を依頼してないと断りを入れつつも、それだとかわいそうだからと念の為家に戻っていらないものがないかを確認した。改めて自分の家を見渡してみると、それほど必要ではないものが意外と多いことに気がつくから不思議だ。
夫側の親戚からプレゼントされた食器。たいして仲良くない友達の結婚式でもらった引き出物。昔集めていたご当地キーホルダー。
私は配達員が来るたびに要らないものを受け取ってもらった。家の中からはどんどん要らないものがなくなっていき、家の中はどんどんきれいになっていった。夫はその様子を見つつ、なにも口を挟まなかった。唯一夫が大事にしていたプラモデルのコレクションを捨てたときは泣いて悲しんだ。しかし、お義母さんがいなくなった時は泣かなかったのにと指摘すると、ばつが悪そうな表情を浮かべたまま何も言わなくなった。
要らないものを捨てると言うことは快感だった。自分自身が身軽に、そして綺麗になっていくようだった。私はいつしか配達員が集荷に訪れることを心待ちにするようになっていた。
「お荷物を受け取りに伺いました」
家の中から要らないものがほとんど無くなった頃。いつものように集荷に訪れた配達員を、私は笑顔で出迎えた。
「今日集荷して欲しいものは決まってるの」
そう言いながら私は配達員を家の中へ案内する。リビングには、集荷しやすいよう紐で手足を縛った夫が転がっていた。私は配達員に、今日はこれを集荷してくれる?とお願いした。配達員は頭を下げ、応援を呼んで、夫を担ぎ上げる。
「どうして!? お前がこんな馬鹿なことしてても俺は何も言わなかったのに!!」
担ぎ上げられた夫が叫ぶ。
「何も言わなかったから、別にいてもいなくてもいいかなって思ったの」
夫が呻き声を上げながら運び出されていく。夫がいなくなった家は広々としていて、一人では持て余すほどだった。もう捨てるものはない。そう自分の中で納得すると、不思議なことにそれっきり配達員が集荷に訪れることは無くなったのだった。
*****
再び例の配達員が家にやってきたのは、不要なものに囲まれた生活をすっかり忘れた頃だった。
「荷物をお届けに参りました」
ネットで何かを買った記憶はないし、私は首を傾げる。すると配達員は申し訳なさそうに説明してくれる。
「以前、各家庭から様々な不要なものを集荷していたんですが、とうとう弊社の倉庫がパンクしちゃいまして……。なので今は、色んな家を回って、不要なものをお届けしているんです。
あ、安心してください。前に集荷した不要なものが戻ってくるわけではないです。あくまで他の家庭が不要だと思って集荷を依頼したものをお届けするようになってます。ほら、他の家では不要でも、別の家では必要ってことは往々にしてありますからね!」
そういうと配達員は、私の反論も聞かないまま、伝票の内容を確認する。それから彼はにっこりと笑い、その伝票を私に手渡した。
「えー、本日は他の家庭で集荷した、『最強モラハラ姑』をお届けに来ました。もちろん受け取ってもらえますよね?」