表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

黒髪の勇者、アレク

終わりは、始まりだった。

朝と夜は繰り返され、永劫の時を生き続ける。


そこにも、願いはあった。

神が住まいし限りなく遠く、果てしなく近い最果ての地。


願いは、どこにでもあった。


命は、願いだった。


未来は現在になった。

現在は過去になった。


そうしてまた、何時しか命が産まれた。


光は、闇に包まれ、太陽が昇り、月が昇る。

星は、光だった。

命は消え、星になった。


空は青く、果てしなかった。

世界は悠久だった。


例えヒトとマが違えたとしても、同じであることを願った。


命は喜び、悲しみ、寂しさを覚えた。

命は願い、祈った。


共に必ず、願いがある。


共に、希望を抱き、絶望に抱かれる。


寝て見る夢、現実に見る夢。


過去は、現実だった。


未来は、過去だった。


儚い輝きは、未来へと続いていた。


命は、輝いていた。


ヒトは、強かった。


命は、儚かった。


ヒトは、弱かった。


ヒトは、雨を凌ぎ、太陽を凌ぐ術と知を身につけた。

ヒトは、獣だった。


命として、そこにあった。


雨に濡れ、太陽に灼かれても。

獣は、獣だった。


静かに、音も無くただ、大地を包み込んだ。

闇は夜でもあった。


静かに、音も無くただ、大地を照らし続けた。

光は星でもあった。


命は、光と闇の獣だった。


光と闇だった。

命は、命だった。


月が昇り、太陽が沈む。

命は命を作った。

太陽が昇り、月が沈む。

命は国を作った。


ヒトとマの境界は薄れ、何時しか光と闇は混じり合った。

何時しか、命は神の手を離れた。


神はその都度、相応しい名を与えた。

ヒトとマは交わり、様々な命を産みだした。


神はそれに、マと言う名を与えた。

それは生み出し、使役する事ができた。


それもまた、紛れも無い命だった。

一つ、命が産まれた。


神はそれに、ヒトと言う名を与えた。

それは感じ、見、知る事ができた。


それは紛れも無い命だった。

一つ、命が産まれた。


それは紛れも無い命だった。


神は光と闇を生み出し、大地を作り水を育み炎を抱き過ごした。

限りなく遠く、果てしなく近い最果ての地。


古の神との忘れられた契約。

始まりは終わりだった。

勇者、と呼ばれた少年は、王都カルミアの、その城の裏門を見上げていた。

母マリーと、1度だけ見た正門とは比べ物にもならない位、質素な鉄城門。

「勇者アレク様。この様な場所からのご案内、お許しください」

アレクは、気にしないで欲しい、との思いを込めて

ゆるゆると首を横に降った後、声を掛けてくれた王立騎士団の

騎士団長に向かい大きく頷いた。

「勇者アレク、王様のお召に従い喜んで参りました……お目通り、お願い致します」

騎士団長は背筋を伸ばし、は、と良く通る声で応えてくれた。

そして、門兵らしき2人へと交互に視線を向け深く頷いた。

言葉は、無い。

重く錆びた、ギギ、と言う音だけが響き、たっぷりと数秒かけて、道は開かれた。


「良く来てくれました、勇者アレク」

「お…王様!? どうしてこんな所まで…!」

先に声を上げたのは、アレクでは無く騎士団長だった。

裏門の警備に当たっていた二人も、動揺を隠せないでいるのか

大きく息を飲む音、そして思わず噎せ返る様な声がアレクの背後から聞こえた。

「待ちきれると思いますか、騎士団長。私がこの日をどれ程心待ちにしていたか…」

「し、しかし…」

「アレク、今日貴方をここへ呼んだのは何故か…わかりますね?」

国王は、騎士団長の驚き等気にもせず、アレクの方へと向き直り声をかけた。

アレクは呆気にとられた侭、どうにか、はい、と返事を返し大きく頷いた。

「魔王が蘇り、世界を滅ぼそうとしています。前勇者…貴方のお父上の封印は残念ながら…」

国王の語尾は、だんだんと小さくなっていく。

アレクは、失礼だとは知りながら、王様、と声をかけた。

「僕は確かに、父さ…父は、立派な勇者だったと母マリーから聞かされて育ちました。しかし、魔王を倒したその父も、完全では無かった、と言う事も同時に聞かされています」

「…そうですか」

国王は少しほっとした様に、漸くアレクに笑顔を向けた。

眉間に皺を寄せた様な険しい表情が似合わない、優しさを湛える国王のその笑顔に

アレクも思わず微笑んだ。

「はい。ですから、気を遣わないでください…父が、前勇者アレックスが、魔王を倒しきれず封印するに止まってしまったのは紛れもない事実です」

コホン、と咳払いを一つ落とし、アレクの言葉を遮ったのは騎士団長だった。

「王様、勇者アレク殿…流石にこの様な場所での立ち話はここまでにしませんか? 王様、執務室へ…」

「いえ、構いません。アレク、今の貴方に多くの言葉をかける必要は無いでしょう…改めて、勇者アレク。今度こそ…魔王を倒して、世界の平和を守ってください。お願いいたします」

王は、笑みを消し語気を強め…そして、頭を垂れた。

アレクも騎士団長も、見張りの騎士達も、慌てて頭を上げる様に国王に懇願する。

頭を上げ、ふふ、と国王は少し悪戯めいて笑って、ぽん、とアレクの肩に手を置いた。

「頼みましたよ、選ばれし者…勇者アレク。母君への挨拶と支度が住んだらカルミアの城下町の冒険者ギルドを訪ねると良いでしょう。一人では危険ですからね。既にお触れを出してありますから、大勢の人が押し寄せているかもしれませんが…」

「あ…そうですね、母にも一度戻って欲しいと言われていました。後で、必ず立ち寄らせて頂きます」

アレクは深々と頭を下げ、国王の優しそうな笑顔を見上げた。

「王様、本当にそろそろお戻りに…勇者様、一度小屋へお戻りになられるのですね?」

騎士団長は気が気でないと言った様に、ため息をついてから、アレクへと声をかける。

アレクは頷き、帰りは一人で大丈夫だ、と告げた。

了承と捉えて良いのだろうか、騎士団長は頷いたが、駄目です、と国王が遮った。

「城の中に危険はありません。勿論、この裏門から貴方達の暮らす小屋迄の道もそうですが…」

アレクと母のマリーが暮らしていた小屋、このカルミア王国の外れにあるその場所は

王国騎士団の人間の中でも、極々一部にしか知られていない場所だ。

ひっそりと佇む城の裏の門から、まるで何かを隠す様に鬱蒼と茂った森の中の坂を上がって

二十分程度の場所にある、小さな小屋。

道の途中に倉庫の様な物置が設置されており、必要な物があれば手紙に認めておくと

食料と共に届けておいてくれる、と言う仕組みになっている。

アレクが小さな頃はマリーがそこまで出向いていたが、いつからか運動や鍛錬を兼ねて、アレク自身がその役割を担っていた。

だから、慣れた道、慣れた景色。

勿論、城まで来る事は滅多に…否、殆どなかったが、危険が無い事はアレクも十分に知っている。

「何事も油断は禁物、ですよ、勇者アレク。時にそれは命取りにさえなりかねない…騎士団長、勇者を送っていって下さい。私は大丈夫ですから」

「…わかりました」

騎士団長は観念したかの様にため息を吐いた。が、しかし国王の言うことも尤もだと思ったのだろう。

アレクの方へと向き直り、にっこりと微笑んだ。

「確かに、王様の仰る事はご尤もです。今はこの裏門からしか道は通じていませんが、昔は抜け道を利用して魔物が入り込んだ事も確かにありました」

「え!? し、城の敷地内に…ですか!?」

「手引きをした者が居た…と言うか、まあ…我々の落ち度、と言えばその通りなのですが。これだけ厳重にしたのには、それなりの理由があっての事、と言うのを失念しておりました…失礼いたしました、勇者様」

騎士団長は謝罪と共に頭を下げる。

先ほど、一人で戻らせようとした事に対する謝罪なのだろうが、アレクは慌ててやめて下さい!と叫んだ。

何故今日はこんなに何度も、大人に頭を下げられなければならないのか…。

はあ、と大きなため息を吐き、アレクは大丈夫です、と告げた。

「勇者アレク、私達は、魔物だけを警戒しているのではありません」

「王様? それは、どう言う…?」

騎士団長とアレクのやりとりを聞いてか、神妙な面持ちで国王は言葉を続ける。

「人にも、気をつけて下さい。謀り、裏切り…それは、魔物よりも時に恐ろしい物になる可能性もある。それから…体、命は…大事にして下さい」

「……」

「……」

アレクだけで無く、騎士団長までもが押し黙る。

前勇者…戻らなかったアレクの父、アレックスの事を言っているのか。

それとも、騎士団長にも…国王にも。

大事な者を亡くした経験でもあるのだろうか。

アレクは、俯く様にゆっくりと頷くしか出来なかった。

「さ、さあ、勇者様。本当に生きましょう。マリー様にご挨拶もしなければなりません」

「あ、は、はい!」

重くなった空気を払拭する様に、騎士団長が大きな声でそう言った。

「では、私も戻ります…たまには、顔を見せてくださいね、アレク」

「はい!」

国王の後ろ姿を見送り、騎士団長とアレクは裏門から山道へと出た。

見張りの騎士達が、厳重に施錠するのを見、アレクは少し寒気を覚えた。

どこからか入り込んだ魔物…そして、人の恐ろしさ。

過去に何があったのだろう。何かが、あったからこそ…今の安全があるんだろう。

アレクは道すがら、騎士団長に聞いてみようかとも思ったが

それは何となく聞いてはいけない気がした。

そして…答えてくれないだろう事も、何となく解った。

「勇者様」

「は、はい?」

「前勇者…アレックス、様のお話は、マリー様から聞いていますか?」

「父の話ですか? ええ、それは、まあ…何故ですか?」

「いえ…」

「?」

「勇敢で、立派な勇者だ、と言う事は私も知っています。勇者様は、アレックス様の事を、覚えては…」

「あー…いえ、僕は、母の話でしか、父の事を知らないんですよ。物心つく前に離しちゃってごめん、て、良く母に謝られました」

「……」

「でも、話は一杯聞いています…惚気、とも言う気がしますが」

成る程、と騎士団長はクスリと笑う。少し空気が解れた気がして、アレクはほっとした。

「僕が生まれた時に大はしゃぎした話とか…寝かしつけを頼んだら、同じ格好で寝てたとか」

アレクは、こみ上げてくる笑いを堪える事が出来ず、クスクスと声を零した。

マリーから聞くアレックスの話は、脚色を加えているのだろうが大抵コミカルで

とても、強大な魔王を封印した、と言う勇敢な人物像とは結びつかない物も多かった。

そんなエピソードを語りつつ、アレクと騎士団長はゆっくりと、小屋迄の道を進んでいく。

「それでも父は、勇敢だった、素晴らしい勇者だった、と…母は締めくくるんです」

「そうですね。貴方のお父上、アレックス様は…確かに魔王を倒した。それは、紛れもない事実ですからね」

どこか誇らしげに、しかし、小さな声で騎士団長は言葉を続ける。

「…とても勇敢な男でした。私のライバルでもあり…憧れでした」

「え?」

アレクは、一瞬、何を言われたのか解らなかった。

はたはたと瞳を瞬き、思わず足を止め、騎士団長のその緑の瞳を見上げた。

「誰もが憧れた、と言うだけの話ですよ。金の瞳に金の髪、その神々しい姿に。そして…魔王を倒す、等と言う、雄大な使命を小さな背に負って居るにも関わらず、堂々としたその佇まいに」

騎士団長は、アレクの足を前へ促すかの様、ゆっくりとだが歩を進め続ける。

アレクはその背を追って、また、話を聞き漏らすまいと、小走りに騎士団長について行く。

「私も、彼…アレックスの事は、少しだけですが…知っています」

「え、そ、そうなんですか!?」

騎士団長は、まっすぐに前を見据えながら、歩むスピードもその侭、ぽつぽつと言葉を続ける。

「本当に少しだけ、ですよ…彼が旅立った時、私はもう物心のつく年齢でしたから」

マリーから聞いたことがあった。

アレックスもまた、この国から送り出された勇者で有り、これからアレクが訪れようとしている

冒険者登録所で、マリーや、その仲間と出会ったのだ、と言う話。

「そうですよね。騎士団長様は、その頃…」

「ええ、まだただの騎士の一人でしたが、騎士団には所属していましたから」

「あの…冒険者登録所には、登録されなかった、のですか…」

聞いてから、アレクはしまった!と、息を飲んだ。

今この人がこの国にいる、と言う事は…アレックスは、彼を選ばなかった、と言う事だ。

アレクは申し訳なさそうに頭を垂れる。先の言葉が続かない。

「何を気にしていらっしゃるかは、だいたい想像がつきますよ、勇者様」

クスクスと騎士団長は笑い、大丈夫、と言いたげに、アレクの頭をぽん、と撫でた。

「騎士が登録してはいけない、と言うルールがあった訳ではありませんし、実際に彼について行きたいと考えた事もあります。ですが…俺にはもう、この国で守らなければいけない物ができてしまっていた」

「ご家族…とかですか?」

アレクはおそるおそる訪ねる。そうですね、と騎士団長が誤魔化す様に笑い、暫しの沈黙が流れた。

先に口を開いたのは、騎士団長だった。

「この国の騎士として生きると決めた以上、国王は勿論の事…国民の事も守らなくてはいけない。勿論、大切な家族も含めて…俺の世界は、ここだったんです。それに気がついただけですよ」

随分と感情の入った良い様だった。

普段は俺、って言うんだこの人も…とアレクは妙な関心を示しつつ、足を止めた。

丁度、小屋の前に着いたとたんに、キィ、と音がしてマリーが中から姿を現した。

騎士団長は、ハッとした様に息を飲み、一歩後ろへ蹈鞴を踏んだ。

「…?」

アレクは騎士団長からマリーへと視線を移し、あ、と大きな声を出す。

鞘から抜かれた微かに光を湛える剣を抱えたマリーが、それをアレックスへと差し出した。

「持って行きなさい、アレク。貴方のお父さんの形見…勇者の証。光の剣よ」

「!」

騎士団長が、ぐ、と眉間に皺を寄せる。

アレクはそれには気がつかず、そろそろとマリーの手から、光の剣を受け取った。

「いつ見ても思うけど、本当に、結構…ぼろぼろだね。太陽の下でみると尚更だ」

マリーは頷いて、真剣な面持ちでアレク、と声をかけた。

「でも、その剣が無いと、魔王は倒せないと言われているわ。その傷は、激戦の証。

貴方の父、アレックスが…人の命を落とした、証拠」

「…! そ、うだった、ね…」

アレクは欠けてしまった刀身を鞘へと収め、背へと括り付けた。

「解ってる。この剣は俺にしか…勇者にしか、扱えない。だから俺は、仲間と共に

この剣の修理をしてもらえる人も探さないといけない」

「…」

「…」

沈黙の中、悲痛にも近い面持ちで、騎士団長はマリーをちらりと見た。

マリーもまた、真剣な視線を返す…ふ、と小さく笑い、マリーは重苦しい空気を破る様にパン、と手を打った。

「さあ、お膳立てはここまで! もう行きなさい、アレク」

「え!?」

「私の役目は終わったわ。貴方を16歳迄育て上げ、立派な勇者として、この国から…光の剣と共に、旅立たせる…後は、自分の足で歩きなさい、アレク」

少し考えた後に、解った、とアレクは深く頷いて、騎士団長に、ありがとうございました、と頭を下げる。

「冒険登録所迄、送りしましょう、勇者様」

「騎士団長様、一人でいかせてくださいな」

「え? し、しかし…」

騎士団長の言葉を遮ったのはマリーだった。にっこりと笑って、少しお話ししたい事があります、と続ける。

「世界の裏側を少しだけ…アレックスの話を、聞いて下さいませんか」

「!」

アレクはどこかそわそわと、二人を交互に見ていた。

騎士団長はなにやら考え込んでいるし、マリーはただ、にこにことしている。

「どうせこれからは、仲間を見つけるにしたって、この子は一人で…自分の足で、自分の意思で歩んで行かなければならない。こんな安全な道ばかりでは無い。危険な道も、困難も…乗り越ええて行かなければいけないんですよ」

「確かに、その通りですね。何時までも我々がお守りするばかりで行かないという事は解っているんです。ですが、その前に勇者様…これを」

そう言って、騎士団長は、一本の剣を勇者に差し出した。

「私なりの選別です。古い物ですが、手入れは怠っていませんし、今の貴方にも使える大きさでしょう」

アレクは差し出された剣を受け取り、そのずしりとした重みに、一瞬眉を寄せた。

「私がまだ若い頃に使っていた、騎士団より支給された剣です。本当は規則違反なんですが

…」

「え!?」

「まあ、国王も許してくれるででしょう。貴方もまた、この国の国民だと言う証拠で有り…無事のお戻りを願って、託します」

「ほ、本当に良いんですか!?」

「その光の剣の状態では戦う事は出来ないでしょう…構いません、いえ、是非…連れて行ってやってください」

アレクは少し考えた後に、解りました、と、観念した様に頷いた。

「じゃあ…行くよ」

「あ…待って、これも持って行って?」

「え?」

しゅるり、とマリーは、自分の首から小さく華麗な花の模様のペンダントを外し

アレクの首にかけた。

「お守り…これ、私がアレックスから貰った大事な物なの」

「え…そんなの、貰えないよ」

「だから、貸すだけ…ちゃんと返してね」

ああ、無事に戻ってこい、と言う、母の気遣いなのか。

アレクは、ペンダントを握りしめ、大きく頷いた。

「わかったよ、母さん…お借りします。ちゃんと、返すからね…じゃあ、行ってくる!」

「ええ、気をつけて! 良い仲間と出会える事を祈っているわ! …私たちの、様に」

「! …お気をつけて、勇者様!」

マリーも、最後の小さく呟いた言葉は、アレクの耳には届かなかっただろう。

だが、騎士団長は聞き逃さなかった。

徐々に小さくなっていく背を見送り、ふう、と一息吐いた後、騎士団長はマリーを見据えた。

「貴女は…やはり、金の髪の勇者…アレックスと旅だった内の一人だったのですか、マリー様」

「立ち話も何でしょう? 中へどうぞ…漸く、お話出来る機会が来ました」

「色彩が違えば、印象はかなり違う…しかし、やはりアレクは…髪の色が黒と、アレックスと違うだけで…!」

騎士団長は興奮したように、その場で声を荒げた。

「小さな頃から、顔は、アレックスにそっくりだった!」

「それはお話したはずですよ、騎士団長様。彼は前勇者、アレックスと私の息子。勇者の証である金の瞳を持って生まれた、次期勇者…」

「そして…形見、か…アレックスは、もう…」

そして一転、声を潜めざるを得なかった。

光の剣は、アレックスの形見。

アレックスは、金の髪に金の瞳を持った、16年前、この国から旅立っていった彼は、もう…死んだと言う事だ。

「…紅茶でも入れましょう。さ、中へどうぞ」

マリーは、小屋の扉をあけ、騎士団長を中へ入る様、促した。

「貴女は、この国にアレクを連れて来た時に、一切を聞いてくれるなと言った」

「…ええ。アレクは間違いなく、勇者です。金の瞳を持ち、その手の平の紋様からは、微かに光が溢れていた。勇者の印…疑うべくも無い」

「…」

「だから、保護を願った。あの子が立派な勇者に育つまで。また、この国から勇者を旅立たせる事を約束する代わりの、お願いです」

「だったら、何故今になって? 俺に…何を話そうと言うのです」

「先程も申し上げた通りです。世界の裏側を少しだけ。アレックスと言う男の…思い出話ですよ、ネフライト様」

「勿論…名を名乗った覚えはありますが、覚えていて下さったのですね」

「それは愚問でしょう…嫌と言う程、その名はアレックスから聞いていますから…さ、どうぞ」

マリーは立ち話はもうおしまい、とばかりに、先に小屋の中へと足を踏み入れた。

騎士団長も、観念した様にそれに続く。

「実は、前もって国王様にお手紙でお願いしてありました」

「え?」

「貴方と二人で話す時間が欲しい、と…だから、今日、謁見から態々、一度アレクをここへ戻らせる様にお願いしたのです…貴方なら、送ってきて下さると思ったから」

「な…」

「だから敢えて光の剣も持たせなかったのですよ」

ふふ、とマリーは、悪戯めいて笑う。

「…貴方達は、見たらショックを受けるでしょう、あの、光の剣の欠けた刀身」

「! …勿論、知っている…んです、ね」

「敬語は結構ですよ、もう。アレクも旅立ちました。私の役目も、もう終わったのです」

「何か心配をしていらっしゃ…すまん、甘える。心配しているのかもしれないが、貴女の身柄は、我々がきちんと保証する。ここでの暮らしが不便であれば、城の中に部屋も用意させる」

「私が与えて頂いた家も、あの子が帰る場所もここです、ネフライト様。それは不要です」

「しかし…」

「これでも元冒険者…勇者の仲間の一人です。住まいや食料を与えて頂けるだけで十分ですよ」

そうだった、とネフライトは微かに身を乗り出した。

元、勇者の仲間…出で立ちからして、僧侶か、魔法使い系の能力の持ち主だろう。

はぁ、とため息を吐いて、ルベライトは首をゆるゆると横に振った。

「小さなアレクに貴女自身が剣の手ほどきをするのだと聞いた時は正気の沙汰では無いと思ったが…経験があったんだな」

「仲間に戦士が居ましたから。素振りのやり方、指南の仕方程度ならば教えてやれると思ったに過ぎません。事実、途中からは貴方に頼んだでしょう?」

「荒削りではあったが、基礎が出来ていた事には驚いた。だが…」

「勿論、十分では無いでしょうね。アレックスや貴方の様に、前任の騎士団長様に子供の頃から鍛えて貰った訳ではありませんから」

「アヤナスピネル様の事も知っているのか・・・否、当然か」

カチャカチャと小さな音がして、二人の前に紅茶が並べられた。

ふんわりとベリー系の香りが漂う。

「お嫌いで無ければ良いですが…ああ、アヤナスピネル様のお話も勿論、存じ上げております…とは言え、ネフライト様のお名前ほど、会話に上った事はありませんけど」

「…言いにくい事を聞く。一番聞きたい事だ。他愛も無い昔話に興じるのは悪くはないのだが…」

「解ってますよ。お忙しい身分なのも、それも…アレックスの最期、でしょう?」

「…」

暫しの沈黙が流れた。マリーは、優雅に何度かカップを煽り、一息吐いて、生きています、と囁いた。

「な…!?」

ネフライトは思わず、テーブルに手をついて立ち上がる。

ガタン、と音がし、紅茶のカップが倒れぽたぽたと、床に染みを作った。

マリーは、ネフライトを見つめた侭、もう一度、言った。

「生きていますよ、アレックスは…でないと、どうやってあの子が生まれるんです?」

「し、しかし! 貴女は、確かに光の剣はアレックスの形見だと…!」

「勇者アレックスは死にました」

「!?」

「でも、アレックスは生きています。動けない、話せない、目も見えない…でも」

「そ、それは、どう言う…!?」

「絡繰りはね。私にも解らない…言ったでしょう、世界の裏側を少しだけ…私に話せるのは、ここまでです」

「そんな事…!!」

ぽた、ぽた。

紅茶がどんどんと、床の染みを広げていく。

だが、二人は見つめあった侭だった。

「私だって、答えもわからないし、納得も理解も出来ません。ですが…嘘は申しておりません」

「こ・・・国王に、報告させて貰う…ぞ、この話は…」

「どうぞご自由に…一切を聞いてくれるな、とは言いましたが、自分から話した事ですから」

「…」

ふらふら、と騎士団長は、小屋の出口へと歩を進め扉を開けた。

「ネフライト様」

「…何だ」

振り返りもせずに、ネフライトは震える声で答えた。

「大いなる勘違いを、なさいません様…」

「…?」

いつの間にか背後へとやってきていたマリーは、笑顔でその扉を閉めた。

「あ…」

ネフライトは、暫く小屋の入り口に佇んでいる様だった。

マリーは注意深く物音を聞き、鎧姿のその足音が遠ざかるのを確認してから、はあ、と大きくため息を吐いた。

「あー…疲れた。やっぱ騎士団長様、となると緊張するな…さて、あらら、染みになっちゃったかな」

割れなくて良かった、と、ネフライトが倒したカップと自分の分を洗い、軽く床を拭く。

「そりゃわかんないよねぇ…私だって、わかんないもん」

ふふ、と少し楽しげにマリーは笑う。

「…さようなら、私の勇者。きっと、もう…いえ、また、後で、だね」

さて、と、ぐぐ、と大きく伸びて、マリーはうん、と頷いた。

「一先ず…『マリー』の仕事は終わりね…アレックス、どうしてるかな」

ゆらゆらと、小屋の中に視線を泳がせる。ふ、と少し寂しそうに笑って…マリーは、シュルシュルと煙の様な物に巻かれて、その場から姿を消した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ