動き出す世界の運命
天井には国の繁栄ぶりを示す豪華なシャンデリアが吊るされ室内に明かりを灯す。パラディン城の玉座の間に設置された長い机の上に所狭しと並べられるのは様々な資料。
それに目を通すのはパラディン王国を政治の面から支える文官たち。そんな彼らと共にこの会議の中心にいるのはパラディン王国現国王、ルーデ・パラディンである。
「以上で定期報告を終了致します」
「うむ、ご苦労であった。下がってよいぞ」
報告を終えた兵士は一礼すると王の命令通り退室した。
兵士が退室した後の室内では誰も言葉を発さず静寂が流れる。今しがた上がってきた報告に余程驚いたのだろう。
それもそのはず、なんと人間族領内への侵攻を取り仕切っていた将軍・デュランの敗戦を受けて魔族軍が人間族領内から全面退却したのだから。
「よもや魔族四天王の一角。将軍・デュランが倒されるとはな」
アルテ王国を支配していた将軍・デュランの敗戦。そしてアルテ王国の解放。パラディン王国が誇る剣聖アイリン・スーザンを擁しても成し遂げられなかった偉業である。
「信じられぬ、これは真の情報なのか!?」
動揺を堪えきれずに口に出す文官。
「間違いない。現にアルテ王国は解放されたのだぞ?五年前我々が成し得なかった事を。報告によればたった一人の青年がやってのけたようだ」
そう言うのは他でもないパラディン王。五年前に無念にも命を落としたアルテ王に報いるため、欲を言えば自分たちの手でアルテ王国を救済したかったがそれももう叶わない。
どこの誰だかは知らないが、今は国の解放に素直に喜ぶしかないのだ。
「して、その青年の素性は誰も知らんのか」
「はい、復興をしばらく手伝った後にすぐ国を発ったらしく・・・申し訳ございません」
「よいよい。そう謝るな」
パラディン王は腕を組み考え込む仕草をみせる。
「この件はひとまず置いておこう。それより今最も重要なのは転移者たちの訓練の進み具合だ。軍指揮官はおるか?」
「はい、ここに」
軍服を着込んだちょび髭がトレードマークのイケおじが手を上げる。
「どうじゃ。彼らの素質は」
「そうですね。前の世界では戦争などは無かったようでして戦闘経験は皆無。ろくに剣すら握ったことない者の集まりです」
想定よりも厳しい現状に思わず顔をしかめるパラディン王。
「しかし、特筆すべき点が」
「ほう、申してみよ」
「はっ。見事なまでに全員が健康的な体格をしております。そして以前の世界で日頃から運動などの授業を行っていたらしく体力もあります。今王国で出している食事をなんの疑いも無く口にしている事から前の世界では食材に毒が混入したり食材自体が腐っている危険が無い。飢えや流行病などの恐れも少なく、殆どの人間が満足に食事を取れていた世界だったようです」
飢えや流行病に恐れずに暮らせる世界。
そんな夢のような世界があるのか、パラディン王は耳を疑った。
「飢えに苦しまなくてすみ、誰かに毒を仕込まれる危険も無い世界・・・」
一つ一つの言葉を噛み締めて呟く王様。
アルデミランには戦争があり、種族同士の対立は表面上無かっとはいえ、心の隅には自分たちの種族が上という想いが常に存在する。よって密かに水面下では他種族同士で牽制しあい、表沙汰には公表しなかったが稀に所属不明の刺客が王の首をもしくは国の重鎮の首を狙いに来た事があったのだ。
「羨ましい世界じゃの。こことは大違いだ。」
「はい、心の底からそう思います。」
「アルデミランもいつかそうなってくれると願っておるのですがね」
「そうじゃの。では、お喋りもここまでにしてそろそろ会議の続きをするとしようか」
「はっ!」
いつの日かこの世界に築きたい。
武器を必要としない、飢えに苦しまなくて済む平和な世。
まだ見ぬ理想の桃源郷を脳内に描きながら、パラディン王たちは途中で止まっていた会議を再開したのであった。
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ここは人間族の領土であるユーレイラ大陸から一番近い大陸であるバルハン大陸。元は人間族が治めていたのだが魔族軍の侵攻によってみるみる土地は侵略され、大陸で栄えていた国々も屈強な魔族軍の前に為す術なく無惨にも敗戦を喫した。
そして大陸で暮らしていた過半数を超える人間が殺され。残った者は身分関係なくみな揃って奴隷におとされた。
その待遇は劣悪を極め流行病にかかったとしても放置。食事は日に一度支給されるカビが生えたパン一個を衛生管理など一切されていない井戸から汲んだ水で無理矢理流し込む。
魔族にとって人間の奴隷への認識は、”壊れやすいが使い潰しの効く道具”に過ぎないのだ。
そして大陸の中心に位置しバルハン大陸を統べし魔族軍四天王が居城を構える元バーランデー公国王都。
バルハン大陸で一番高い武力を誇った国で、剣聖アイリン・スーザンと双璧をなすとされた戦帝カイロス・バーランデーのバーランデー家が統治していた国であった。
しかし、戦帝カイロスは残念ながら魔族が侵攻してくる半月前に亡くなっていた。そして国を上げての盛大な葬式を行っている最中にタイミングを見計らったように攻め込んできた魔族軍にまともに対処出来ず。
戦帝の後継者と言われたカイロスの孫娘レナワード・バーランデーの奮戦虚しく王都は占領され、とどめと言わんばかりの現当主の戦死を受け敢え無くバーランデー公国は降伏したのであった。そして残されたバーランデー家の者たちは城の地下深くへと幽閉されてしまった。
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室内を照らすのは一本の巨大な蝋燭のみ。窓は無く、外の光を遮断するかのように頑丈なレンガを積み重ねて築かれる壁。
部屋の中では大きな二つの椅子に座る二人の魔族。怪しく揺らめく漆黒の炎をその火を瞳に映し、部下の報告を受けている。
「ひゃっはー!あいつ死んだんか?まじでウケるわ」
将軍・デュランの死を聞き、腹を抱えて笑うのは同じ魔族軍四天王の一角暴虐のエスラム。
奴隷たちの待遇を定めた張本人。
マグマのように燃えたぎる瞳を輝かせ無邪気に笑う様はどこか幼く感じる。
「あいつは弱いくせに態度だけデカかったからなぁ。俺は嫌いだったんだよ。死んでくれて清々するわ」
「で、誰に殺られたんだ?人間か?」
「その通りでございます。その者が誰かはまだわからないのですが人間に殺られた、とだけは判明しております」
「情けねえな、デュランのアホは」
死んだ同胞を笑い飛ばしながらエスラムは片手で回すワイングラスに入った、己の瞳の色と同色に彩る液体を一気に飲み干した。
「エスラム様、撤退させた兵たちの処遇はいかがなさいますか?」
「あー?兵士?」
「左様でございます」
「確か人間族領を攻めてたのは全部デュランの兵だったよな。なぁ、エムルソン?」
エスラムが問い掛けたのは隣の椅子に座るもう一人の四天王。エスラムの片割れと揶揄されている冷徹のエムルソンという魔族。
彼らは二人で一つ、一心同体でその容姿はエスラムと瓜二つ。違うのはその瞳の色。深海の如き濃い青色をしてその瞳に飲み込まれたら最後、海の底へと引きずり込まれそうな錯覚に陥る。
「うんー。そうだよー」
「そんなもん全員まとめてユーレイラを攻めさせろ。人間族すらまともに殺せねぇあんな腑抜けどもは俺らの軍に必要ないからな」
「はっ。ではそのように」
そう言って部下は退室。
二人きりになった室内で未だに不気味な笑みを浮かべるエスラムにエムルソンが話しかけた。
「エスラムー。なんかー楽しそうだねー」
「そりゃあ楽しいさ。やっと四天王を倒す奴が出てきたんだ。殺したのはたかがデュランだが、ちったぁーこの渇きを満たしてくれるだろ」
空になったグラスに再び真っ赤な液体を注ぐエスラム。その液体はワインにしては色が濃く濁っており周辺に漂うのは鉄の匂い。
「ああ、待ちきれねぇよ。ヘル・アスダークの連中がうるせぇから大人しくバルハンに篭ってやってるが・・・もう十分だろ」
「僕は知らないよー」
そっぽを向きテーブルに置いていた何かの干し肉を食べ始めるエムルソン。
「デュランなんていう雑魚は四天王の穴埋め枠だ。これまでにない絶望をこのエスラム様が味合わせてやるからな、人間よ。くっ・・・はっーはっはっは!」
天井を見上げ高らかに笑うエスラムの声がしばらくの間室内に響いていた。




