ゾンビパニック!
アルテ王は焦っていた。
剣聖の敗戦、押し寄せる魔族軍、そしてこの国の行く末。
募る国民の不安、不満も対処しなければいずれ暴動が起きるであろう。ただでさえ劣勢の戦局の上に国内での暴動なんて起きてしまった日にはそれこそ内部崩壊し、国として終わりを迎える。
大なり小なり様々な問題が山のように増え、積み重なり蓄積する疲労は自分でも恐ろしい事に計り知れない。
ここは王の寝室。
一国の王にしては豪華なベッドや家具は無く、控え目な寝室だ。
自分の寝具など最低限で良い、浮いたその分を国の運営、民に歓迎するのだ。これがアルテ王の考え、浮いた予算はしっかりと国の運営に回され活かされている。
そういった民第一の姿勢が国民に好かれる、支持を得る所以。
「とにかくだ、とにかく剣聖様が立て直されるまで持ち堪えなければ・・・!?」
不意に察知する気配。
「何者じゃ」
誰もいないはずの部屋の隅を見据え言い放つアルテ王。
返ってこない事を望む。が淡い希望は儚く散った。
「ほぅ・・・我の気配を察知するとは。流石は一国の主だな」
暗闇から姿を現したのは魔族特有の大きな角に軽く人間の倍以上はあろう巨躯。そして纏う鋼の鎧。放たれるオーラは凄まじく、自身が目にしてきた歴代の実力者の中でも飛び抜けている。
「我の名は将軍・デュラン。魔族軍総大将である。アルテ王、貴様は既に理解しているのであろう?この戦はもう詰んでいるとな」
「・・・」
核心を突くデュランの言葉にアルテ王は黙り込む。
反論のしようが無いのだ。援軍の望みは薄れ、孤立無援状態に陥った我がアルテ王国軍。戦争を長引かせ
れば長引かせる程に犠牲者は増えてゆくのみ。
「・・・降れ、アルテ王よ。さすればお前の愛する国民には手を出さぬと約束しよう」
悪魔の誘惑。デュランの掲示した内容に一瞬流されかけるが、すんでのところで踏み止まる。
「・・・協定を破って攻めてきた貴様らをどう信じろと?我々はまだ戦うぞ」
「・・・」
「さっさと去るがよいわ!」
と言って威嚇するアルテ王。しかし、一転してデュランを引き留める。
「去る前に一つよいか?」
「言え」
了承するデュラン。
「魔族共よ、何故協定を破った?」
「答える義理など無い。ただ言える事はある」
「なんだ」
「お前たちがのうのうと日々を過ごしている間に我々の牙は常に研がれていたのだ」
「今一度問う、アルテ王よ。我らに降るか?」
再度の降伏要求。しかし、王が一度決めた事は簡単に覆してはならない。
「舐めるな魔族よ!我らが貴様らに降伏するなど絶対にありはせん!」
「そうか、残念だ。アルテ王、お前のその決断がこの国に災厄をもたらすぞ」
そう言って室内に強風が吹き荒れアルテ王は思わず目を閉じる、そして再び目を開いた時には既にデュランの姿は無かった。奴が居た痕跡を何一つ残さずに。
アルテ王はデュランが去り際に告げた言葉に一抹の不安を覚えながらも眠りにつくのであった。
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翌日、今日は何故か魔族軍が開戦前の配置まで軍を撤退させた為に国内には緩い空気が流れていた。
そして太陽が真上に登る昼。
ここは戦争の犠牲者が眠る共同墓地。そこには毎日亡くなった者の家族、恋人がやって来ては悲しみの涙を流し帰ってゆく。
本日も一人の女性が軍人としての務めを果たし戦死した旦那を弔いに墓地へと訪れていた。汲んできた水でタオルを濡らし墓石を磨く。まだ結婚式を挙げたばかりでの夫の訃報に未だ心の傷は癒えない。
「あなた、もうすぐ剣聖様が来てくださるらしいわ」
そして女性が墓石を磨いていた雑巾を洗う為に後ろを向いた瞬間、地面から手が生え出す。
「えっ?」
なんと夫の墓からゾンビが現れたのだ。
皮肉にもそのゾンビは亡くなった夫であった。
白目を剥くゾンビは女性の姿を認識すると間髪入れずに飛びかかった。
「うがああぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ!あ、あなたぁ!?や、やめてぇ!」
”生”を求める屍は元妻だった女性の喉元へ噛み付きその血肉を喰らう。
「ぎやぁあぁぁぁあぁ!!い、いだい・・・・・・あ、あな・・・た・・・・・・」
女性は息絶えた。しかし、尚もゾンビは女性に喰らいつく。まるで”生”に縋るように。
「おいおい、なんだ今の悲鳴はって・・・!?お前!何やってんだ!」
大量の血を流し倒れる女性を見て走り出す男。墓を飛び越え一目散に女性の元へと向かう。
・・・が。
「うぉっ!?」
男は派手に躓いてしまう。何故だろう、ちゃんと墓石は回避したはずなのに、と男の脳内で疑問が生じる。
「・・・ん?」
そして男は気付いた。右足首に感じる冷たい手の感触に。
恐る恐る足元に目を移す男。するとそこには地面より突き出たボロボロに腐り果てる手が男の足を掴み、崩れた地面の中からゾンビの冷たい目が己を・・・獲物を見据えていたのだ。
男は周りを見渡す。
「あぁ、終わりだ。この国は・・・」
次からまた次へと地面より這い出る無数のゾンビたち。
潤う事など二度とない”渇き”、もがき苦しむ彼らは潤いを求め街へと雪崩れ込む。
たちまち国は大混乱に陥り各地で火災が発生し火柱が上がる、と王国の空は一転、黒煙で覆われてしまった。
その光景はこの世の終わりを連想させ、まさしく王国は地獄と化したのであった。
そしてこれ見よがしに総攻撃を仕掛ける魔族軍。逃げ惑う人々の救援、ゾンビの駆除に追われアルテ王国軍には魔族軍に応戦するだけの戦力、気力共に残されていない。
日が傾き始めた頃、遂に魔族軍はアルテ城にまで辿り着き、手薄くなっていた城の警護はあっさり突破され王族は捉えられてしまった。
そう、つまりアルテ王国はゾンビの出現からたった半日で陥落したのである。
────翌日────
大広場に集められた生き残った国民、そしてそこから全てを見渡せる舞台に横一列に並べられた王族。
「我は魔族軍大将、将軍・デュラン!この国を救いに参った」
一歩前に出るとデュランと名乗る魔族軍の指揮官は国民に向けて言った。
「剣聖が来ないと知ったアルテ王は我ら魔族に罪をなすり付け自分たちだけ逃亡を図ったのだ!」
王族へと罪を擦り付けるデュラン。
「け、剣聖が来ない!?」
「王様は俺たちのことを騙してたのか!」
まんまと乗せられる国民。彼らは憔悴しきっていたのだ。目の前でかつての家族が喰われ、そしてゾンビとなり自分に襲いかかってくる。誰かに責任を追求しなければまともに精神を保てない。
「そうだ」
短く肯定するデュラン。
「そ、そんな王族・・・消えて当然だ!」
「ああ!殺してくれ!」
徐々に波紋してゆく殺意の衝動。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
鳴り止まないコール。騙されているとは言え、自分が愛していた民からの仕打ちにアルテ王を含む王族たちは心を折られてしまう。
「ゼ、ゼラルカだけは見逃してあげてください!お願いします!」
「俺からも頼む!この通りだ!」
這いつくばって必死に娘の処刑取り消しを乞う夫妻。
「・・・ふむ。まだ幼子であるのか・・・よかろう。この娘の処刑は取り止めとする」
「それにお前は・・・前魔王の・・・」
幼子に情けをかけ処刑の免除を決めたデュランはゼラルカの父を見詰め、意味ありげに何かを呟いた後すぐに視線を戻し、ゼラルカの拘束を解いた。
「いやぁぁ!お父様ぁ!お母様ぁ!私を遺して逝かないで!私も一緒に!」
解かれた拘束を確認して安堵する夫妻。今後に娘に降り掛かる苦難を考えると心が痛むが、何よりも娘の命を優先したのはやはり親
「ゼラルカ、そんな事言わないで。あなたはいつの日か絶対にこの国を背負って立つ子なのよ。大丈夫、必ずあなたに手を差し伸べてくれる人が現れるから・・・その時までの辛抱よ」
家族に残された時間は僅か。母は娘に涙を流しながらも最後の言葉を伝える。
「お母様・・・」
「それじゃあ、そろそろお別れね。愛してるわゼラルカ」
「ごめんな、もっと一緒にいてあげられなくて。シズカちゃん一家、ジャルおじいさんたちと仲良くな」
「お父様・・・!」
今、ゼラルカの父が挙げた者たちはこの処刑に猛反対した為に外出を禁じられ自宅にて軟禁状態である。
「では、始める!」
デュランは片手で握る巨大な斧を一気に振り下ろす。
跳ね飛ぶ首。
「あ、あぁ、・・・あぁ・・・いやああぁぁぁぁあぁ!!」
無情にもゼラルカの悲鳴が響く。
執行された王族の処刑。失った命は二度と戻らない。両親を目の前で失ったゼラルカは国民からの罵声を浴び、石を投げられながら覚束無い足取りでジャルの居酒屋へと歩いた。
それからのアルテ王国は国内に入り込んだ魔族軍によってゾンビ狩りが始まり、ゾンビたちの侵入を防ぐ巨大な壁の建設にも着手された。
魔族軍の手際は良く、対応も凄まじく早い尚且つ的確。それは元より想定して備えてあったかのように・・・。




