王太子妃になった公爵令嬢です。殿下には愛する人がいますが、わたしは次期王妃として国のために頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
わたしはこの国の公爵家の一人娘として生まれた。
小さな頃に王子との婚約が結ばれた。
国王には王子は一人しかおらず、最も力のある公爵家を後ろ盾につけようという全くの政略だ。わたしとの婚約が調い、王子は立太子した。
王太子とわたしは二つ違い。
わたしが16歳になった年、王太子と婚姻した。待ち望んだ若き王太子と美しい公爵家の姫の婚姻に、国を挙げて華やかな式が行われた。
王太子には婚姻前から愛する女がいた。
それは構わない。わたしは妃となるために育てられ、王太子もわたしが妃であることを否定する気はないのだから。
第二妃としてその女を城に入れると王太子はわたしとの婚姻前から言っている。
構わない。法に基づいて正妃であるわたしが子を産むまで待つのなら。
夫となった王太子は、決められた日にだけわたしの元を訪れ、義務を終えると次の閨までわたしの元へ訪れることはなかった。
婚姻から2年後、わたしに子が生まれた。
王子だった。
◇◇◇
王太子と第二妃の婚姻は王子が生まれてほんの数か月後に行われた。
第二妃は王宮の片隅にある王家の私的な神殿での質素な婚姻式に不満を言っていたようだが、普通は第二妃との婚姻に式は行わない。王太子も他の誰も、第二妃に王家の法を教えることをしないのだろう。
どのみち第二妃には子が生まれない。そのように処置してある。わたしが生んだ王子が世継ぎとなるのは決まったことだ。
妃としての公務をこなし、王子を養育する。幸い私が生んだ王子は健康で、すくすくと成長している。
公の席で王太子の隣に立つ。
謁見では国王の右に王太子、その隣に王太子妃。第二妃は出ない。格式の高い晩さん会では正妃のみが出席する。舞踏会では第二妃も出るが、第二妃は正妃の後ろに控え、ファーストダンスは正妃が踊る。王妃は早くに亡くなったため、ファーストダンスは王太子とわたしが踊ることが通例となっている。
王太子は、王子が生まれてから私的な場でわたしと顔を合わせることはないが、公の場でわたしをないがしろにしたことはない。笑顔こそ見せないが、わたしを王太子妃として丁寧に扱う。舞踏会でもわたしをまずエスコートしてファーストダンスを踊り、周囲の挨拶を受ける。第二妃に手を差し伸べるのはそのあとだ。
第二妃は自分のドレスや宝飾品を正妃であるわたしに負けないものをと王太子にせがむ。王太子は第二妃に甘く、欲しいだけドレスを作ってやっている。
その程度のことは構わない。
王太子は求められている役目を果たしているのだから。
◇◇◇
第二妃が城に入って二年ほどたった王宮舞踏会でのこと。
いつものようにファーストダンスのために王太子がわたしに手を差し出したとき、第二妃が割り込んで王太子の手を掴んだ。
『ファーストダンスは王太子様に愛されているわたしが踊るのが当然ですわ』
周囲は静まり返り、王太子は固まった。第二妃は王太子の手を掴んだまま、わたしを睨みつけている。
わたしが王太子に『第二妃は具合が悪いようです』と告げると、我にかえった王太子は第二妃を抱えて舞踏会ホールを去った。
第二妃の喚き声を残して。
静まりかえったホールでわたしは言った。
『さあ、余興は終わりです。音楽を』
◇◇◇
わたしは王族としての権威を守り、公務を行っている。国を、秩序を守るのが王族のつとめ。それを理解しない者は王族として失格。第二妃が正妃より前に出るなどしてよいことではない。
それまで王太子の要望により公爵家から出していた第二妃への援助を切った。わたしとしては構わなかったのだが、さすがに公爵家が打ち切りを決めた。
正妃以下への手当は多くはなく、公務を一切していない第二妃に手当は少ない。王太子への手当も、第二妃の宝飾品まで買えるほどの余裕はない。普通は実家が装飾品などの費用を負担するが、第二妃は特に富裕でもない男爵家出身。
公爵家の援助でドレスや装飾品を手に入れていたのを知らなかった第二妃は荒れたようだ。
◇◇◇
第二妃が城へ入って早3年。
子が産まれないことで第二妃はますます荒れている。正妃が薬を盛っていると声高に言っている。
国王は唯一の王子である王太子が国政を行わず第二妃のもとに入り浸っていることを苦々しく思ってはいるが、孫王子が順調に育っており、政務はわたしが公爵家の後ろ盾を持って回しているから大きな問題にはしていない。
先代国王は自分によく似たひ孫王子をとても可愛がっている。
あの舞踏会での出来事以来、第二妃は公の催しへ出てきていない。王太子はこれまでと変わらない顔でわたしの手をとり、丁寧なエスコートでファーストダンスを踊る。
◇◇◇
やっと、王子様をモノにできた。
王子様ったら、あたしの豊満な胸が大好きなのよ。
あの女の貧相な身体じゃその気にならないってことね。
王子様は何度も何度もあたしを求めるの。
子どもができちゃうって言ったら、避妊は自分がしているから大丈夫だって言われたわ。
正式に婚姻する前にできたら問題だからって。
そうね、王宮に入ってからいくらでも産めばいいんだもの。
そうすればあたしの子が王になれるんだわ。
だって王子様は愛するわたしの子を国王にするに決まってるもの。
そうしたらあの女なんて押しのけてあたしが王妃になるのよ。
◇◇
王子様に見向きもされない妃のくせに大きな顔して。
あたしの方が愛されてるのよ。
一番目の子ができるまでは我慢して閨をしてたけど、今はあんたのところへなんか全然行かなくなったのが証拠よ。
王子様が愛してるのはあたしなのよ。
なのにどうしてよ。あたしが舞踏会でファーストダンスをおどっちゃいけないっていうのよ。
あんな女、引っ込んでればいいのよ。
ドレスも宝石も近頃はなかなか買ってくれないし。
舞踏会へも出ちゃいけないなんて。
ああ、早く子供が欲しい。
子供さえできれば。
◇◇◇
帝国軍の国境侵犯が起きた。
王太子殿下が軍を率いるべきでしょう。
殿下が行かれれば軍の士気は高まりましょう。
ここで軍功をあげれば即位が早まりましょう。
素晴らしい功績があれば褒賞もございましょう。
第二妃様にも宝飾品をお贈りになれましょう。
ここぞとばかりに進言する周囲の声に、王太子は軍を率いて出征することになった。
出陣のパレードは華々しく行われ、国王と先王、幼い王子、そして王子の後見である王太子妃がそれをバルコニーから見送った。
出陣からひと月。
王太子の戦死の報が届いた。
戦場近くの野営地で夜襲をかけられたという。
帝国へは和睦の使者が出された。
第二妃は北の離宮へ移され、そのあと城で彼女を見たものはいない。
◇◇◇
前王太子の戦死から1年。
喪が明けた。
前王太子の子は既に8歳。立太子するには十分だ。健康で賢いと評判の王子には公爵家の姫である母・前王太子妃の後見がある。
立太子の儀に臨む8歳の王子と、現国王、先代国王が並び立つ。
そして幼い王子の後ろには前王太子妃。
彼らはみな、同じ髪と目をもっており、居並ぶ貴族達に王家の血の濃さを感じさせた。
◇◇◇
わたしは公爵家の娘として生まれ、王族に嫁いだ。
それ以外の道は許されなかった。
男爵家の女に入れあげたバカな王太子など、その末路は決まっている。
夫となった王太子が初夜をしなかったときに心は決まった。
薬を入れた酒を飲ませれば眠りこける。
目が覚めて同じ寝台に薄い夜着だけのわたしを見つけると、顔を背け何も言わずにガウンを羽織って寝室を出て行く。
バカな王太子。
王太子の側近や侍従はみな公爵家が押さえている。
本当に、バカな王太子。
先王の庶子に公爵家の手駒である女を近づけて種を取らせた。
王が認めたとはいえ庶子であり継承権がなく男爵になっている王弟とは公式の場で挨拶を受けたことがあるだけだ。彼は国王によく似ていた。
王太子は生まれた子を見ようともしなかった。
この国の王家の直系は銀に近い金髪と濃い青い目を持つ者が多い。人々はそれを王家の色と呼ぶ。
わたしは王家の姫を祖母に持ち、父公爵とともに同じ王家の色を持っている。
今の王家でこの色を持たないのは王太子だけ。
彼は母である亡くなった王妃の茶色の髪に緑の目を受け継いだ。そのことで周囲から王妃は冷遇された。これまでにも王室の色を持たない王子が生まれたことはあるにもかかわらず。王や先王が王妃の不貞を疑うことはなかったが、王妃は心労からか早世した。
わたしの子は王室の色を持っていた。
小さな頃の王太子は、明るく優しい若葉色の目とふわふわの茶色い髪の男の子だった。
月に二回ほど公爵家で行われる、ふたりだけのお茶会。
他愛もない話にふたりで笑った。
また来月、と言って帰っていった。
いつ頃からだろうか。
彼が公爵邸へ来なくなり、彼の明るかった目が暗く陰ったのは。
◇◇◇
わたしは不要なのだ。
わたしには種がない。
医者に内密にと前置きして言われた。
確かではないが、流行り病で高熱を出したために可能性があると。
隠れて女を抱いた。
誰も孕まなかった。
隠しもせず女を抱くようになった。
やはり誰も孕まなかった。
妃との婚姻を前に、一人の女を選んだ。野心でぎらつく、可愛い女だ。
この女もいくら抱いても孕まなかった。
国が揺らぐのは望まない。王子はわたし一人。
わたしの顔を見る父の目が冷ややかな理由を知ったのはいつだったか。
父、祖父、そして幼い王子。
わたしだけが異質に見える。
妃はこれからもうまくやるだろう。
それでいい。
◇◇◇
帝国との国境に近い山あいの小さな村。
一人の貧しい身なりの若い男が、村はずれにある小さな小屋に居ついた。
細々と畑を耕し、狩りをして暮らしている。
年月が過ぎ、すこしだけ大きくなった小屋には中年の女が住まうようになった。
男と女は毎日ともに働き、質素な服を着て、質素な食事をとる。
「ほんとうに、バカな人」
「こんなところへ来た君の方がよほどバカだ」
ふたりは今日も小さな固い寝台で抱き合って眠る。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ざまあは起きておりません。第二妃は、通例に従って何か月か離宮にとどめられたあと、未亡人として相応のお金を貰って王宮から出されました。貰ったお金で商売を始め、それなりにうまくやっています。
愛のお語(作者基準)なのですが、恋愛表現がどうにも濃くできなくてジャンルを変えました。