金魚
お金とは、生きていくために必要であり、人間はお金のために生きている。
人間のお金という歯車を抜き取ると、社会は崩壊するだろう。
お金を追いかけて生きる、まるで金魚のフンみたいだ。金魚のいないとフンはそもそも出てこないし、ただ沈むだけ。人間も同じなのかもしれない。
「……チョウ、ランチュウ、ランチュウ!」
「な、なに?」
「難しい顔してどうしたよ。ハシビロコウか
よ」
「俺こんなににらみつけてたのか?」
俺、掛川ランチュウは、友人の雲霧ジョウと花鳥園に来ている。名前の通り、鳥と花が見られる場所だ。
「この子も好きでにらんでないだろ」
「確かに」
「女の子なんだから謝っとけよ」
「すいません」
ランチュウがお辞儀をすると、ハシビロコウもお辞儀で返してきた。
「え、今、お辞儀された?」
「された……ね」
「親愛の証らしいよ、恋人なのか!?」
「前世で会ってたり?てか、言うなら恋人じ
ゃなくて、恋鳥だろ」
「確かにそうか。そう言われるとかわいく見
えてくるな」
「愛嬌あるよね」
× × ×
お金って鎖みたい。鎖を断ち切ってしまえば楽なのかもしれないけれど、それと同時に命を絶ち切ることにもなる。
どんな優しい店員さんも、友人が経営するお店でも何かを求めれば、お金を請求される。お金を断ち切ると言うことは、人間関係を断ち切ることにもなる。イチともね。
「おい、ネム行くぞ」
「え、もう?」
「もうって、三十分近くクジャクを見てる
ぞ」
私の名前は木野ネム、それと彼氏の二の丸イチ。
元々は、高校の野球部の選手とマネージャーの関係だった。高校卒業するときに、私から告白した。あれから一年は経っている。
「クジャクの目に魅了されちゃって」
「羽広げてるのは求愛行動らしいぞ」
「え、照れちゃう」
「その子女の子だぞ」
「男っぽかったってこと?」
「じゃないか?野生っぽいし」
「待って、野生っぽいってなに?」
「野蛮ってこと」
「ちょっ、オブラートに包んでよ!」
「認めはするんだな」
「みんなから散々言われるもん」
「俺はそういうとこに惚れたんだけどな」
真っ赤にしたネムの顔から湯気が出ている。
「やばいって、火事になるって」
「んー、好き!」
イチに飛びつくネム。
クジャクの羽の模様のように、周囲の目が二人に集まる。
「いつもありがとね」
ネムの頭を撫でるイチ。
× × ×
お金はおっかねー。
はあ、普段からこんな下らんことを考えてるから、私にはいつまで経っても白馬の王子様は現れないんだろうな。
いや、白馬は嫌だな、そこそこの高級車がいいし、王子様じゃなくて、優しくて、そこそこなイケメンがいい。
さいあく、私が迎えに行くから、連絡先だけ教えてくれないかな。
サンタさんへ、今年のクリスマスはそこそこの(以下略)の連絡先を三十人分頂けないでしょうか?バツの数は気にしません。お願い致します。
星野ココ、彼氏募集中です☆
ん?なんだこの花は?
なぜいい年してそうなフレーズを並べる女が花鳥園というテーマパークに来ているかと言われれば……ナンパ待ちである。
私の趣味はナンパ待ちなのである。駅前に行かない理由は、行きすぎて顔が割れているからである。
アイビーゼラニウム?花言葉は……真の愛情?結婚?これ、持って帰っていい?
で、こっちの花は……ストレプトカーパス?花言葉は真実、清純な愛……花を見てるだけでお腹いっぱいだぁ。
でも、花はいいよね。動かなくても、粉を飛ばせば、どこかの誰かが受け取って、それで子孫繁栄?楽ね。実質結婚だし。私もお金ばらまいてやろうか。
× × ×
「これ、どうなってるんだ?」
「なんで、人が浮いてるんだ?」
「なんか泡吹いてるし」
ランチュウとジョウが見上げている。
そこへネムとイチがやってくる。
「これは夢?」
「ほっぺたつねっても痛いよ」
「俺らもいずれああなるのか?」
「わからない、それより……」
「あなたたちは……」
「誰なんですか?」
「私たちも知りたいんですけど……」
「ここにいる人で、地に足つけてるのは俺ら
だけだな」
こっそりとココが歩いてくる。
「若さ……かと思ったけど、三十路っぽい人
もいるし」
「誰が婚期遅れの夢見がちばばあだ!」
「そこまで言ってないけど……」
「一旦落ち着いて、警察に連絡しよう」
ジョウがスマホを取り出す。
「だめだ、圏外になってる」
外への扉を確認しに行ったネムから声が飛んでくる。
「扉も、開かないー」
「閉じ込められたってことか」
「いや、上見てみろ」
五人が一斉に見上げる。
上空の出口は、金魚鉢の口のようになっている。泡を吹き、浮いている人はみなそこから外へ投げ飛ばされている。
「浮かないと出られないってこと?」
「そうみたいだな」
「どうやって浮くんだ?」
「ちょっとー私、若くないけどー」
「出る必要ってあるの?」
ランチュウのその一言で場が静まる。
「いや、閉じ込められてるんだから、つまり
出られないことで、緊急事態なわけで…
…」
「出て行った人に任せればいいし」
「あのー……」
ネムが言いにくそうに声をかける。
「そうはいかないかもしれないですよ」
五人の背後に忍び寄る影。それは、歩いてきたのではなく、飛んできたわけでもなく、泳いできたのだ。
大きなひれを震わせ、にらむようにランチュウたちの前に回り込んできた。美しい姿ゆえに見惚れているところで、ココが口を開いた。
「ちょ、ちょっと、これやばいんじゃない
の?」
「なんでこんな巨大な……」
「金魚、なのか?」
「ばか、金魚はもっと小さいだろ」
「だって、どこからどう見ても金魚じゃ
ん!」
「俺らが小さくなってるのか?」
ジョウの一言で、四人がジョウを見る。
「もしかして、ここ、金魚鉢の中だったり…
…」
「泡を吹く人、金魚鉢のような出口、そして
金魚」
「一致してしまったな」
少しずつ、金魚はランチュウたちとの間を詰めてきている。
そして、地響きが轟く。
ランチュウたちがよろめき、膝をつくと、それは遅れてやってきた。
「ガルルルルル……ガオオオオ!」
全員が耳を押さえた。音が痛みに変わるのを初めて体験した。いや、痛いなんてもんじゃない。重い。重力に耳が、鼓膜が、押しつぶされているようだった。
そして、金魚は口を大きく開け、ランチュウたちを飲み込もうとした。
なんとか全員回避できたが、まだ耳が麻痺している。
「ネム、大丈夫か?」
「な、なんて?」
「耳がやられてる。声じゃ届かない」
音がなく、金魚に追われる恐怖から各々逃げ出した。
× × ×
「もう、どうなってるのよ!」
「最年長なのに、落ち着いて下さいよ!」
「落ち着いてられるか!てか、歳は関係ない
でしょ!」
「言い争ってる場合ですか。今は協力しなき
ゃですよ」
ランチュウ、ネム、ココの三人は花の中に隠れていた。
「これ、逃げられるの?」
「倒さないと出られないとか?」
「あんな化け物を?」
「一旦、今は耐えるしかありません。対抗す
る術が見つかるまでは、観察に徹しましょ
う」
ネムとココが頷く。
「伏せて、やつが来る」
息を殺し、真上を通る金魚を視線で追う。口からよだれがたれている。
「あの金魚……」
「喰う気満々ね」
× × ×
「やばい、どうしよう、ネムが心配だ。やば
い、どうしよう、ネムが……」
同じことを延々と呟くイチと身を潜めているジョウ。呆れた顔で見ている。
「そろそろ切り替えて、助かる方法を考える
ぞ」
「ネムが、ネムがいないと……」
「おい、その大切な彼女を助けるための方法
を考えるっつってんだろ!シャキッとし
ろ!」
「だって……」
ジョウはイチの頬を両手で思いっきり挟
む。
「いいか?失ってからじゃ遅いんだぞ?守れ
るもんは守れるうちに動かねえと後悔する
ぞ!」
「お前、なんで、そんな……」
「昔な、大切な魔法少女 ライオン☆ゴール
ドの限定フィギュアを机に飾ってたんだ。
そのうちコレクションケースに入れようと
思ってた。でも、動かなかった。その結
果、机に身体が当たった衝撃で倒れて……
ああ、思い出しただけで涙が……」
ジョウの手を離し、立ち上がるイチ。
「俺は……シルバー☆タイガー派だ」
「お前……!」
目を輝かせるジョウ。
「ここから出られたら、変身ごっこしよう
な」
「いいぜ。ネムには内緒にしといてくれよ
な」
背中合わせで立つ二人からはオーラが出ている。ジョウからは金の、イチからは銀の。その姿は金閣、銀閣を想起させる。
「おそらくだが、あいつの弱点は鼻だ」
「どうしてわかる」
「あいつの鳴き声といい、顔いい、ライオン
に似ていると思わないか?」
「でも金魚なんだろ?」
「そうだ、ただ、動物は共通して鼻が弱い。
きっとやつも鼻が弱いと思うんだ」
「それ、もしかして?」
「そうだ、魔法少女 ゴールド☆ライオン第
三話に出てきたやつを倒した時に用いられ
た戦法だ」
「ただ、あいつは浮いてるぜ?」
「俺らを喰いにくるときだけ、地上にくる。
その時を狙うんだ」
「なるほど、そこで鼻を攻撃すると」
「そうだ。俺が注意を引くから、イチ、お前
が鼻を思いっきり殴るなり蹴るなりやって
くれ」
「それは、ジョウが危険すぎないか?」
「この状況な時点で十二分に危険だよ」
「命優先で動いてくれよ」
「ああ、約束する。行くぞ!」
× × ×
ランチュウたち三人は身を潜めたままでいる。
「あの二人はどこ行ったのよ」
「はぐれちゃいましたね」
「あんた男でしょ?なんとかできないの?」
「倒すってことですか?」
ココが頷く。
「何か良い案があれば考えますけど」
「体内に入って、攻撃……」
「却下」
やや落ち込むココ。そんなココより、ネムは深く沈んでいた。
「ちょ、ネムちゃんだっけ?大丈夫?」
「イチが……心配で……」
ネムの瞳から一粒のしずくが落ちる。
ココは我慢に我慢を重ね、恋人を妬む気持ちを押し殺した。
「きっと、彼氏くんの方が心配してるから、
あんたは信じて待ちなさい!それしか頼れ
る道残されてないし」
ココはランチュウを見る。
「なんですか」
「なんもないですよーだ」
あっかんべするココ。
「あ、ここにいた」
「びっっっっっくりしたぁ……」
尻餅をつくココを押しのけ、イチに飛びつくネム。
「怖かった、怖かったよ、イチ」
「ごめん、遅れた」
「来てくれるって信じてた」
歯ぎしりを延々とするココ。
「おーい、化け物―こっちだぞー」
「ジョウ!?」
「あの子何やってるの?死ぬ気?」
ジョウが金魚に向かって手を振る。もちろん、金魚はジョウに気づいて、向かってくる。
「何か思いついたんですか?」
「可能性の範疇だけどね。ちなみにあれはお
とり」
「お、来た来た。美味しいぞー俺はー」
金魚の影は、ジョウを完全に飲み込んでいた。上から徐々に近づいて、近づいて……ジョウが逃げだそうとしたとき、ジョウの身体が浮いたのだ。
「えっ」
「身体が浮いてる!?」
「おい、何やって……逃げろよ!」
「やばい、え、なんで、座れてる!?」
イチの必死の叫びも届かず、ジョウは金魚に吸い込まれていった。
金魚はその勢いのまま、地面に衝突した。
「お前―!このー!」
「イチ!待って!」
イチは金魚の鼻の辺りめがけて駆けだした。右手を硬く握り、銀のオーラをまとわせ、狙い定めて放つ。
「銀虎殴-ぎんこのおう-」
しかし、金魚はびくともしない。
「イチ!逃げて!」
口を地から離す金魚。同時にイチが吸い込まれていく。
「いやだ、いやだ、助けて、ネム……」
吸われるイチの手を掴みに飛び出したネム。イチの手を掴むも、徐々に引っ張られ、ネムもろとも金魚の口の中へと姿を消した。
「えっ……」
「食べられた……」
「がルル……」
ポカンと口を開け、立ちすくむしかないランチュウとココ。
そんなことを気にもせず、金魚は二人の目の前にやってきた。
「逃げな……い……と……」
逃げようとした足はすでに浮いていた。
「王子様はあの世で待ってるみたいね」
死を悟り、合掌するココ。頬に涙の川が流れる。そして、飲み込まれる。
「俺は、死なない!」
ランチュウは金魚の口を掴み、必死に抵抗する。
「なんなんだよ、こいつ!おっかねーな!」
その一言で金魚は吸い込むのをやめた。そして、宙へ投げ飛ばされるランチュウ。
「助かっ……」
そう思ったのと同時に、金魚はランチュウをパクりと食べた。
お金を追いかけて生きる、まるで金魚のフンみたいだ。金魚のいないとフンはそもそも出てこないし、ただ沈むだけ。人間も同じなのかもしれない。
今日も、人類は、金魚鉢という檻で過ごしている。




