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マッチングコレクター  作者: 浜崎 文哉
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序章

「恋人が欲しいなら…」


 アズマ君が突然立ち上がり、スマホを持った手を天に向け、くるくる回りながら嬉しそうにそう言った。俺は一度アズマ君は見て、それから何も言わずにパソコンに目を戻した。


「おい、なぜ無視をするのさ」

 アズマ君は、時々こういう意味不明な事をいきなりしたかと思うと、リアクションを取らない俺に文句を言う悪いクセが有った。


「なぜって言われてもね。いきなりどうしたの、なぜそんな事をするの」

「質問しているのは僕の方だよ」

「じゃあ答えるね。またいつもの奇癖が出たな、と。こう思ったのさ。君は俺と二人で居ると、いつもそうして意味不明で面白くも無い一発ギャグみたいな事をするだろう。おっと、意味不明じゃなくて、無意味という方が適切だったかもしれないな。で、無視しようと思ったのさ。俺は今、小説を書いているから、忙しいんだ。悪いけど、一発ギャグの練習は一人でやってよ」

 俺がそう言うと、アズマ君は実に不愉快そうな顔をして、

「彼女欲しく無いのかい」

 と、言った。

 俺はもう小説の続きに戻ろうとしたが、アズマ君はしつこかった。

「ねえ、君も欲しいんだろう?」

 今度は、ニヤリと嫌な笑いを浮かべて、俺に迫るように言うのだった。なぜこんな、してやったりの顔ができるのか、俺には謎でしかなかった。

「そりゃあ、欲しいけどね」

 これに関しては、俺は正直に答える他は無かった。


 ハッキリ言って、俺は孤独だ。もう何年も、寂しく温もりの無い生活を続けている。終わりの見えない冷たい夜。そりゃあ、俺だって彼女と出かけて甘ったるいケーキをフォークで蹂躙したり、アルミニウムと三日月の夜景を眺めたり、四時半の海で手を繋いだまま、とろけるような夕陽に包み込まれたりしてみたい。そのままキスしたり、なんなら。いや、もちろん俺にだって恋人が居た事は有りますよ。侮らないで頂きたい。嘘ではなくてですね。ええと、五・六年前だったかな。

「シン君、聞いてるのか。どうしたのさ」

「ハッ!」

 頭の中で、誰でもない誰かに大して必死に自分の恋歴史を証明しようとしていた。何をしているんだ俺は。

「いい加減に人の話を聞いてくれよ、シン君」

「ああ、ごめんごめん。確かに、君の言う通りさ。欲しいよ、彼女」

「ふふん、そうだろうね。いや、実は僕もそうなんだけどね」


 そりゃあそうだろう。アズマ君の彼女欲しさに比べたら、俺の「欲しいな」など赤子同然に可愛いモンだろう。なぜなら、僕とアズマ君は知り合って十年になるが、俺の知る限り、いや知らなかったなんて事は有り得ないが、彼に恋人が居た事など、一日として無かったからだ。

 彼は悪い男ではない。どちらかと言えば良いヤツだろう。顔やスタイルはまあ普通だが、仕事も俺より真面目に勤めていて金だって平均以上に持っているし、キャンプやバスケが好きなアクティブさも持ち合わせているし、底抜けに性格も明るい。ただ、良いヤツで金が有って明るく真面目で多趣味でアクティブだからといって、彼女ができないわけではないのだ。俺は居たけどね、かなり前だけど。


 これは、為になって皆が幸福になるハッピーエンドで未来に繋がるメッセージが満載で人々に勇気と愛と希望をもたらす温かい小説が必ずしも売れるとは限らず、終始血生臭く残酷で陰謀と策略と金が複雑に絡み合い想像を絶する怪物や宇宙人が出現したかと思えば信じられない理由で核戦争まで勃発し愚かな人類が死に物狂いで抵抗するのに力及ばず絶滅してしまうような小説がなぜか売れてしまうの謎に似ている。


 と、まあ、話が逸れたが、そういう意味では、俺はアズマ君より余裕が有るという事になるわけで、つまり男としての値打ちは少なくとも彼よりは有るというわけで、したがって彼のように血に飢えた獣じみた状態には陥っておらず、さほど焦りのような感覚は自覚していないというか。まあ、居ないよりは居た方がいいかナー、なんて感じですよ僕は。

「おい、またボーっとして人の話を聞こうとしない。熱でも有るのかい」


 アズマ君がまた俺の思考を遮り、話を続けた。いけないいけない、人を見下して自分の平静を保とうとする下劣な心理状態に陥る所だった。実は、これは俺の悩みの一つだった。他の事柄なら、それほどでも無いのだが、これほど長期に渡って彼女が居ないという事実は、間違いなく俺の性格というか性根を悪くしていた。卑屈になり、現実にぼかし補正を施し、「居ないのではなく、作っていないだけ」などと、常人では口が裂けても言えないセリフを職場の後輩に思わず言ってしまうのも、これ全てが恋愛欠乏症がもたらす症状。俺のコンプレックスだった。


「ああ、ごめんね。彼女が俺より居ないアズマ君」

「え、なんだって?」

「い、いや何も。欲しいね、彼女。俺さ、このまま永久に一人なんじゃないかと思って、ひどく寂しくなる時が有るんだ。君もそんな時が有るのかな」

 アズマ君は、物凄く悲しそうな顔をしたかと思うと、俺の肩に手をゆっくり置いた。そしてうつむき、震えだし、細いガラスのような声で言った。

「分かる、分かるよシン君。俺なんてもう、宇宙の遥か彼方、誰一人観測した事の無い銀河の端っこに、置いてけぼりにされた彦星のような精神状態になる夜が有るよ。辛いよな、寂しいよな、生きていけねえよな。織姫達はみんな、太陽系に踊りにいっちまったんだよな。うう。」

 信じられない事だが、アズマ君はマジに泣いていた。誰一人観測した事の無い銀河とか、謎めいた比喩も相当怖いが、大の大人が、恋人が居ないぐらいで、何も泣く事はないじゃないか。これだから、俺より長い独り身は。


「大丈夫かい?落ち着きなよ。無視して悪かったよ、話を聞くから泣くのをやめるんだ」

 俺はなんとかアズマ君を慰め、彼が何を俺に言おうとしていたのか、改めて尋ねてみた。


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