♣ホームレスのはなし(第8話)
脱サラして始めた秀毅の居酒屋『十兵衛』経営順調で幸せな毎日が続いていましたね。
コロナになったいま、どうなっているのでしょうか?
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「休業要請!?居酒屋を含む飲食店には朝5時から夜8時までのあいだの営業を要請し、酒類の提供は夜7時までとする、だって?そんなんで食ってけるか!」
憤慨する秀毅を
「あなた、仕方ないわよ。いま、世の中はコロナで大変なことになってるんだから」
とたみはなだめると、
「この緊急事態宣言をなんとか乗り越えましょう」
と元気づけた。
だがそれもむなしく、夜の8時で閉店というのは、それ以降が本番の居酒屋にとっては大きな打撃となった。仕入れた酒をはじめ、食材もすべて廃棄しなければならなかった。
売り上げは前年の同月と比べて9割減だった。
「もってぇねーなぁ。なにくそ、負けてたまるか!」
1円でも多く稼ぐため、少ない売り上げでも店を開け続けたが、当たり前のごとく客はまったく来ず、店を開け続けることにメリットを感じなくなった秀毅は、思い切って宣言中は店を休業することにした。
その変わり、テイクアウト業に挑戦したものの、たみと衝突する日々が続いていた。
「お前の料理が古臭いから駄目なんだろ。もっとハイカラなものを作れねぇのか?」
なじる秀毅に、
「私だってどうにかやってますよ!でもこれが私の料理の限界です」
とたみは涙ながらに訴えた。
その姿を見てもなお、使えねぇなぁ、と秀毅はたみを踏んづけるように言うと、その日から家で飲んだくれるようになった。
その姿を見て、たみは昔の荒れていた頃の秀毅を思い出す。
酒癖の悪さはさることながら、夜遊びに借金等、どれだけ苦しめられたか。
たみは思い出すだけで胸がふさがる思いだった。
そして、部屋の隅から秀毅を思いつめたような顔で見ると、息を吐きながら肩を深く落として背を向けた。
その痩せ細った背中からは、憐憫のようなものは感じられず、どちらかといえば、清々しかった。
そんなたみの心中などつゆほども知らず、秀毅はこれから店をどうしようか、テイクアウト業に改善点はないか、と思案していた。
その背中に「あなた、お話があります」とたみが声をかけると
「うるせぇなー。今それどころじゃねぇんだよ。ワシは策を考えている最中なんだ!」
と秀毅は手でしっし、とたみを払いのけた。
「なら私から一方的に話します。私と離婚してください。もうあなたとの生活は絶えられません」
たみが抑揚なく平坦な調子で言うと、
「なにバカなことを言ってるんだ?ひとりでどうやって生きていく気だ?ワシは絶対に離婚なんかせんぞ!」
と秀毅は大声で怒鳴った。
その言葉からは、まるで女であるたみにはいまさら自立するなど無理だと高をくくりながら、自分から自由になるなど許さない、という女性に対する差別的なものがあった。
「あなたには内緒にしていましたが、日々の生活費を切り詰めてやりくりして、すこしずつ貯金して 投資に回していたんです。もちろん、それだけでは生活していけませんから、年金が出るまでは這いつくばってでも働きますよ。トイレ掃除だろうが、飯炊きおばさんだろうが、なんでもする所存です。その方があなたと一緒にいるよりは、私はひとりの人間として自由でいっそう楽しくいられますから。ですから、離婚にあたって、お金は要りません。じゃあ……」
それだけ言うと、たみは静かに離婚届と指輪を机に置いて、あっけなく家を出て行った。
後ろ髪を引かれるとはこういうことなのだと思いながら、その去り行くその後ろ姿を秀毅は憮然としながら、放心状態で見つめていた。
「ワシは、どこで間違えたんだ……」
それから店は完全に停止し、家賃の滞納が続いた。
持続化給付金は微々たるもので、すぐに金は底をついた。
銀行に融資を頼んだがことごとく断られ、ついに自分の生活まで危うくなった。
泣く泣く店を手放したものの、自営業に失業保険などはなく、働き先を探せどまったく見つからなかった。
消費者金融に頼ろうとしたが、働き先がない以上、マイナスに膨れ上がるものしかない。
秀毅はホームレス生活を続けながら、残りの金で飢えをしのぐ日々を過ごしていた。
俺はどうすればいいんだ……。
「何が明けない夜はないだ!馬鹿野郎っ!」
カハッ、と秀毅は自分の声に驚いて目を覚ました。
己の栄枯盛衰が夢に出てきた。
「胸くそ悪りぃ!」
あたりは薄っすらと明るくなっていた。東の空には朝日が昇ろうとしている。
秀毅はおもむろに手をのばすと、そっと空にかざした。
お読みいただき、ありがとうございました!
よかったら、感想を訊かせていただけると幸いです。
こんばんは。
今年の冬はとにかく寒いですね。
毎日朝晩が憂鬱です。
そして、爪が毎日一本は割れるので、必ず絆創膏を持ち歩かなくてはならない日々をおくっています。
どなたか、良く効くネイルオイルご存じないですか?
コロナ小説を書きながら、コロナ収束の出口が一瞬見えたと思ったら、また新種がじわじわと広がっているという現実に、言葉を失いなにも言えません。
もう、こんな世の中嫌だとみんな思っている。
いろんなものを諦めて、手放して……
第8話の秀毅もそのうちのひとりですね。
そんな暗く、辛い中でも、ひとの〝何か〟が誰かのしあわせのきっかけにとなり、またさらにそれがどこかの誰かのしあわせへと小さな幸福が伝播していく……
こんな世の中でも捨てたもんじゃないなと思える話が書きたいと、今年の春からプロットを作り始めた作品が『これは私の物語』です。
なかなか、現実はこううまくいくものではありませんが、小さな祈りを込めて、一日も早くコロナが世界から収束します様に……
(あれ、ちょっとネタバレしてしまったような!?)
辛いだけでは終わらせません。