◇主婦のはなし(第2話)
私ひとりの力では完成できなかった作品です。
コロナはいま日ごとに収束に向かっていますが、執筆当初は日本は、世界は大変なことになっていました。
今回は、ある主婦のお話。
少しでも共感して読んでいただけたらうれしいです。
神崎愛実は朝食を娘の穂乃と食べながらニュースをチェックしていた。
相変わらず新型コロナウイルスの話題ばかりだ。
「もういらない」と穂乃が朝食で遊び始めるのを愛実は止めると、
「野菜はちゃんと食べなきゃダメでしょ?またお腹いたいいたいなるよ?」
と諭した。
それにもかかわらず穂乃は顔を横に振ると、おもちゃ箱の方へと走って行った。
愛実は思わず「もうっ……」とため息をつく。
穂乃が入所している保育所は1月の緊急事態宣言を受けて全面休園となった。
他の保育所では自粛せず通常通りのところもあるが、いまから保育所を変えることなど到底できず、愛実は仕方なくパートをやめた。
朝はとにかく忙しい。朝食の準備に洗濯、穂乃のお着換えに歯磨き。ゴミ出しは夫の健治の役割だったのに、テレワークになってから愛実がゴミ出しに行っている。
冬の寒い時期に洗濯物を干すのは過酷だ。浴室乾燥だけでは間に合わず、かじかむ手を吐く息であ たためながらベランダに干す。
外は晴れてはいるが一段と寒く、カーディガンを羽織って出てくるのを忘れた自分に呆れる。
穂乃の様子は度々チェックする。どうやらひとりでお人形さん遊びをしているようだ。その姿を見て、一緒に遊んであげられなくてごめんね、と愛実は心の中で謝った。
壁にかかった時計を見ると、午前10時に差しかかっていた。急いで健治を起こしに行く。
「健治起きて!10時からリモート会議じゃなかったの?」
なんだよまだ眠いのに、と健治はのんきに目をこすりながら時計を見ると、はじかれたように飛び起きた。
「なんでもっとはやく起こしてくれないんだよ!」
朝起きるくらいどうして自分で目覚ましのセットをしないのか、と愛実はあきれてため息をつくと、健治のベッドのシーツを新しいものに変えた。
続いて部屋の掃除に取りかかる。
ハウスダストアレルギーを持つ穂乃のために、特にテレビなどの家電製品の周りを中心に2階からていねいに掃除機をかけて行くと、終わったころには時計の針は12時近くになっていた。急いで昼食の準備に取りかかる。
電子レンジにレトルトカレーを突っ込むと、温めているあいだに穂乃を呼び寄せ手を洗わせた。
レトルトカレーを温めていた電子レンジが、チン、と甲高い完了の合図を鳴らす。
カレーが温まったので健治をダイニングに呼ぶと、はぁーっ、と愛実にもわかるようにため息をついて、「またレトルトかよ」と言ってしぶしぶ食べ始めた。
手の込んだ料理なんて作れるわけないでしょ。そもそも昼食なんて普段作らないのに。
愛実はイライラする心をぐっと抑えると、仕方なくカレーを食べ始めた。
なぜかしょっぱい味がした。
「健治、いまからスーパーに行ってくるから穂乃見ててね」
愛実の頼みに健治は「わかった」とスマホを見ながら答えた。
コロナになってから外に出るのは極力控えている。万が一穂乃が感染したらと思うと怖くて夜も眠れない。
スーパーに着くなり日持ちする食材と日用品を購入して帰宅すると、「いたいよー」と穂乃の泣き声が聞こえてきた。
愛実はハッとして荷物をその場に放り出し、声のする方へ急いで駆け寄ると、穂乃は頭を押さえて泣きじゃくっていた。
「穂乃見といてって言ったよね?」
愛実は健治に詰め寄る。
「ごめん、トイレ行ってたあいだに……」
言い訳する夫が持つスマートフォンからは、のんきなゲームのBGMが流れていた。
「また嘘ついたの?ゲームしてるじゃない!どうせ課金してるんでしょ!我が家はお金ないってわかってる?」
愛実がヒートアップして健治に向かって声を張り上げると、その怒声に反応するように、穂乃がビクッとしてまた大声で泣き出した。
「愛実が大きい声出すから穂乃が驚いて泣いちゃったじゃんかー」
愛実の揚げ足を取った気でいるような健治の言い方に言い返したい気持ちをぐっとこらえると、
「穂乃ごめんね。ビックリしたね」
と愛実は穂乃を抱きしめた。
そして、穂乃の背中をさすりながら愛実は泣きたい気持ちになった。
なんでこんな人と結婚したんだろう……。
愛実と健治は職場恋愛だった。5歳年上の健治は大人びていて、いつも頼れる先輩だった。交際してからもその人柄に惹かれめでたく結婚。幸せな毎日が訪れると思っていたのに、一緒に住み始めると見たくないところばかり目についてしまう。
愛実は穂乃をなんとか落ち着かせると、ふとリビングに飾ってあるハワイ挙式のツーショット写真が視界に入った。
写真の中の自分は純白のウエディングドレスに身を包み、しあわせそうに笑っている。その隣の健治もカメラを前にガチガチに緊張しているものの、愛実と同じようにしあわせそうに笑っていた。
あのころは、まさかこんなことになるなんて、思ってなかった……。
それ以上愛実はそのツーショット写真を見ることが耐えられず、そのまま静かに伏せると、リビングを後にした。
お読みいただき、ありがとうございました!
よかったら、感想を訊かせていただけると幸いです。
みなさんこんばんは。って果たしてこの作品の読者がいるかどうかも定かではないのですが、毎週あとがきでなにかしら雑談を一方的にできたらと思っています。
最近作者ことぬぬは、あることがきっかけで少し病み気味になってしまい、思うように小説が書けなくなってしまうことがありました。
誰にも相談できず悩んでいたところ、思い切って家族に相談したら、もう号泣……。(´;ω;`)ウッ…
なんやかんやで支えてくれる家族に感謝です。