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これは私の物語  作者: 桜楽ぬぬ
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〇女子高生のはなし(最終話)

いつもの公園が自分ひとりのものでなくなってしまい、居場所がなくなってしまった芽衣。

愛実にもあっけなく電話を切られてしまいました。

その後、どうなったのでしょうか?

続きはこちら。

 芽衣はいつもの公園のいつものベンチに座った。

 心の中のモヤモヤは依然として消えない。


 私は悪くない。

 私は悪くない。

 私は悪くない!

 全部あの人が悪いのよ!


 芽衣は力いっぱい拳を握ると、その場にうなだれた。

 その丸くなった背中に、誰かの影がそっと重なる。

 芽衣は、ハッとして顔を上げると、そこにはたくさんの書類を抱えた老人が、心配そうな顔をして芽衣を見ていた。

「大丈夫かい?」

 この人はきっと噂のホームレスだろう。知らないひとと話してはいけない、と言われているが、それも小学生のときのこと。服装こそ、こう言ってはなんだが、もう冬だというのに服には穴が空きまくりで、薄汚くみすぼらしい。黒髪と白髪が混ざった髪の毛も伸びきっていてぼさぼさだ。

 普通なら無視して逃げるところだが、なんだろう、うまく言えないけれど、自分と一緒の感じがした。いま、絶対手を離しちゃいけないような。崖っぷちな感じ。

「あの、ホームレスの方ですか?」

 芽衣はおそるおそる尋ねた。

 老人は一瞬目を瞠って驚くと

「ホームレス歴2週間の新参者です」

と照れながら頭の後ろを掻いた。

 そこには悲壮感のようなものはなかった。

「どうしてホームレスになっちゃったんですか?」

 芽衣の問いかけに、老人はベンチにそっと腰掛けしばらく考えると

「全部失ったからかな」

 と言って深く息を吐いた。

「いいな、私もすべて失いたい」

 自然と口からこぼれた本音に芽衣が肩を落とすと、一筋の涙が頬をつたった。

 ぐすんと洟をすするも、うるんだ瞳から大きな雫が1滴、2滴と次々に流れ落ちては、手の甲に当たって、はじけ飛ぶ。

 ダムが決壊した瞬間だった。

 老人は慌ててなにか声をかけようとしたが、黙ってずっと傍にいた。

 それが芽衣には心強かった。いまは誰かに傍にいてほしかった。

 


 芽衣はさんざん涙を流し終えると、ふと老人の抱えている書類が気になった。

「おじさんそれなに?」

 老人は、んー、と考え込むと

「当たり前の日常を取り戻すための作戦書ってところかな?」

 と言って首を傾げた。

 芽衣は老人の想定外の答えに思わず笑って

「なにそれ、取り戻せそう?」

 と言った。

「んー。どうだろう……。おじさんにもわからない。でもこの歳になってはじめて気づいたんだ。当たり前ってのは簡単に崩れるものなんだって。崩れたものを取り戻せるかはわからない。わからないけれど、もう一度やってみるか、って思ったんだ。得体の知れないウイルスなんぞに俺の人生台無しにされてたまるか!このままでは終わらせないぞってな」

 そう言って笑った老人の笑顔は、きらきらと輝いていて、素敵だった。



 日は傾き、あたりはだんだん暗くなっていた。

 家路を急ぐサラリーマンや犬の散歩をしているおばあさんとすれ違うなか、下校中の学生服を見かけた芽衣は、一瞬心臓が跳ね上がった。

思い返せば、今日はずる休みをしたのだった。

 小さなストライキだが、自分の意思を学校や家族に伝えることは大切だと思った。

 そんなつかの間の休日も、もう終わり。

 明日からまた学校だ。

 カラスのカアカアと鳴く声が、妙に切なくて、染みる。

 果たして登校できるだろうか。

 芽衣は不安定な思いを胸に家路を歩きながら、老人の話を何度も思い返していた。

「私もすべて失いたい」って思ったけれど、そう思うようになったのはコロナで〝当たり前の日常〟が崩れ、自分自身の歯車が狂ってしまっていたからなのかもしれない……。

 自分が捨ててしまいたいのは当たり前の日常ではなく、崩れてしまった日常。

 それを取り違えて大切なものまで失おうとしていた。

 ——お母さん……。

 芽衣は心の中で母に呼びかけると、その場に立ち止まった。

 長く伸びた冬の影が、あと一歩を踏み出す後押しをしてくれている気がした。

 私が学校で受けているイジメ。それを全部母親のせいにして、この崩れてしまった日常から目を背けようとしていた。


 お母さんはいつもコロナと戦っているのに。

 それを一番近くで見てきたのは私なのに……。


 取り戻そう、〝当たり前の日常〟を。

 すべて元通りにできるかなんて、わからない。

 でも、コロナで〝当たり前の毎日〟が音もなく崩れていくなかで、壊してはいけないものまで自分 で壊してしまっていた。

 たしか、明日の朝、お母さんは家に帰ってくる。

 なにを話そう。

 どこから話そう。

 芽衣は身体からあふれ出る思いを抑えきれず、その夜はなかなか眠れなかった。



 一睡もせずに迎えた朝の太陽はいつもよりも輪郭がぼやけて不確かだったが、そこから放たれる光はなんだかやさしくて、やわらかかった。

芽衣は思わず目を細めると、これ以上ベッドに横になってても、同じかも……、と起き上がって、台所へ向かった。

 そしてテーブルに座り適当にテレビをつけた瞬間、「カチャッ」と玄関の扉が開く音がした。


 いまならお母さんに素直になれるかもしれない。

 ちゃんと向き合おう、お母さんと。そして自分と。


 芽衣は走って玄関へ向かうと、靴を脱いでいる丸い背中に向かって、勇気を出して伝えた。

「おかえり。おはよう」

 台所のテレビでは星座占いが流れていた。


“今日最もよい運勢はいて座のあなた。勇気を出して挨拶をしてみるといい日。まずは朝の挨拶から始めてみて。ラッキーポイントは「おはよう」です”


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

3か月に渡る人生はじめての連載は大変でしたが、なんとかやり遂げられてうれしいです!

よかったら、感想を訊かせていただけると幸いです。

まだまだこれからも作品を作っていく予定なので、これからもよければよろしくお願いいたします(o^―^o)ニコ

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