〇女子高生の話(第1話)
私ひとりの力では完成できなかった作品です。
コロナはいま日ごとに収束に向かっていますが、執筆当初は日本は、世界は大変なことになっていました。
少しでも共感して読んでいただけたら幸いです。
まずは、ある女子高生の物語から。
まぶたを開けると、今日もまた新しい一日を迎えた絶望でいっぱいになった。
カーテンを閉め切っていても、その隙間から差し込む太陽の光はうっとうしく、なんの希望も感じられない。
水瀬芽衣はため息をつくと、ベッドから起き上がった。
なんで、〝今日〟と言う日は、いやおうなく毎日来るんだろう。
世界から時間が、数字が、いや地球が消えてしまえばいのに。
そのまま台所へ向かうと朝食の準備ができていた。
テーブルにはご飯とお味噌汁、そして焼き鮭が置いてある。
ほーっとその場で突っ立ていると
「あら、芽衣起きたの?おはよう」
と母の芳子が振り向きざまに言ってきたが、芽衣はそれを無視すると、テレビをつけた。
——いつからだろう、あのひとと話さなくなったのは。挨拶すら交わさなくなったのは。
画面左上の時計を見ると、占いまであと15分あった。そのあいだに制服に着替え、鞄に教科書を詰め込み歯を磨く。
時間になったのでふたたびテレビに視線を戻すと、おひつじ座は見事に最下位だった。
それを見た瞬間、芽衣はテレビを消しマスクを着けると、走って家を飛び出した。
「最近ツイてない」
日本に新型コロナウイルスが上陸してから約1年、いいことなんてなにもない。
令和2年の4月と5月に緊急事態宣言が発令。その間学校は休校で課題とレポートの毎日。
そしてまた1月から緊急事態宣言。でも変わらず学校はあるって?ふざけないで。
勉強なんて当然のごとく身が入らない。
学校なんてクソだ。
いままで仲良くしていた友達が、母親が看護師だと判った途端、潮が引いていくようにいなくなった。
コロナ患者を看護しているのは看護師なのに、なんでこんな扱いされなきゃいけないの?
コロナはいつになったら収束するの?
そもそもなんで私はあのひとの娘なの?
せわしない朝の通学が、行き場のない思いを加速させる。
やっぱり今日は学校を休もう、足を止めたときには、校舎はもう目の前だった。
仕方なく玄関まで足を運び下駄箱を開けたとたん、大量のゴミくずと画びょうが落ちてきた。
ほこり臭さに思わず咳込む。
こんなの慣れてる。
芽衣はその場にしゃがみ込むと、慣れた手つきでゴミくずと画びょうを拾い始めた。
「痛っ……」
気をつけているつもりだったが、画びょうが指に刺さってしまった。真っ赤な血液が、人差し指からぷっくりと出てくる。
芽衣がそれを凝視すると
こんなんじゃ足りない。もっと、もっと強い痛みがほしい。その痛みでこの苦しみや悲しみから楽にさせてほしい。
とこころの中で願った。
それから制服のポケットからポケットティッシュを取り出し、真っ赤な血液をそっと拭っていると、上から水滴が落ちてきて、ポケットティッシュがふにゃりと湿った。それと同時に自分が泣いていることに気づく。
芽衣は何事もなかったかのように指の腹で涙を拭うと、重い足取りで教室へと向かった。
教室に着くと、クラスじゅうの生徒たちがクスクス笑いながらこちらを見ていた。
マスクを着けていると顔の表情がわかりにくい、とよく言うが、あきらかに奇異なその目つきは、マスクを着けているからこそ、より強調され芽衣に届いた。
芽衣は一瞬俯いて拳を握ると、気にしていないそぶりをして自分の席まで行くも、机に『コロナ死ね』と落書きがしてあったのが視界に入った瞬間、吐きそうになった。
心の中にどす黒い鉛が落ちてきて、芽衣の身体を内側から殴る。
こんなの慣れてる。
ぎゅっとスカートを握りしめた手に、また水滴が落ちてきた。
こんなのっ……。
殴られた胸の奥が痛んでだんだん呼吸が苦しくなってきた。
芽衣はなんとか呼吸を整えようとしたが、自分を取り巻く視線に耐えきれず、教室を抜け出すと逃げるように学校を出て行った。
なんで私だけこんな目に……。
全部あのひとのせいだ。
あのひとが看護師なんかしてるからいけないんだ。
芽衣は泣きながら家に帰ると、崖から落ちるようにベッドに崩れ落ちた。
「明日なんか永遠に来なきゃいいのに。ろくな未来なんて待ってない」
スマートフォンを開くとグループLINEにさんざん悪口を書かれていた。
Twitterを見ても誹謗中傷の嵐だ。
あゆか@ミラボはりゅーいち推し @ayuka_ryuichi_love
『コロナを巻き散らす元凶のクセに、よく学校来れるわwww』
#コロナはこの女が元凶 #とりあえず回れ右 #ハウス
みゆたん☆いつもあしたから @miyu_make_a_xx
返信先:@ayuka_ryuichi_love さん
『ホントそれ笑 はやくうちの学校が平和になりますよーに☆彡』
#はやくコロナが収束しますように #学校に平和を
芽衣は表示された画面をただ茫然と見ながら、震える手でスマートフォンを強く握りしめた。
「こんなアカウント消して、私も消えたい」
ふと、今日画びょうで傷付けた人差し指をじっと見てみると、固まって血豆になっていた。
芽衣は意味もなくその血豆を爪ではぎ取ると、また人差し指の腹から真っ赤な血がぷっくりと出てきた。
それを見て、芽衣は不思議となぜかほっとした。そしてスマートフォンの電源を切ると、見えないように布団の奥の方へと押し込んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
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