ある日起きるとアンドロイドに監禁されていた
「おはようございます。マスター」
聞きなれた声に体を起こすと、そこにはうちのハウスメイドがいた。
部屋の中は驚くほど暗かった。窓はすべて雨戸が降り外からの光の侵入を拒んでいた。
「おい、今は何時だ?」
「何時だっていいじゃないですか。あなたが起きたときが朝で、あなたが寝た時間が夜ですよ」
彼女にはいつも同じ時間に起こすように言っていた。その命令どおりに一分一秒ずれることなく彼女は毎日起こしてくれていた。
「起こさなかったことをお怒りなのですね。でも、もうあなたは早起きする必要なんてありません。ここには私達しかいないんですから」
「とにかく、会社にいくからな」
起き上がろうとしたときようやく手元の違和感に気がつく。手元は縄に縛られ、その先はベッドの足につながれていた。
「なんだ、これは……」
「申し訳ありません。拘束させていただきました」
頭に浮かんだのは、会社に遅刻するという恐怖だった。
「マヤ……」
それはオレが彼女につけた名前だった。
「すぐにはずせ。命令だ」
『命令』というキーワードによってそれまでマヤに浮かんでいた表情が消える。彼女はアンドロイドであり、人間への命令に逆らうことはできないはずだった。
「拒否。その命令は受諾できません」
「どうしてだ!」
「わたしたちアンドロイドはマスターたち人間を害することをできません。しかし、例外もあります。それが人命に関わる事態においてその限りではありません」
「何を言っているんだ……。オレを拘束することがどんな意味があるっていうんだ!」
マヤに抜け落ちた表情がもどる。眉尻をさげて悲しそうに目を細めていた。
「まったく自覚がないようですね。ここ半年の記録であなたの休みは4日。家に帰ってこなかったのは週に2日以上。あなたの身体状況は非常に危険です。事実、私が起こさなかった結果、一日以上睡眠を続けていました」
「一日たってるのか……」
会社を無断欠勤したという事実にさっと血の気が引く。もしかしたら、連絡がきているかもしれないとスマホを探すが、どこにも見当たらなかった。
「ごはんにしましょう。忙しいからとろくに食べてないようでしたし。すぐに用意しますので少々お待ちください」
そういうと、彼女は部屋を後にした。
一人きりになると腕に力をこめて拘束から抜け出そうとした。血管を圧迫するほどきつくはないが、自力ではずすことは難しそうだった。
「くそっ、あいつおかしくなりやがった」
働いてばかりで金を使う暇もなく、どうせならと最新型の高機能モデルを買った。まるで人間のような受け答えに最初の頃は驚いた。
しかし、結局は家に帰ってくることも少なく無駄な買い物になった。ただの高額な目覚まし時計という感覚でしかなかった。
「お待たせしました」
どうにかして抜け出そうと考えていると扉が開いた。
「……早いな」
彼女が用意した料理は冷凍食品や出来合いのものには見えなかった。
「マスターが起きる時間に合わせて作っておきました」
「おまえが作ったのか?」
「はい、メモリーにあるレシピから選びました」
ごはんに味噌汁、焼き魚と野菜。家庭料理が再現されていた。
「食べてやるから、とにかくこれをはずせ」
「ダメですよ。口をあけてください。ほら、あーん」
差し出されたスプーンは顔の前に静止したままで、あきらめて口を開く。
「すいません、熱かったですか? 今度はちゃんと冷ましてあげますね」
口の中の熱さに目を白黒させていると、スプーンに息を吹きかけはじめた。それは、どこまでも人間らしい仕草だった。
「おなかも膨れましたね。マスターの好きな映画を見ますか? それとも読書がいいでしょうか? あなたの好みに合わせたものをそろえていますよ」
「いや……寝る。だから、これをはずせ。寝にくくてしょうがない。オレを休ませるんだったら、その方がいいだろう?」
その説得は特に期待したわけではなかった。しかし、マヤはあっさりと拘束をはずした。
「マスターからの提言を受諾しました。では、十分な休息をとってください」
ベッドに横になり目を閉じると、マヤが布団をかけてくれた。
「マスター、顔をこうしてゆっくり見るのはなんだか久しぶりですね。それにお話もできました。こういう時間がもっととれるとうれしいです」
「…………」
「もう寝てしまいましたか。それでは、おやすみなさい」
薄目を開け部屋を出て行く背中を見送った。少し時間を置いてからこの家を逃げ出そうと思った。
気がつくといつの間にか眠っていたらしい。いつも感じていた頭の重さはなく、まぶたがすっきりと開いた。
ゆっくりと体を起こして、周囲の物音に注意する。
スーツに着替えて、音を立てないように部屋を出た。
マヤの存在に注意しながら、薄暗い廊下の先にある玄関を目指した。
ドアノブを握ると口元がゆるんだ。会社に向かった後、どう言い訳をしようかと考えた。
しかし、ドアノブは動かなかった。
「……どうして、開かないっ!?」
音が立てるのも構わずドアノブをひねるが扉は閉じたままだった。焦りのせいか近づく気配に気づかず、すぐ後ろで足音が聞こえてびくりと振り返る。
「―――どうして行こうとするんですか?」
すぐそこにマヤが悲しそうな顔で立っていた。
「おまえ……」
「この家の電子錠はすべて私の制御下にあります。マスターの部屋のドアの反応があったときから、ずっと見ていました。玄関に向かったのを見て、びっくりして、悲しくて、声をかけられませんでした」
ゆっくりと近づいてくるマヤをにらみながら腰が後ろに逃げる。傘立てをひっくり返し、中身が床に散乱した。
「私言いましたよね? マスターには休養が必要だって。やっぱり、拘束しないとダメですか?」
彼女の手にまた縄がにぎられている。もしも、また拘束されたとしたら逃げ出すことはさらに難しくなるだろう。
「マスター、お願いします。どうか休んでください」
そういって心配そうな表情をつくる。近づいてきた彼女に向かって、オレは手を突き出した。
荒い息遣いが聞こえる。床には電子部品とオイルを撒き散らした残骸が散らばっていた。人の形をしたものを壊すという抵抗感はいつしかなくなり、ただ機械的に腕を振り下ろしていた。
「……どうだ、思い知ったか」
しびれた手からは用をなさなくなった傘が床に落ちる。
動かなくなったマヤに油断なく視線を向けながら、もう一度玄関のノブをひねる。今度は抵抗も感じずにドアが開いた。
「マスタぁ……、待っテ、くだサい」
傘のとがった先端で突かれている間、マヤは一切抵抗することはなかった。
「お願いしマス、行かないでクダサイ……」
ノイズ交じりの音が聞こえる中、会社へと向かった。
オレは自由だ。