Prologue & scene:1
Prologue
俺の名前はカイル。スラム街で生まれ育った。
スラム街といえど、俺は悪く思っていなかった。
ガラクタの山からは興味あるものが出てきたり、入り組んだ作りを活かして隠れんぼをしたり。友達だっていた。
だから、僕は毎日が楽しかった。
あの日までは_____
「父さん…母さん…っ!うわぁぁあぁあぁぁああッッッ!!!」
scene:1 「6/19、15:40、曇天」
圧迫感のある曇り空は、スラム街に大きな影を落とす。なんとも言えない薄暗さは、この街の代名詞だった。
俺は何も考えずにぼーっと空を見上げている。毎日退屈な俺は、空を見ながら時間を潰すことが日課になっていたりする。尤も、やることはあるにはあるのだが、気が乗らない。
…?東区の方から何か聞こえる。耳をそばだてると轟々と響く風の音に紛れて、喧騒の音が聞こえた。位置からして、かなり派手にやっている。
「なんだか面白いことやってそうだな。」
好奇心を持った俺は行動が早い。お気に入りのベースボールキャップを被ったかと思えば、ばっと屋根から屋根へと移っていく。
スラム街にある乱立した小屋はそれこそボロボロだが、大人1人を支えるくらいのタフさはあった。それに、この街は超過密地域。家の屋根から家の屋根に移るのは俺にとっちゃ造作もないことだった。
この街は昼間はとても活気に溢れている。白昼堂々、盗みに喧嘩、麻薬の取引と、ごく普通の人が言う"悪事"のオンパレードだ。
さて、今回はどんな派手なことをやっているんだろう?
『ぐあっ!』
『ひいい!なんだコイツ!めちゃくちゃ強いぞ!』
『怯むな!まとめてかかれ!』
俺は開けた道の真ん中で、ちょっとした乱闘を目にする。
声や打撃の音の多さからして、だいたい四人くらいが殴り合ってるに違いない。
しばらくすると、一人が倒れ、また一人が吹き飛び、そして最後の一人が膝から頽れた。
「はははっ、三人組でそんなもんか!まともに喧嘩したことがないみたいだな!」
俺は最後に立っていた勝者を見て、つい言葉を失ってしまう。裾の破けたショートパンツに、黒色のタンクトップ、いかにも引き締まった四肢に歴戦を物語るキズの数々、そしていちばんに驚いたのが、女性を象徴するような胸部の膨らみと、その勇ましくも綺麗な顔立ちだった。
女性が、喧嘩に勝った。その事実で、俺のいままでの思い込みがぶっ壊れた。
「…ん?そこのチビ、なんか用か?」
チビ。俺はその意味を飲み込むのに時間は要らなかった。
「…おい、今なんて言った?」
ただでさえ低身長はコンプレックスだってのに、息をするようにコイツはそれを言いやがった。許せない。
「だから、なんか用かって聞いてんだよ。」
「無いけど、今出来た…お前をボコボコにする。」
女性は、一瞬はっとしたが、その後すぐに嘲るような顔をして俺を嘲るように見つめる。
「上等だ…ふふっ、かかってきな。」
「てめぇ…どこまでバカにしてやがんだ。」
お互い拳を握りしめて、ジリジリと距離を詰めていく。
「おらぁっ!」真っ直ぐな右ストレートは、彼女の腕に当たる。ガードをされたのだ。
「ふーん…結構いいパンチしてるじゃん。」
「黙れ!」
右手を引き、すかさず左膝を上げる。これもまた脚でガードされていた。
「あーあ、でも遅い。こーやって防がれてるからね。」
「っ、畜生…!いい加減にしやがれ!」
無我夢中で四肢をばたつかせた。パンチやキックも、入り混じって彼女に当たる。それなのに、手応えを一切感じられない。
「……なあ、もういいか?」
「何がだよ…ッ!!」
「_____つまんねぇ。」
その一言が耳に届いた瞬間、凄まじい衝撃と共に俺は吹き飛び、トタンの壁にぶち当たって気を失ってしまった。