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第20話 昏い怪物との邂逅



 手の平のような広葉樹の葉が幾千枚も重なりあい、その足元の地面を昼の日光から隠している鬱然(うつぜん)たる森の中を 3 体のゴブリンが歩いていた。


 本来ならば全身に体毛をもたず、つるりとした頭であるはずのところが、彼らは真紅の髪を生やし、まだ新しい白い半ズボンまで穿いている。


 そして道具を扱う知恵すらないはずなのに、 1 体は右手に細い木の棒を握りしめ、その先端には小さな炎がちろちろと燃えていた。


「カネ……サケ……オンナ……ニク……」


 彼らの内、デルタと名付けられた個体がそんな言葉をつぶやいていた。


 そのようなことをブツブツと言いながら歩いている人間がいれば、大方の者は眉をひそめるか、憐憫の視線を送るだろう。


 自らの財布をしっかりと隠し、女性ならば十分な距離を取ったうえで。


 そんな人間ですら(ささや)く者は危険人物認定されて日本不審者情報センターから警報が一斉送信されること間違い無しの言葉を、元から危険なモンスターがつぶやいているのだから危険度はさらに上がる。


「モリニアルノカ…… ? 」


「ワカラナイ……ケド……ミツケタラ……オヤブン……ヨロコブ ! 」


 30 分ほど前、食料調達と探検ごっこを兼ねて森に入っていく前の 3 体はベルにこんなことを尋ねていた。


「ベル……オヤブンノ……スキナモノッテ……ナニ ? 」


 それに対して彼女は素直に正直に金・酒・女と勇者らしからぬアルナルドの嗜好(しこう)を答えて、落胆するゴブリン達の表情から彼らの目的を読み取って、最後に魔の森でも入手可能な「肉」を付け加えたのだ。


 そんな 3 体はキョロキョロと大きな瞳を動かしながら、魔の森を奥へと進んでいく。


 すると微かに彼らの鼓膜を振動させるものがあった。


「イマノハ…… ? 」


「『オーク』ノナキゴエダ…… ! 」


「オークノニク……タベラレル ! 」


 3 体は小走りに森の中を駆ける。


 段々と鳴き声は大きくなっていく。


 それに伴って、それはまるで泣き声のような悲痛な響きをもつものであることに 3 体は気づく。


 アルファ達はその小柄な身体を巧みに木陰に隠しながら、今や彼らの腹を震わせるほどに大きくなった声の元に近づいていく。


「オ、オイ ! アレ…… !? 」


「アレ……ダメ…… ! コワイ…… ! 」


 ベータとデルタは身体を改めてぶるりと震わせた。


 四つん這いのオークの巨体を取り囲む何かに対して。


 アルファは先端に火を宿した細い棒を両手で握りしめながら、そっとそれを観察する。


 黒く長い体毛に全身を覆われた人型。


 そのわずかに覗く肌や瞳すら黒一色でどこまでが目かも分かりづらいほど。


 ただ細長い釘が滅茶苦茶に打ち付けられ、その尖った先端を見せているような乱杭歯だけが白く、そして嫌なことに赤くもあった。


 彼らが言葉を得る前、この魔の森に生息する怪物がゴブリンを襲う場面を何度か目撃した。


 その時はわからなかったが、今、思いだせばアルファ達はその怪物の特異性がよく理解できた。


 奴らは食べる前に遊ぶ。


 同じゴブリンが四肢をねじ切られた状態で地面を這いずり回るのを猿のような嬌声(きょうせい)をあげて眺めていたり、頭の一部を齧り取ったゴブリンが痙攣しておかしな動きをするのをキキキッと笑うような鳴き声で手を叩いて喜んでみたり、と。


 そして強かった。


 強靭な肉体はもちろん、奴らだけが道具を使えたし、魔族の「操魔」を受け付けなかった。


 よって魔族にすら忌み嫌われる存在であったのだ。


「アルファ……ニゲヨウ…… ! 」


「ハヤク ! 」


「マテ…… ! アノ『オーク』……『オンナ』ダ…… ! 」


「エッ !? 」


 ベータとデルタもその大きな瞳、つまりは光を多く捉える優秀な視力をフル活用して観察すると、少しピンクがかった豚のような顔の下の巨体は確かに雌のものであった。


「ホントダ…… ! ジャア……アノ『オーク』ヲツレテイケバ……『オンナ』ト『ニク』ガ……テニハイル…… ? 」


「オヤブン……ヨロコブ ? ……デモ……」


 実際にこの雌のオークを女として楽しみ、その後に食用肉として楽しむことは、歴史に名を刻むほどの猟奇的な人間でなければ不可能であろうし、さすがのアルナルドもそうではなかったが、今の彼らにはそこまでのことはわからない。


 それでも躊躇する 3 体の耳に雌オークの鳴き声と黒い怪物の嬌声の他にもう一つの声が聞こえた。


「プギャ ! プギャ ! 」


 その発声源は雌オークの大きなお腹の下だ。


 小さなオークが押しつぶされそうになりながら懸命に鳴いている。


 二本足で立ち上がれるオークが四つん這いになっていたのは、彼女の子を守るためであった。


「プギィイィィイイイイイ !! 」


 怪物の振るう石斧が雌オークの右脚にめり込み、悲鳴があがる。


 体勢が崩れ、彼女の大きなお腹と地面との距離が縮まり、その間にいる子どもも小さな悲鳴を上げる。


 その声に慌てて雌オークは踏ん張るが、今度は別の怪物が左手に棍棒の一撃を加える。


 イヤな音がして、地面につけていた手が崩れるが、なんとか子どもを潰すまいと肘でその巨体を支える雌オーク。


 その様は、虫や動物に遊び心のままに残酷な仕打ちをする人間の子どものようであり、けれども成長して他者の痛みを知り、かつてのその行為を後悔するような理性などまるで期待できない怪物であった。


 そこに生命の光への尊厳は微塵もない。


 その体毛と同じようなどこまでも(くら)く、黒い(よろこ)びがあるだけ。


 どうしてかアルファはそれを(ゆる)すことができなかった。


 小さな命を懸命に守らんとする母親を(あざけ)る邪悪を認めることができなかった。


 それは知性を持つ者だけが得る怒りだ。


 同種族であるゴブリンへの攻撃ならば本能的に怒りを感じることもあろう。


 だが今、怪物に(なぶ)られているのは時にゴブリンを襲うこともあるオークだ。


 それでもアルファは胸の内に湧き上がる業火のような怒りを抑えることはできなかった。


 そしてベータとデルタが感じている恐怖も言葉を得た者の特権であり、(かせ)であったのかもしれない。


「アイツラ……オイハラオウ…… !! 」


「デ……デモ……」


「ムリダ……」


 下を向くベータとデルタ。


「ダイジョウブダ…… ! ヒノカミサマ……チカラカシテクレル ! 」


 その言葉に(こた)えるように木の枝の先端に宿った小さな炎が一瞬だけ大きく燃え上がった。


「ワ、ワカッタ…… ! 」


「レンシュウシタミタイニ……ヤル…… ! 」


 そう言うとベータとデルタも足元から適当な木の枝を拾うとアルファの枝から炎を点火してもらう。


「イイカ……カイブツサンビキ……オレマンナカ……ベータヒダリ……デルタミギ……メイチュウシタラ……スグニベツノヤツネラウ……ダレカ……ハズシテルカモシレナイ……」


 河原で遊び半分で「操火」の練習をしている時にベルが教えてくれた心得を確認するようにアルファは言った。


 そしてベータとデルタも覚悟を決めたように頷いた。



閲覧ありがとうございました !


先日スーパー銭湯の足ツボマッサージを体験したんですが、弱く見られないためにこんな状況でもマスクをつけないアメリカ人を見習って、舐められないように「強めで頼む」と言ったら痛覚の上限を超えてくるような力でやられました。


ですが自ら「強めで」と言った手前、「痛い」とも「もっと弱く」とも言えずに私の忍耐力があがるだけの時間にお金を支払ったわけです。


さてこの意味のない後書きを読んで「だからどうした ? 」と思った方は評価ボタンの「5」を「くだらねえこと言ってんじゃねえよこのクズが ! 」と思った方はブックマークボタンを押してください。


次回の後書きに反映されます。


よろしくお願いいたします<(_ _)>

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