第17話 ゆるし
『……追放刑が執行された上にロストの確保が遅れて被害者を出し、さらにそれを目撃されるとはな。私が頭に描いた最悪のケースを現実のものにするか……貴様はどれだけ無能なのだ ? 』
「も、申し訳ありません ! ですがこれには……」
『申し開きはいい。それを聞いたところで状況が改善するでもない。時間の無駄だ。それすら理解できないバカなのか ? 』
「は、はい…… ! 」
『それよりも重要なのは……追放されたのは 4 の可能性が高いんだな ? 』
「はい ! 先の4 の末裔を従えておりましたし、シモーネ姫に近づく際にもその能力を悪用したと思われます」
『そうか……4なら……いや 6 でも 8 でもいい。時間がかかるからな。 2 でさえなければ。だが油断は禁物だ。魔の森へロストの破棄に赴く際にそいつを処分しろ』
「は、はい……ですが……」
『なんだ ? 』
「魔の森は奴らの勢力圏です。奴らに処分を依頼するというのは……」
『ダメだ。4であれば奴らに利用されかねない。奴らに気づかれぬように処分するのだ』
「しかしあそこには今まで廃棄したロストが…… ! 」
プツリ。
男の懇願を拒絶するかのように、いや実際に拒絶したからこそ目の前の大きな水晶玉は通信を途絶した。
「チキショォォォォォオオオオオオオオオオ !!!!!!!! あの糞宰相がああぁぁぁぁあああ !!!!!!!! なんで刑の執行を早めたんだよぉぉぉぉおおおおお !!!!!!!! 俺が無能だと思われちまったじゃねえかあぁぁぁあぁあああああ !!!!!!!! 」
男は薄い割に長く伸ばした髪を振り乱し、額に青筋を立てて半狂乱で机の上のさほど重要ではないものを勢いよく払い落とす。
そして乱暴に重厚な白い机の引き出しを開けると鞭を取り出した。
それはごく一部の聖職者が自らの犯した罪を懺悔するために自らの肉体を打ち据えるもので、数本の革紐が柄で束ねられているバラ鞭だ。
「クソがぁ !! 」
乾いた炸裂音が白を基調とした豪奢な部屋に響く。
そしてその部屋の壁以上に白い肌が赤紫に染まる。
男のものではない。
ずっと男の傍に無言で控えていた小柄な少年の肌だ。
白い髪に赤みがかった瞳の美しい少年。
その教会の関係者が着用する白いローブは、幾度となく響く炸裂音とともに朱に染まっていく。
「ハァ……ハァ……ああ…… !! ガンパナ……赦しておくれ…… !! 私は……また……」
男は芝居がかった仕草で鞭を投げ出すと赤黒い肌となった少年を抱きしめる。
「……良いのです。ゲオルク様。僕は……あなたを赦します」
とても美しい声だ。
「ああ !! ガンパナ !! お前だけだ !! お前だけが私を赦してくれる !! 認めてくれる !! 受け入れてくれる !! 愛おしいものを傷つけてしまう罪深き私を ! 4の末裔のお前だけが !! だから私がお前を守ってやる !! 誰にも手出しさせるものか !! 」
とても汚い声だ。
そしてその持ち主から発せられたとは信じられぬほどに美しく温かな光が室内を照らす。
光魔法の輝きだ。
数秒もかからぬ内に、ガンパナの顔は元通りの綺麗なものとなる。
そして彼は穏やかに微笑む。
その口元の牙を気にすることも無く。
────
「ククク……やはりこのように文明的に食事をとらねばな…… ! 」
アルナルドはニヤリと笑ってフォークに刺したメガダイルの肉を食いちぎる。
彼らの輪の中心には焚火とその上に錬金釜。
その中にはぐつぐつと煮えるメガダイルの肉。
味付けは異世界人がこの世界に製法を広めたという味噌。
折った骨も入れてさらに味に深みが増している。
茶色いスープに浮かぶ白いメガダイルの肉は程よく油を染み出させてその水面を輝かせ、彼らの食欲を刺激していく。
錬金術師が見れば、彼らにとって神聖な器具である錬金釜を料理に使うなどというこれ以上ないほど冒涜的な行為だが、アルナルド達には関係ない。
河原に流れ着いた馬車から錬金釜の他にも調理器具や金属製の食器を持ち出したアルナルド達はメガダイルの肉で鍋料理を楽しんでいたのだ。
「文明的…… ? 」
布の下着であるパンツ一枚でゴブリンに囲まれながら肉を貪り食らう原始的な男を見て、ベルは呟く。
「オイシイ ! 」
「ニク……ヤクノモイイケド……ニルノモウマイ…… ! 」
「スープノアジ……スゴイ ! 」
ゴブリン達もきゃっきゃっと騒ぎながら器を両手で持って食事を楽しんでいるようだ。
「お前ら ! こんな風に肉を煮て食えるのはこの鍋のおかげだ ! そして金属を加工して鍋を作る術を授けてくださった錬金の神のおかげだ ! 鍋に感謝しろ ! 」
アルナルドはまるで貴人を下々の者にご紹介たてまつるかのように鍋を恭しく両手でもって指し示す。
「ハ、ハイ ! 」
ゴブリン達は昨夜、焚火にしたように鍋に対して土下座し始める。
「アルナルド様 ? 」
「物は試しだ。『錬金』の神への信仰を持てば……こいつらは新たなスキルを手に入れるかもしれんからな ! 」
ニタリ、という擬音がこれ以上なく当てはまる笑顔のアルナルド。
昨夜、火の神に祈りを捧げたこととゴブリン達が「操火」の恩寵を授かったことには明らかに因果関係があった。
アルナルドはそれを別の神でも実証しようとするが、それは果たせなかった。
轟々と音を立てて焚火が燃えあがり、錬金釜の全体を包み込む。
「ヒィ !? 」
「ゴメンナサイ !? 」
「オユルシヲ ! 」
ゴブリン達の崇拝の土下座はそのまま謝罪の土下座へと移行する。
「どうしたの ? 」
「……ヒノカミサマ……マタオコッタ ! 」
「ワタシダケヲ……ミナイ……ヒトミナラ……イラナイヨネ ? ……ダッタラ……モヤシテ……ケシズミニスルッテ……」
ゴブリン達は両手で瞼を押さえて、その目を燃やされないように必死に祈る。
「こわっ……」
ベルが肩をすくめて少しだけ身体を震わせた。
「相当性格に難が有るな……。付き合った男が自分の意にそぐわない行動を取るとすぐに包丁を持ち出す女みてえだな……」
さすがのアルナルドも冷や汗をぬぐう。
だがぬぐってもぬぐっても汗は止まらない。
「……アルナルド様 ? 」
「なんだ…… ? 身体が……熱い…… !? 」
「なにオークに性欲が 3000倍 になる媚薬を飲まされた女騎士みたいなことを言ってるんですか ? 」
呆れたように首を振るベルだが、その視線の先にアルナルドと同じように大量の汗をかくゴブリン達を見て、彼女は身体を固くする。
「アツイ ! 」
「アタマ……カユイ…… ! 」
ゴブリン達は頭を掻きむしりながら地面を転げまわる。
「クッ…… ! 貴様……何を飲ませた…… !? 」
「だからそんな女騎士みたいなセリフを吐かないでください ! どう見てもアルナルド様は女騎士に媚薬を飲ませる側の存在でしょう ! やっぱりその鍋に使った錬金釜には何か危険な薬品が残留していたんですよ ! 」
「なんだと…… ? 待て……。ならベルは何で無事なんだ ? 」
「いや……その……念のためにアルナルド様が食べて大丈夫そうなら食べようと思って、まだ料理には手をつけてないんですよ」
「貴様…… ! 光の勇者を毒見に利用するとは……許さん…… ! 」
アルナルドはいきり立つが、次の瞬間ベルは信じられない光景を見た。
アルナルドの全身から何かが噴き出したのだ。
そしてゴブリン達の頭からは赤いものが飛び出す。
「ぐおおおおおっ !? 」
「ウワッ !? 」
「ヒイィイ !? 」
「こ……これは…… !? …………毛 ? 」
ゴブリン達の頭から炎のような真紅の髪が生えていた。
そしてアルナルドは全身が彼の髪の毛と同じくすんだ茶色の毛で覆われており、まるで猿のよう。
「カミノケ……ハエタ…… !? 」
「ナンカヘン」
「ヒッパルナ ! 」
ゴブリン達はお互いを見て、感じの変わったお互いを笑い合い、髪の毛を引っ張り合う。
「もしかして……毛生え薬 ? 」
「す、すげえぞ ! こんな効果のある毛生え薬なら、生え際の怪しい貴族どもはどんな大金を払ってでも買うに決まってる ! 今すぐ鍋の中味を保存するぞ ! 」
そう叫んでアルナルドはまだまだすさまじい勢いで燃える火の神が宿る焚火の中の錬金釜に近づくが、その途上で絶望の叫びをあげることとなる。
「ぐわぁ !? 中味が全部蒸発してやがる ! この邪悪な火の神が……なんてことをしてくれたんだ ! 許さん…… ! 許さんぞ ! 貴様など俺様の小便で消してくれるわ ! 」
こうして邪悪な火の神と欲にまみれた光の勇者のどうしようもなくどうでもいい戦いが始まった。
先日、ドラッグストアへ買い物に行ったんですよ。
するとレジで店員さんにお店のライン登録を勧められたんです。
今すぐ登録するとこの商品が10%割引になりますよって。
その時、レジには店員さん一人、並んでいるのは私一人。急いでスマホを取り出して登録し始めるんですが、こういう時に限って行列ができるんです。
さっきまで誰もいなかったのに。
私の後ろに5人くらい並んだんですよ。
私も焦ったんですが、店員さんも焦ったんでしょうね。
増援ボタンを押したんです。
すると店内に「レジお願いします 」と機械音声が響きます。
だけど、誰も来ないんですよ。
私は古いスマホだったからか、なかなかカメラの焦点が合わずにQRコードを読み込めず、さらに焦りますが店員さんはもっと焦ったんでしょうね。
ポチポチポチポチポチポチ !
増援ボタンを凄まじい勢いで連打します。
すると「レジ、レジ、レジ、レジ、レジ、レジお願い、レジおね、レジお願いします」というDJがスクラッチをかましたような店内放送がかかるわけです。
さすがに異常を感じ取った店内の店員さん全員が集合し、あっという間に行列を解消してくれました。
まあ全部嘘なんですがね。
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